トンボイについて早々、喧嘩する。
「はっはっは、リギル、お前が最後だ。ん?なんだその修道女は」
黒ケンタウロスが、訝しげにララを見る。リギルは、「ふー、ふー」と鼻息荒く今にも突進しそうであったが、ララがロープでなんとか押さえ付けている。
ゆっくりと迂回し、側面に回る。この距離なら行けるか、と顔をのぞかせ、様子を伺う。ララとリギルを睨む黒ケンタウロスと、罠にかかりもがくケンタウロスたち。あ、ノアがロープの中にいる。あいつ、ケンタウロスと気質が一緒なんだな。そのとき
「ちょ、まちな、さい!」
とララの声が響いた。リギルが、やはり感情を抑えきれずに突進し始めた。やべえ。急がねえと。
「行くぞ、リン!」
「うん!」
リンの手を握る。
黒ケンタウロスは、ララたちを注視している。俺は、ノアのかかっているロープの奥に狙いを定め、テレポートする。
「ふう」
と目を開ける。すぐ目の前に、黒ケンタウロスが「は?」と突如目の前に現れた俺とリンの方を見ていた。どたどたと、背後から激しい足音が。やべえ、やっちまった、と振り返る。目の血走りこちらに走ってくるリギルと、その背中には手綱を引っ張るララがいた。ど真ん中に移動しちまった!
「ちょ、あ、あああ」
隣で、リンが、声にならない声を上げる。
「あ、あんたたち、どきな、っさい」
ララが、リギルの手綱をひっぱりながら叫んだ。馬ってのは、ケンタウロスなんだが、すごい迫力である。リギルは、俺とリンを見てはっと冷静さを取り戻すと、「ぬおおおお」と障害物を超えるように、跳び超えた。「ぎゃあああああ」と今度はララの叫び声が上がる。そのリギルの跳躍は罠が仕掛けてあったであろう地面をも越え、遂には黒ケンタウロスに倒れるように突っ込んで行った。
「な、なんだと!?」
と黒ケンタウロスは、リギルの思いがけない突進に、もろとも倒れた。俺とリンは、その間に網にかかったケンタウロスと我がグレートシールド様を解放していく。
「ノア、なんでも突っ込んだらいいってもんじゃないの!」
とリンが、ノアに強く言った。
ノアは、鼻をふんと鳴らすとそっぽを向いた。リンに他意はなかったのだが、他のケンタウロスたちはリンがノアに向けたことばに「すみませぬ。ついつい仲間のこととなると見境なくなってしまい」と反省のことばを述べ始めた。「ち、ちがうんだって!みんなはいいの!」と謎理論でリンは誤摩化したが、しかしあの聡明に見えたケンタウロスたちがこうも猪突猛進だとは。まあでも、事件は、案外とあっさりと解決した。一段落つき、族長が口を開く。
「ララ殿、ユーキ殿、リン殿、ノア殿、何度お礼を言っていいことやら。一族の危機を救っていただき、感謝いたす。今一度勇者組合に伝達をやり、父に関しましては再び冥界に封印してくれるようお願いしようかと思っております」
「め、冥界ね」
とララは頬をぴくつかせる。
「報酬は本当にお送りするだけでよろしいのか?」
族長が訊ねた。ララは、「え、ええ、リンとノアもいらないって言ってたし」とぎこちなく答えた。守銭奴のララらしくないが、やはり冥界が開いたことが原因というのがひっかかっているらしい。リンとノアだが、ケンタウロスの背中に乗せてもらい乗馬に勤しんでいる。楽しそうならなにより。
「いや、俺にも聞けよ!」
「なに?ほしいの?」
「別に」
「ならいいじゃない」
30歳なので、こんなことでは拗ねません。
ケンタウロスの村を出る。リギルとその仲間に乗せてもらい、トンボイへ向かう。やはりというか当然なんだが速い速い。あっという間に森を抜け、平原にでる。向こうに大きな川があった。田畑を横目にその川の支流を上流へ向かうと、段々と歩く人も馬車も増えて行く。ケンタウロスがここまで来るのは珍しいのか、ちらちらと視線を感じる。橋の向こうに大きな街が見えた。橋の手前でリギルとその仲間に礼を言い別れる。ララを先頭に、歩いて行く。ララは口を開くことなく、なにかその背中から強張った緊張感のようなものが漂っている。業者や農夫、馬車の往来が多い。民家の中に、ひと際高い塔があった。わかりやすく教会だ。多くの人が教会内におり、ピアノの音色とともに歌が聞こえる。
「寄ってかなくていいのか?」
「人の多い教会は苦手よ」
とララは教会を過ぎる。祈れよ。
街の真ん中の大きな通りに出る。地面はタイルで舗装され、通りに並ぶお店の外壁は煉瓦調の作りで統一されている。お喋りしながら歩く人々は、何か背筋が伸び、あか抜けた感じがある。やはり都会だからだろうか。ララは、明らかにトンボイを知っているように、慣れた感じで歩いていく。本通から中道へ入って行く角に、小さな教会がまたもあった。中道には宿がいくつも並んでおり、その一つに入る。豪華絢爛というわけではないが、蜘蛛の巣がかかっているようなことはなく、清潔感と小綺麗さがあった。
ララは、改まったように俺たちを見て言う。
「あんたたち。私は大きな用事があるから行くわ。その間、トンボイの街を満喫するも良し、宿で一服するも良しよ」
「何の用事だ?」
「ユーキ、あんたが元の世界に帰るための情報を得られるかもしれないわ」
はっと、リンとノアが俺を見る。まあ、それは一番重要っちゃ重要なんだが。
「お前自身のことで用事があるんじゃないのか?」
きっとララは俺を睨んだ。
「私用よ。ユーキには関係ないわ。あんたは自分が帰ることを考えていたらいい」
「今更お前が何者かなんて訊くこともしねえけど、でもな、ララ、少しは話せ、自分のことを」
言い終えながらに、自分のことばにあるぼやけた矛盾に、すっきりしないことを言ったなと思う。
ララは、じっと俺を見ている。警戒、違う。真っすぐな目に、しかし何か戸惑いが感じられた。ララがことばをつがない。次のことばに窮している。
リンは、はらはらときょろきょろと俺とララを見ている。ノアは、じっと口を紡ぎながらも、リンの裾を握っているのがちらと見えた。俺は冷静だ。周りが見えている。大丈夫。
ララは、その重たい口を開く。
「用事を済ませたら戻ってくる。念のために今まで得た報酬はここに」
「ララ!俺たちはお前の子どもじゃねえぞ!」
はっと、大きな声を上げた自分に驚きと戸惑いと後悔が一気に押し寄せる。ララもまた、びくりと手を止める。ララは、テーブルに視線を落としている。日当りが悪いようで部屋には影ばかりがある。本通の喧噪が、微かにではあるが、あまりにも静かな部屋に届いた。なんて言えばいい。口が、足が、手が、体が、高所から飛降りろと言われたように硬直してしまっている。
「ノアも、行く」
ぽつりと、ノアがことばを落とした。すると、ノアの目から、大粒の涙が流れ落ち始めた。
「そ、そうだ、うちも、うちも行く!みんなで行こう!ね、ノアも、みんなで!」
とリンが精一杯の笑顔で俺たちを見た。
「すまん、悪かった」
俺は、なんとか口を開いた。
ララも、「私もよ。そうね。ごめんなさい。みんなで行きましょう」と顔を上げた。少し頬の引きつった小さな笑みを浮かべていた。




