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エルフの少女ノアと1500m競う。

 だだっ広い部屋に、がやがやと人が混んでいる。勇者資格受験者は結構いるらしい。

 右手には受付で渡された紙。そこにはいくつかの検査項目が書かれてあり、この部屋で受けるんだが。


「はい、じゃあ紙をくださいね。では、右手から、腕は伸ばしたまま、この器具を握力だけで握ってください」


 職員に言われ、「はあ」とその器具を力を込めて握る。


「ダメですよ、腕は伸ばしたままで、はい、オッケイです。では今度は左手行きましょう」


「はあ」


 と左手も同様に行う。

 終えると、職員が器具に出た数字を紙にかき込み「次は反復横跳びの方へどうぞ」と言った。

 淡々と、検査をこなしていく。

 身長、体重、視力、握力、反復横跳び、腹筋、長座体前屈、垂直跳び。プリントに並んだあまりいい思いでのない項目たち。


「スポーツテストじゃねえか」


「ユーキ、終った?」


 ララが歩いてくる。


「これもするのか?」


 と恐る恐る、紙にある空欄部分を指して訊ねる。


「ええ、当然よ。どっちか選べるわよ、シャトルランか1500メートルか」


 えええ。30歳にしてシャトルランか1500メートル。嫌な顔をしている俺に気づいたのか、ララは


「だめよ検査はちゃんとしなくちゃ。お金払ってるんだし。あんたシャトルランだとさぼるわね。1500にしなさい。行くわよ!」


 と謎のしゃかりきモードでずんずんと歩いてく。


 外は快晴だった。少し冷たい秋風がやはりパーカーにはちょうど良い季節である。


「で、ここ走んの?」


 中心街から少し離れた場所とはいえ、そこは観光都市バンフレート、そこここに観光客らしき人が歩いているが。係の職員が何人か街の一角をぐるりと一周するように立っている。いや、超恥ずかしいんだが。


「ここがスタート地点になっております。次走は15分後になりますので、各々準備後、スタート地点に来てください」


 『勇者組合秋の大資格祭』と書かれた襷をかけた職員が、集まる受験者たちに言った。受験者たちは、分厚いローブや鎧を脱ぎ、走りやすい格好で準備運動をはじめる。俺はパーカーなのでこのままでいいか。隣に、大きな木の盾を装備した小さな女の子がいた。ショートソードも装備しており、大変重そうである。金色の艶やかな髪の毛をポニーテールに縛っている。耳が少し尖っている。真っ白い肌。やや切れ長の瞳。エルフだ。エルフに違いない。一人で来ているのか、周りには誰もいない。こんな小さな女の子も一人で受けにくるんだな。


「ララ、ロッド持ったまま走る気か?」


 いつまでたってもその丁寧に梱包されたロッドを持っているララに、訊ねた。そもそも修道服も走るのには不向きな気がするが。


「当然よ。誰に取られるか分からないじゃない。それに、旅に出たらこの装備で動くのよ。常に実践を考えないと」


 と鼻をふふんと鳴らす。

 悪気はないのだろうが、声がでかいので、周りの装備を脱がんとしている受験者たちの反感を買う。


「ご丁寧に梱包されたロッドで実践を語られてもねえ」


 とララの話を聞いていた、装備を脱いだ緑髪の男が悪態をついた。剣士、こっちではソードマンか、らしく、剣も鎧と一緒に置いている。少し年季の入った鎧と剣だ。


ーーーご丁寧に梱包されたロッドで実践を語られても


 確かにその通りである。


「何よ、やるってえの?」


 とララは腕まくりをする。


「や、やめとけララ」


 なんでこう喧嘩っぱやいんだ。


「おお、やんのか!?」


 と緑髪ソードマンも腕まくりをする。


「や、やめてよお兄ちゃん、恥ずかしい」


 緑髪ソードマンの背後から、緑髪の女の子が言った。三つ編みを後ろでリボンのように止めている。やや古びたローブに、こちらもお兄ちゃんの装備同様、年季の入ったロッドを持っている。


「はっはっは、貧乏人同士の争いというのは面白い」


 背後で高笑いが聞こえた。ピカピカの高そうなアーマーを装備した、高飛車な男であった。ワックスでオールバックに髪の毛を固めている。


「これだから、田舎は嫌なのよ」


 とその隣で、これまた頑丈で高そうな弓を持った女が言った。手入れの届いた真っすぐな長髪は、背中まで伸びている。走るには邪魔そうだが。

 ララと緑髪のお兄さんがむっとして、そいつらに歩を進めようとしたそのとき「はーい、試験の時間になりましたので整列を」とスタート位置で職員が言った。

 俺の背後で、さっきまで大盾を置こうとしていたエルフの小さな女の子が、「実践、実践」とララのことばに感化されたのか、再び大盾を背負った。いや、そこは置いておけ、と言いたかったが、なにやらやる気になってスタートラインに向かったので、言わずにおいた。


「では位置について、よーい、ドン」


 となんとも原始的というか、スタートピストルも笛もなく、職員のメガホン越しの声で一斉にスタートした。

 ララと緑髪お兄ちゃんが競うように先頭にでる。あいつら速ええ。

 さて、あっという間に先頭集団から離される。

 異世界ということで身体能力の基準が違うのか、やはりみんな、試験のために体を作ってきているのか、そもそも30歳の怠けた体の俺に対抗できる走力が備わっていなかったのか、色んな要因が考えられるが、ビリケツにいるという事実があるのは確かである。

 しかし、長い。しんどい。まだか、今、何メートル走った。

 太ももがめちゃくちゃ張っている。筋肉痛がリアルタイムで来ているという。肺が競り上がったように呼吸が浅くなる。

 しんどい。もう嫌だ。

「がんばれー」と沿道から、観光客の応援が。ああ、少しの力が沸き上がる。ぜえぜえと走っていると、前に小さな影があった。大きな盾。エルフの女の子だ。俺と同じように、とにかく一歩一歩を踏み出すのがぎりぎりに見える。が、他人の心配をしている余力はねえ。少女に併走する。そして、少し前に出る。ゴールが見えた。最後の直線だが、結構長い。重かった足が、さらに重くなる。昔からだ。ゴールが見えると、どっとしんどさが増す。走りきれるか、俺。無理だ。体も精神も限界だ。ちらりと後ろを見る。エルフの少女は、視線は地面にあり、頭も半ば以上垂れた状態で、もうぎりぎりのところで走っている。

 俺が歩いたら、この子も歩く気がする。もういいか。


「ユーキ、あとちょっとよ、がんばんなさい!ほら、隣の子も!」


 ゴールの方から、メガホン越しのくぐもった響く声が。職員からメガホンを借りたのか、はたまた奪ったのか、ララがゴール前でいつものように胸を張っていた。

 照れくささはあったが、にやりとなぜか口角が上がる。と同時に、何かが沸き上がる。

 力だ。

 そうだよ。あとちょっとなんだ。走れ、俺。まだ走れる!俺はまだ、走れるぞ!


「うおおおおおおお」


 活力が沸く。いける。いけ。足が、動く。


「むむむむむ」 


 と隣でかわいらしくも力強い声がした。エルフの少女だ。俺と競い合うように、スピードを上げた。

 負けねえ。俺は。


「負けねえぞ!」


 視界が狭まる。周りの反応など、何も気にならなかった。ララの姿があった。その向こうに、ゴールが。

 走りきる。この子に、負けない。俺のなかの全てを使って。

 少女が、俺に並ぶ。抜かれる。

 まだだ。まだ行けるだろう、俺!


「まだだああ!」


 最後の右足を、最後の力を振り絞って踏み出す。ゴールテープを切った。

 走りきりながらに、倒れる。

 隣で、どさりと倒れる音が。

 エルフの少女だ。

 目が合う。

 別に、何を語ることもない。どっちが勝ったかなんて、もういいんだ。もう、敵ではない。戦友なのだ。


「二人とも、よくやったわ!ナイスファイトよ!」


 とララが俺と少女を抱きしめる。

 温かい。おお、マリア様よ。といった感じでエルフの少女もうち震えている。なんだこの茶番は。

 走り終えた受験者たちは、緑髪の兄妹も含めて、とうにいなくなっていた。律儀に笑いものみたさに残っていたのは「ははは、面白いもん見れたなあ」とピカピカ装備のオールバック男が背中を向けて歩いてく。

「あーあ、退屈だわ」と高そうな弓を持った連れの長髪女も、あくびをしながらそのまま去っていく。こいつらはそもそも走ってなかったなそういえば。

 片付けをしている職員に訊ねる。


「あの二人は、走らないんですか?」


「ああ、貴族の子息だよ。お金払って基礎測定パスしてる。最後の実践演習だけ受けるんだよ彼らは。実践演習は野外での戦闘も想定に入れているから、都心では受けれないからね。旅行と日程被せてそのまま受けちゃえみたいな感じじゃないかな。僕らも困ってるんだよ。ああいう人たちは本当横柄だし、勇者資格も戯れ的に取るからね。モンスターを斬ってみたい、とかでさ。金払いはいいもんだから組合の上のほうもおべっか使うし。それに、一流の教育を受けてきてるもんだがら腕は立つ。だから他の受験者に見下した態度をとるしさ、それになんちゃらかんちゃら」


 と職員の愚痴が止まりそうになかったので、ありがとうございます、と低姿勢でその場を去る。戯れで取る勇者資格か。戯れとは言わないが、よくわからず受けている俺にも近いものがあるのでオールバック男を一概に批判できない。しかし、勇者組合よ、組織として腐ってる部分があるな、と思いながらも30歳にもなると、仕方ないよね、と思ったりもする。異世界も大変なんだなとララたちの方へ戻る。


「あんた、名前は?」


 とララがエルフの少女に訊ねていた。


「ノア」


 とエルフの少女、ノアは、ララを見上げて答えた。

 ララの後光より、光が差している。秋の優しい、光が。ノアは、まるでメシアを見上げるようにララを見ている。


「ノア、あんたは導かれた。私とともに来なさい」


 ララの溌剌と、しかし惹きの強いことばに、ノアはごくりと唾を飲み込み、無言でこくりと大きく頷いた。


「ノア、あんたは、私の部下二号よ!」


 ララのことばに、ノアが、こくり、こくりと二回強く頷いた。

 いいのか部下で。ん?部下二号?


「こらララ!誰が部下だ!」


「ああ、来たわね一号。そろそろ行くわよ」


 とララは背を向け、歩き出した。


「俺は部下じゃねえ!」


 言いながらも、ララの背中に従った。ノアもまた、続いた。体に合わない大盾を背負い、ショートソードを腰にぶら下げている。知らない人についていっちゃだめなんだぞ、と姪っ子なら言ってあげたいが。


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