勇者試験にエントリーする。
勇者組合の看板があった。
入っていくと、ジレを着た黒髪の女がカウンターの中にいた。スタイリッシュで適度に突き出たおっぱい。俺の人生には縁のなかった、いわゆるいい女、である。
「いらっしゃませ。本日はどのような用件で?」
と女は営業スマイルを浮かべる。
「勇者資格試験受験よ」
「勇者試験ですね。こちらのフォームにご記入と、受験料の」
「ああ、私のはシスターが事前に送ってあるはずだわ。ララよ。イリリア教会から送られてない?」
「イリリア教会のララ様、ですね」
と受付の女はぺらぺらと書類を探す。
「ああ、ありました。ララ様。勇者ハッピー早割キャンペーンにてお申し込みですね。お金も頂いております。ではこちらにサインを」
ララは渡された紙にサインしようとし、はたと手を止める。
「ジョ、ジョブがヒーラー?」
「ええ、送られてきた申し込み用紙には、ヒーラー職での受験とありますが」
「ちょっと、シスターの間違いよ!へ、変更よ!ソードマンで登録してちょうだい!」
「こちらシスターケイ様の代理申し込みとなっておりまして、ジョブの変更には代理人様のサインも必要になります」
「はあ?!私は本人よ!なんでだめなのよ!」
「そういう決まりなので」
と受付の女は、はあとめんどくさそうにため息をついた。
「お役所仕事じゃないんだから、臨機応変にできないの!?」
再び受付の女はため息をつくと「決まりですので」とめんどくさそうに答えた。
「んもおおおおおお」
周りの目が気になる。
「や、やめとけララ」
なおも肩を怒らせるララに「イ、イリリア教会の評判にも繋がるぞ」と言うと、ララは「ぐぬぬぬぬ」となんとかその堪え難い一歩を後ろに下げた。
「もう!あんたもさっさと済ませちゃいなさい!」
ララの感情をこれ以上逆撫でしないためにも素直に勇者試験とやらを受けておこう。どうせ落ちるだろうし。
「えっと、試験を受けたいんですけど」
「では、こちらのフォームの丸枠に記入を」
少し気の取り直した受付の女が紙を渡してきた。
名前。まあなんでもいいか、下の名前だけ書いておこう。住所。住所?どうする。と戸惑っていると、
「イリリア教会と書いておきなさい」とララに背後から言われる。そんなんでいいのか。入国カードの滞在先なみにてきとうだな、とイリリア教会と書く。ジョブの指定。ララがもめてたのはここか。ソードマン、ソーサラー、ヒーラー、グレートシールド、レンジャー、アーチャー。
わからん。
「なんでもいいわよ、適当に書いちゃいなさい」
なんてララは興味が失せたようで、さっきの怒りもすでに消え、勇者組合の物品コーナーにルンルンと向かっていった。切り替えの早いやつである。
困っていると、受付のいい女が話しかけてくる。
「お困りですか?」
「ああ、ジョブで悩んでいて」
とちょっと緊張気味に答える。
「何かなりたいジョブはありますか?」
うーんと悩んでいると、いい女が続けて訊ねてくる。
「魔力量測定テストや剣術資格などは受けたことは?」
「い、いえ」
俺の答えに、いい女も「うーん」と困った様子。その反応に、大学の就職課の職員を思い出して辛くなる。考えなしになんとなく行く場所ではないのだ。
「でしたら、こちらの、魔力量測定テストを受けるの枠にチェックをしていただいて、とりあえずは無職ということで、試験が終り次第改めて決めるのはどうでしょう」
無職。なんかやだな。まあ仕方ない。
「はい、そうします」
だらだらとフォームを書き終える。
「では、受験料7000ゴールドをお支払いください」
7000ゴールド。7000ゴールド?!
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。ラ、ララ!」
物品コーナーの試食を漁っているララの袖を引っ張る。
「もぐもぐ、な、なによ」
「7000ゴールドってなんだ!ねえぞそんなの」
「受験料よ。貸して上げるわ。ちゃんと返しなさいよ」
「お、おお、すまんな」
とお札を7枚受け取る。ケチな割にはすんなりである。
7000ゴールドを持って受付へ戻る。受付の女が言う。
「今でしたら、勇者銀行の口座開設で1000ゴールド、勇者保険の加入で2000ゴールド、勇者ステッカーを装備に貼らせていただけるのでしたら、さらに100ゴールドの割引になります」
物品コーナーにある勇者饅頭やあらゆる勇者グッズ。勇者銀行。勇者保険。なんだか俺の知ってる勇者じゃない気がする。
「あの、すみません、そもそもなんですが、勇者組合って」
と俺が訊ねると、受付の女は、何かもの憂げにため息をつき、
「そうですよね。こんな時代なんです、一業種だけではやっていけないんですよ。私も、就職のときは勇者様のお手伝いができるものと思い大切な新卒カードを使って就職したのに最初に配属されたのが勇者保険の営業。慣れない営業、セクハラも一杯、もう夢もなく、病みかけていたところを上司が気にかけてくれて受付に異動してきて、ああ、すみません。私情ですよ私情、ふっ、いき遅れの私の人生なんてね」
と今度はニヒルに笑った。いい女なのに、なにか性格が歪んでいる。
ララがひょっこりと顔を出し、言う。
「割引になるのね。保険は入らなくていいわ。でも銀行口座作っておきなさい、ユーキ。あとあと楽よ。どうせ元の世界には戻れないでしょ」
「ああ、そうだな」
と俺は銀行口座をつくるためのフォームに記入を。まてまて。
「って、俺戻れねえのかよ!」
「すぐにはって意味よ!私に万事任せなさい。イリリア教会の修道女として、あなたをちゃんともとの世界に戻してあげるわ」
ふふん、とララは胸を張った。
「逞しいですね。うらやましいです」
とぽつりとこぼしたのは、受付の女だった。