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written in another world

 懐かしい森があった。何日ぶりだ。ここでララにスポドリを買ってやって、そこから全てが始まったんだ。


「行くのね、ユーキ」


「ああ」


「なんで、残ればいいのに、なんで」


 とリンは、半べそでララの隣にいた。ノアは、ぼーっと俺を見ている。こいつは本当に、と見ていると、ぶわりと瞳から涙がこぼれ始めた。


「ははは、お前が泣くか、ノア」


 笑い泣きしながら、俺はノアの頭をなでた。ノアは、袖で目を拭い、俺の足を踏んだ。いってえ。


「娘ともども、いや、国を救ってくれたありがとう」


 ダヤンさんが、頭を下げた。

 王に頭を下げられるとは。「いえ、本当に恐縮です、頭を上げてください」とようやく30歳らしい対応を取る。

 ルルとブブさんが、俺と自販機に手をつく。


「行くぞ、ユーキ」


 とブブさんのことばに、「はい」と俺は頷き、前を向いた。ララが、いた。ララと、目が合う。 

 ララは、いつものように胸を張って言う。


「ユーキ、あんたは私の部下一号よ。私の名に恥じないよう、向こうの世界でも、がんばってらっしゃい!」


「誰が部下だ!バカ!」


 視界が揺れる。

 満面の笑みを浮かべていたララが、さっと下唇をかんだ。ララが、涙を隠すように、腕で顔を覆う。


「ありがとう。楽しかった」


 ふっと、視界が変わる。

 懐かしい匂い。

 夕暮れだった。運良くも、辺りに人はいない。

 最後のことばは、ララに届いただろうか。

 ふと、30年間生きたこの世界が、むしろ異世界だったんではないだろうかという居心地の悪さを感じる。

 ポケットに、250円残っていた。

 缶コーヒーを買い、ぐびりと飲む。

小さい頃、親父が買ってた缶コーヒー。塾の帰りに1人で初めて買った。卒論に追われた徹夜明けの朝、同期と飲んだ。初めての夜勤仕事の日、先輩が買ってくれた。わけのわからん異世界で、馬鹿なやつらと魔法を使って缶けりした、ってか。

 涙が、ほほを伝う。

 今は何日だ。この世界では、俺はなにもしていなくて、無為に時間だけが過ぎたことになる。精神的な成長などなく、ただ、なんだろう。涙が出るほど別れたくない仲間ができて、思い出が出来ただけといえば、なんというか。思い出が出来た。それで、いいじゃねえか!

 ふう、と缶コーヒーをもう一口飲む。

 うめえ。

 ララの最後のことばを思い出す。


「ユーキ、あんたは私の部下一号よ。私のなに恥じないよう、向こうの世界でも、がんばってらっしゃい!」


 そうだ、こっちの世界で思い出に耽るにはなにもしてなさすぎる!思い出に生きてる場合じゃねえ!俺は、無資格無彼女の30歳だ!


ーーー簿記か、小説か、勇者か


 いや、勇者ってなんだよ!簿記が現実的にはいいよな。待てよ、今回の出来事を小説にすれば、いや、そんな甘くねえか。

 そのとき、空が煌めいた。

 は?

 視界が揺れる。

 はたと目が覚める。

 森の中だ。


「ユーキ!」


 ララが、そこに立っていた。


「ララあ!」


 と抱きつく。


「ちょ、気持ち悪いわね!」


 辺りが暗い。どうしたことだ。


「どうしたんだ?」


「冥界の第二階層が開いたのよ!ちょうど良かった、あんた、手伝いなさい!リンとノアを迎えにいくわよ!」


「はあ!?」


 簿記か、小説か、勇者か

 勉強道具ねえから簿記は無理か。勇者しながら、しこしこ小説描き貯めるか。異世界で勇者しながら、書き溜めた小説を、日本に戻った時に発表する。これで両方の世界で進捗を測れる。

 まてよ。おれ、日本に戻れるのか?


「ユーキ、はやくなさい、いくわよ」


「おう、あ、まて」


 とやはり一緒に移動してきた自販機で、缶コーヒーを買う。残り30円か。これが最後の缶コーヒーだな。

 お守りに持っておこうと、パーカーのポケットに入れておき、俺は、ララのその大きな背中を追った。


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