王と面会する。
「では、こちらへ」
セバスさんが歩き始める。
王が待っている。ララの、お父さんが。
「ララは、そちらに?」
「ララ様は、少し用事がありまして。王と、ブブ様がおられます」
先代もいるのか。
さっきの階段を下りて行く。
「ルルは、ララの妹、と言ってましたが」
「なかなか込み入った話でして」
とセバスさんも話せなくて申し訳ない、と言う様子であった。王に訊こう。そもそも王はどんな人だ。
「王様は、どんな方なのでしょうか」
「立派な方です。先代の王妃が博愛の名の下あらゆる一族を国に受け入れました。そこには大きな問題もはらみます。種族間の小さな諍いが国中に増えました。先代の王妃亡きあと、現王が、理想と現実のもと天秤をしっかりとかけられ、平等と区別の境界を法のなのもとに制定していきました。先代の王妃の理念と、現王の政治的手腕があっての現在の国の平和があるのです」
といくらか早口で答え、少しの間を持って、今度はやはり申し訳なさそうに言う。
「なので、この度の決定も、なんとかご理解いただきたい」
この度の決定、というのは、ララのことだろうか。
階段と階段の間の、小さなスペースでセバスは立ち止まった。そこからは一階の広間が見渡せる。スペースには円模様が描かれており「こちらの中へ」とセバスさんに言われるがままに、その円のなかに入る。
「転移術式です。すぐに終りますので」
とセバスさんが床に手をつくと、ぶわっと視界が消える。
はっと目を開くと、仄暗い部屋についた。
「こちらへ。王の間に案内いたします」とやはりセバスさんが先導する。扉を出る。赤絨毯が廊下に敷かれている。大理石のような一面の壁、床。城のなかだろうと何となく思った。大きな扉の前でセバスさんは止まり「連れて参りました。入ります」とその重そうな扉を開いた。
赤い絨毯が真っすぐに伸びている。その先に、王様というよりは社長室のような机があり、その向こうで、目つきの鋭いオールバックの男が高そうな椅子に座っている。40歳にもなっていないような気がするが、めちゃくちゃ仕事のできそうな人特有の冷たい雰囲気も纏っていた。壁によりかかるように、ブブさんもいた。だるそうに頭を掻いているが、何か二人の間には、言い争いをしたあとのような剣呑とした空気があった。柱時計が、こっこっこと、大きく聞こえた。セバスさんがお辞儀をして部屋を出ると、オールバックの男が、すっと立ち上がり言う。
「ユーキさん、リンさん、ノアさんですね。私は王のダヤンだ。どうぞおかけに。質問も多々あるだろう」
とソファーを示した。「王の」とまるで一つの役職のように、淡々とダヤンさんは名乗った。ダヤンさん、と呼べば良いのか。王なのだが。とりあえず、ソファーに腰掛ける。やや空気に飲まれた俺とリンであったが、ノアが、
「ララは?」
と鋭く問うた。
ダヤンさんの向こうに窓があり、昼間にも関わらず暗く、暗雲が空に立ちこめているのがわかった。
「別の場所にいる」とダヤンさんは、やはり淡々と答えた。
「ララの妹がいました。閉じ込められているように。一体、どういうことですか?」
俺の問いに、ダヤンさんは一度目を閉じると、ゆっくりと開き言う。
「ララとルルは、双子だった。双子は禁忌。全くの理屈のない、この国にある迷信だ。私は、ルルをあの塔に閉じ込め、いないこととした」
コッコッコと、柱時計は変わらずある。
窓の向こうで、雲が轟々と動くのがわかった。
「で、でも、双子が禁忌なんて、うち、ずっと知らなかった」
リンが言った。双子が禁忌、トー婆さんもそんなこと言っていたが、それは昔の話で、現在はそういうそんな禁忌はなくなっていると。現に、トー婆さんの孫は双子だったが、幸せそうな家庭だった。そんな古い迷信のために、ルルを閉じ込めたのか。
ブブさんが、頭を掻きながら飽きれたように言う。
「お前はいつもことばが足りてねえんだよ。こいつをフォローするわけじゃねえけど、18年前には城の中にまだまだ保守的で頭でっかちが一杯いてな、それに、当時は種族間の諍いもあって、不安定だったんだ国が。しかも、時悪く、ララとルルが生まれた年に天災が重なって飢饉にあった。二人の母親も、生まれて間もなく亡くなっちまった。双子の出産を発表した日には、国がまた荒れるかもしれないし、何より呪われたプリンセスなんて言われ兼ねない。しかもこの頭でっかちの王さんは、次の奥さんを取らないと謎の一途さを公表してたから、すでに次の世継ぎができることはない。どっちかを殺すか?苦しみのなかにあって、死のそばにあって、ララとルルを抱いた母親は、とんでもなく心から笑ってたんだ。女は強ええなと思ったよやっぱり。そんでだな、まあ苦しみ紛れの策で、極わずかなもののみが知る、ルルという秘密ができたわけだ」
ブブさんがしゃべている間、ダヤンさんは、ただ一点を見ていた。そこに感情はあるはずだが、それを悟らせないようにか、努めて無表情を作っているように見えた。
「ララは、なぜ修道女に」
「ルルを不憫に思ったんだ。私がいるから、ルルが閉じ込められている。私が出て行けば、と思ったんだろう。修道女になった経緯はわからないが、出て行ったのはそういうこった。そもそもララはダヤンと仲が悪かったからな。俺に似たんだな、がっはっは」
と笑いながらも、ブブさんはさらにことばを紡ぐ。
「だが、ルルは出てこなかった。ララがいなくなったことで、さらに心が閉じていった。ララの魔法力は皆無だが、ルルの潜在能力は俺をも凌ぐ。不安定になったルルは、それで、俺の時空間魔法に干渉してしまったり、まあニホンからも色んなもん持ってきちまったり、それに冥界が開いたり」
ブブさんのことばを切るように、ダヤンさんが言う。
「冥界に関しては、調査で結界の経年劣化であると上がっている。ルルとは無関係だ」
「他のもんはそうは考えるまい」
ブブさんは、意地悪く言った。
「あの、新聞に書かれてた、ララちゃんが、冥界の魔法使いの生け贄になるって」
リンが、なんとか声を振り絞りながら、訊ねた。
「生け贄、まあ、そういうことになる。やつらは、時空間魔法の使い手を冥界に持ち帰り、利用しようとしている。どこかから、プリンセスが時空間魔法の使い手だと黒い魔法使いに漏れてね」
とダヤンさんがブブさんをぎろりと睨んだ。ブブさんは、居心地悪そうにそっぽを向いた。そういえば、ヒラタさんがプリンセスは時空間魔法が使えると言っていたが、ブブさんは色々喋ってしまっているらしい。
「黒い魔法使いは、プリンセスを手に入れれば冥界の封印などどうにでもなると思っているのだろう。今回はプリンセスを差し出せば、冥界におとなしく戻る、と言っている」
「でも、もう冥界は開いているから、今更時空間魔法は向こうからしたらいらないんじゃ」
「冥界も階層があってな、3階層ある。今開いてんのは一階層だけじゃ。最奥には魔法使いスピリタスが封印されている。やつらは、すべての階層を開き、スピリタスを復活させたいんじゃ。そのために時空間魔法使用者が必要なんじゃな」
「ルルがいれば冥界をどうにでもできる?なら、ルルに冥界を閉じさせればいいのでは」
「ルルは精神的に不安定だ。外に出して逆に冥界の次の階層を開いてしまう恐れもある。謀らずも、向こうはプリンセスを差し出せ、と要求した。ララもプリンセスだ。納得して自らの身を捧げると言った。それで一時は稼げるだろう。冥界からはすでに多くのモンスターと黒い魔法使いが、現在進行形で出てきている。一刻も早く、敵の要望を聞く必要がある。その間に策をこうじ、冥界を閉じれば」
ダヤンさんの機械的な、淡々としたことばに現れた、微かな違和感。何かが、引っかかった。そこに悪気はないのだろう、だが、その小さく感情の乗ったことばと、その義務的な喋り口に、強い苛立ちを覚えた。
「謀らずも?」
とつい、ぼろっと、自分でも驚いたが、苛立ったことばが口からこぼれた。そこからは、せき止められていた蓋が開いたように、ことばが流れた。
「他に可能性があるのに、全部ララに押し付ける気か!?ララはどうなるんだ?!冥界で、時空間魔法が使えないとばれて、こっちから冥界塞がれて、ララはどうなるんだよ!?」
「仕方がない。冥界の開きは、先にも言ったが、ルルが原因ではない。結界の経年劣化だ。ただ、時期が悪い。プリンセスが時空間魔法の使用者だと民間に膾炙している。ルルの不安定な魔法のせいで異世界からいくつも物がこちらに移動してきている。父の言う通り、誰もが、冥界の開きをプリンセスが原因だと考えているだろう。すでに冥界から現れた敵によって被害も出ており、各種族に不穏な動きもある。我が国は多種族が住んでいる。そのつながりは、つまり利害の一致によるものだ。不安定さを孕んでいる。いち早く冥界を閉じなければ、国内が荒れる。プリンセスを本日中に引き渡すことは、エルフの一族を初め」
とちらりとノアを見て、ダヤンさんはさらに言う。
「すでに各種族に通達してある」
「本日中だと!?プリンセスプリンセスって、ララは、ララは、どこにいるんだよ!」
背後の窓で、雷が落ちた。
暗い。雲が分厚いのはわかるが、にしても暗すぎる。
「時間がないのだ。被害をいち早く食い止めるため、必要な犠牲だ」
やはり淡々と、ダヤンさんは言った。柱時計もまた、やはり変わらず、コッコッコとリズムを刻む。
ブブさんが、おもむろに窓の外を見て、言う。
「冥界が揺れてるなあ。ここまで事情を聞いて、どうする、他に味方はいないが」
「行きます。ララのもとへ」
俺は、ダヤンさんを見下ろすように立ち上がった。リンとノアも、続く。ブブさんは、にやりと笑って俺たちに近づく。
「私は魔力が見える。あなたは、もう魔法を使わない方がいい。次に使えば、体に支障をきたす」
「んなこたあわかってんだよ、ダヤン」
とブブさんは、俺たちの腕を掴んだ。
「あなたがそんなにも利他的な人だとは」
「すまんなダヤン、お前が生まれても俺の性格は変わんなかったがなあ、お前もいずれ分かるだろうよ、孫は違うぜえ!行くぞ!」
ブブさんは、気合いを入れるように言った。
ダヤンさんの、やはり冷静な目は、すっと俺たちを見ていた。その目が、揺らいだように見えた。いや、ただ、テレポート前の視界の揺らぎだったのかもしれない。
視界が暗くなる。




