夜中の教会。
宿を出る。本通を越え、枯れ木の並木道を過ぎると、人通りも落ち着いてくる。話しかけるのに躊躇し、それは三人も同じだったようで、周りの喧噪が落ち着くに従って沈黙のぎこちなさが露呈していく。打開などなく、ただ流れに身を任せるままに、遂に目的地に着いたようだった。堀に囲まれるように、広々とした敷地の向こうにお城のような建物があった。門の前には、兵士が2人警備している。
「ララが来たと伝えなさい。面通しをしてちょうだい」
ララは、きっぱりと言った。
兵士の一人が、城の方へ駆けて行く。
いくらかして、戻ってきた。
「王の今日の面通しは難しい。明日以降にしてくれとのことだ」
「はああああ!?明日以降!?いつなら会えるの!」
しかし、兵士の反応は困った顔をするのみであった。
「ほんっっとうに融通の利かない人ね!」
とララは吐き捨てるように言いながらも、あっさりと城を後にした。
ぷんぷんと怒るララはいつものララで、なんとなしに俺はほっとし、軽くなった口を開く。
「王?ララ、お前って何者」
「今更私が何者かなんて聞かないんでしょ」
ときっとララは俺を見た。やはり俺はほっとした。いつものララだ。
「ララちゃん、大丈夫?」
リンの心配そうなことばに、はあとララは息をつき
「ごめんごめん。リンも、ノアも。私のこと、少しでも話すわ」
と歩きながらにことばを紡ぐ。
「面会は王とよ。私は面識がある。私はここトンボイで生れ育ち、6年前に理由あって出た。遠く離れたイリリア教会に拾ってもらって、洗礼を受けた。ユーキ、あのタバコの好きなお爺さんが言っていたでしょう。王の娘が不安定ながら時空魔法を使えると。その娘のことも知っている。まさか彼女が、異世界に干渉できるほどの魔力を持っているとは思っていなかったわ。だけど、異世界からユーキが来たこと、あのケロスとトンボイの交通路を塞いでいた物体、それらをあのお爺さんの話と繋げると、彼女が原因だとしか考えられない。それに、冥界が開いたのも、彼女が原因だと思う」
「面会して、その彼女、王の娘に会おうとしたのか」
「そうよ。精神的に不安定な彼女を私ならなんとか安定させることができるかも、という希望的観測だけどね」
「なるほどな。で、お前は何もの?」
「それは訊かないんでしょ、バカユーキ」
「はい」
まあ、これだけ話してくれただけでも嬉しいが、しかしララの正体は至って分からない。これ以上訊いても絶対口を割らなさそうなので、諦める。ララの隣に、リンがにこにことぴったりと歩いている。俺の隣では、ノアが、やはりにこっと笑いながら歩いていた。どうも心配させていたようである。俺は全く周りが見えていない。前を歩くララを見る。なんとなくだが、何かわびしさのようなものを感じる。西日差す本通を過ぎ、宿へと戻ってきた。東向きの部屋は薄暗く、ランプを灯すが、にしては早い時間帯で部屋全体にフィルターがかけられたような違和感があった。
早くに床についた。が、眠れないでいた。異世界に来ているのに今までよくぐっすり眠れていたな、とも思う。ぼんやりと天井を見ていると、がさりと向こうのベッドで音がした。ララの使っているそれだ。そーっとこちらに近づいてくるのが気配でわかった。俺は、昼間のこともあってか、とっさに目を瞑り狸寝入りした。かちゃりと扉が慎重に開く音がすると、再びかちゃりと閉まる。部屋には、リンとノアの柔らかい寝息が小さく残った。二人を起こさないように、俺も部屋を出た。宿の扉から覗くように通りを見ると、ララの背中が、本通と宿街の間にあり、他の建物よりも頭一つ大きい教会に入っていくのが見えた。教会の前までやってくる。宿街は静かで、外灯の明かりがぽつりとあった。本通に昼間の喧噪はないが、オレンジの外灯は明るく、そのもとに人通りは少ないながらにあり、誰もが早足であった。仕事帰りに見えるが、異世界も大変だな、と思う。少し離れた、道向こうに並ぶ飲み屋のネオンが、強く目立っている。教会は、寝静まる宿とも、人のいなくならない本通とも違う、それこそ間にあって異世界がぽつんとあるようだった。24時間開いているものなんだな、と扉を小さく開き、中を覗いた。質素な作りであった。木製の長椅子が両サイドに何列かあった。中央には赤い絨毯が細い道を作っていた。先に祭壇があり、正面には大きな十字があった。両脇には、古びたランプがかろうじて白い光を発しており、仄暗い教会内にあってその祭壇周りをぼわりと浮き上がらせていた。その光のもとに、ララの背中があった。祭壇の方を向いて膝をつき、背中を少し丸めるようにやや俯いており、じっと動かない。何か、映画のワンシーンを見るように、その情景に見とれてしまった。教会内だけは、時間が止まっているようだった。音はあるはずなのになく、そこには違う空間が出来上がっていた。
ララがすっと立ち上がった。その空間と止まったような時間に浸っていた俺は、びくりと体を反応させた。振り返るララに、なんのアクションを取ることもできず、相手の反応を待った。
ララは、俺を見て「つけたわね」とことばは意地悪くも、穏やかにため息をついた。
「すまん」
「いいのよ」
ララに、興味が沸いた、といえばいいのか。俺は、ぽろっと質問を落とした。
「なんで、教会に」
「なんでって、修道女だから当たり前でしょ」
「ああ、いや、お前は金にがめついし、そうだな、慈悲深いところもあるけど、破天荒だし、神様に祈っている理由が気になるっていうか」
「ふふ」
とララは、いつもとは違う、控えめに小さな笑いをこぼした。なんとなく、ララに異性を感じてしまい、頭を振る。
「そうね。私はどこまでも打算的で感情的で、そして、臆病な人間。だけど、ここに戻ったときは、つと冷静になれる。神に悔いることができる。落ちて行く自分を改めて見ることができる。でも、また同じことを繰り返す。だって、私は弱いから。でも、やっぱりまたこの場所に戻ってきて、私は弱くて小さい存在なんだと思い直せる。コントロールできない感情を、自分を、神にゆだねることができる。私は悪い人間だから、悪い人間だと理解して、善い人間であろうと努めることができる。それは善い人間でありたいというより、悪い人間でありたくないという思いかもしれない。だから、やっぱり、偽善ね」
寂しそうに笑うと、今度はふんと息を吐き、ララはいつものように胸を張る。
「喋り過ぎたわね。さあ、たっぷり寝て明日に備えるわよ!レッツゴーよ!」
と教会を出た。ララの一端が垣間みれたような気がした。そこに何を背負っているのかはまだわからなかったが、いつもの大きなララの背中に更なる決意のようなものも感じ、俺はララの後に従い、やはりこっそりと二人を起こさないようにベッドへと戻った。




