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缶コーヒーを飲む。

「さて、どうしたものか」


 ダヤンさんが、社長室、もとい王の間にて、窓の外を見ている。外は依然暗く、冥界の開きの世界への影響がわかる。一旦は収拾したが、次々に冥界から現れるモンスターをケンタウロスやエルフ、それに王都の兵士も加わって撃退している。


「ルルに会わせて」


 ララの言い方は、どこまでも冷ややかだった。二人の関係が完全に冷えきっていることが伺えた。


「それにかけるほかあるまい」


 とダヤンさんもまた、いつもの通り淡々とだが、さらに何か刺を持って言った。


「あなたには、私たち全てが駒に見えているんでしょうね。感情のないあなたには」


 ララが、言い放った。

 ダヤンさんの込めたそのことばの刺は、やはり感情なのだろう。ブブさんやララと喋るダヤンさんは、他の部下と喋るときとは違い、それはマイナスの感情なのだろうが、しかしそれでも機械的な物の口調に微かな感情を乗せていた。それは、二人に対する甘えにも見えた。

 ララは、しかしダヤンさんに背を向け、俺たちを見た。


「ユーキ、ノア、リン。一緒に、来てくれる?」


 ララの表情は、いつもと違いいくらか険しかった。ルルはあんなにもララに会いたがっていた。ララのルルに対する感情は、わからない。ただ、俺は、「おう。当然だ」と答えた。リンとノアもまた、強く頷いた。 

 王の間を出る。セバスさんの先導のもと、前にルルのいる塔からワープしてきた一室へ入る。小さな円陣があった。そこに、5人が入る。ぎりぎりである。セバスさんが円陣に手を触れると、ふっと視界が消え、再び明るくなる。シャンデリアは煌煌と光っている。階下が見下ろせる。大きな熊のぬいぐるみ。絵画がいくつも壁にかけられており、高そうな長椅子、本棚、銅像。ルルは、自分の部屋と、ここだけで生きてきたんだ。

 階段を上がり、ルルの部屋の前にくる。

 セバスさんは、すっと後ろへ下がる。

 ララは、一歩前に出ると、扉に手をかける。が、扉を開けない。


「どうした、ララ」


 小声で訊ねる。

 ララは、下唇を小さく噛み、言う。


「ど、どんな顔してあって、なんて声をかければ」


「なんだ、シミュレーションしてのか」


「だって、私は」


 うじうじしているララというのは、なんというか、初めて見る一面で「お前って結構繊細なんだな」と言うと「あんたはノー天気で言いわね、ユーキ!」といつもの調子で返してきた。

 そのとき「だ、誰?」と部屋のなかから、ルルの声がした。


「まあ、シミュレーション通りにはだいたい行かないもんだ」


 と俺は、ララの握った扉の取っ手を上から握り、最後の一押しをした。

 扉が開く。 


「ね、ねえね!」


 ルルが、ベッドから起き上がる。

 ララは、と見ると、ぼろぼろと泣いている。引くぐらい泣いている。そんなララを見て、不安な表情で近づいてくるルル。そのとき、室内の空間がぐにゃりと揺れる。廊下は正常だ。何か、この部屋だけ魔法がかけられているらしい。ルルは、泣いているララを見て「ねえね、なんで泣いてるの?」と訊ねた。


「ルル、ごめんね。私は、あなたを置いて出て行った」


「ううん、ブブが言ってたよ。ねえねは、私のために出て行ったんだって」


「違うの。違うのよ、ルル。私は、ずっと出て行きたかった。このお城を。その理由にあなたを使ったの」


 部屋の空間のゆがみが、消える。ルルは、ララを抱きしめ、言う。


「でも、ねえね、戻ってきてくれた」


「ごめん、ごめんね、ルル」


 とララは膝をついて、やはり泣き崩れた。ルルも釣られて、泣いている。空間にゆがみはない。

 リンも泣いている。リンはすぐに泣く。ノアは、割と普通だ。こいつはやっぱりちょっとドライだな。

 いくらか泣いていて、折りを見てセバスさんが「ティータイムにしましょうか」と言った。この女子っぽい感じにどうしようかと思っていた30歳の俺は、ナイスタイミングだな、とセバスさんに感謝した。

 ルルの部屋で、お茶を飲む。上品な香りが鼻から抜ける。

 ルルは、俺たちの話をほしがった。


「リンとノア。リンは獣人族で、火の魔法が使えるわ。ローブを脱げば誰よりも早い、我がパーティの魔法使いよ!」


「リンさん、火の魔法!すごい!」


 ルルが、リンを爛々と見た。


「う、うん、ちょ、ちょっとだけだけど」


 とリンが照れたように答えた。

 いや、本当にちょっとだけだし、異世界からものを移動させるほどの時空間魔法のほうがよっぽどすごい、などと野暮なことは言わない。


「ノアはエルフ族のプリンセスよ。その魔法力とコントロールはエルフでも随一で、我がパーティのグレートシールドよ!」


 と誇るようにララは言った。ノアが、少し照れたように、無垢に笑う。こいつはララに褒められるとこうなる。そもそも随一の魔法がありながらグレートシールドとは、という野暮な疑問は捨てた。


「グレートシールド!大きな盾ですね!」


 とルルはノアを見た。


「ばあばの盾。魔法を伝わせることができる。ちょっとすごい盾」


 とノアにしては長文を喋った。上機嫌らしい。


「それで、こっちがユーキ」


「終わりかよ俺の説明!」


「何かあったかしら、他に」


「いや、ねえけど」


 いや、あるだろ一杯、と言いながらに思った。


「ふふ、ふふふふ」


 ルルが笑った。ララと瓜二つの顔だが、こんな天使のような笑い方はララはしないが。


「みんな、大切な仲間よ」


「ねえねは?」


「ララちゃんも、すごいよ!あれは勇者試験の時。鬼を倒したときのララちゃんの剣はね、ほんと、しゅっしゅって感じで、まじすごかった!」


 とリンが一生懸命ララのすごさを説明する。


「ねえねは、鬼と戦ったの!?」


「そうね、随分昔に感じるけど」


「屍鬼とも戦ったよね!」


「あれは、そうね、トー婆さんの魔法空間のなかでね。そうだ、ルルも老魔女シリーズを読んでいるはずよ」


「え、本当!?」


 とリンがテーブルに身を乗り出す。


「うん。老魔女さんがけなげでとっても大好き」


「うちも、めっちゃ好きで」


「あ、本当だ、リンさんの格好、老魔女さんそっくり!」


 ノアが、負けじと身を乗り出し、訊ねる。


「も、燃えよ大盾は?」


「読みました!最後に敵に突っ込んで行くシーンは圧巻で!」 


 なんか話が盛り上がっているようで、俺はお茶を啜った。ほっと息をつくが、なんとなくパーカーのポケットにある缶コーヒーに触れる。


「ルル、何かしたいことはある?」


 ララが訊ねた。 

 ルルは、少しもじもじしながら、「みなさんと、遊びたい」と言った。


「言いわね。さて、なにして遊ぼうかしら」


 周りには、たくさんのぬいぐるみがあった。テレビゲームがあるわけではない。ボードゲームのようなものはあるが、二人用ばかりだ。大勢で遊ぶものが、この部屋にはない。

 部屋の隅にある洗面台で、缶コーヒーを丁寧に洗う。確か、野盗と、鬼と、ララと、蜘蛛と、べこべこと缶は凹んでいるが、全く穴はあいていない。缶のプルを開ける。ぷしゅりと、気持ちのいい音がする。ぐびりと飲む。

 うめえ。

 なんだこれ。体に染みて行く。苦くて甘い。この二つが見事に共存しているのは、コーヒーと青春ぐらいだぞこれ。ごくごくと、まるでスポーツドリンクを飲むようにすぐに飲みきる。うめえ。さて、空き缶を握り、遊びに思案している4人に言う。


「缶蹴りするか」


「缶蹴り?」


 ララが、訊ねた。


「そうだな、ここじゃなんだから、一階の広間へ行こう」


 と俺たちは広間へ向かった。

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