大仏に道を塞がれる
ケロスを出発してトンボイへ、幌馬車で半日という。朝早くの馬車に乗ったからか、客は俺たち以外におらず。
うとうとと幌馬車に揺られていると、急ブレーキに体が揺れる。
「なんだあこらあ」
御者のたまげた声がした。俺たちも外に出て確認する。
唖然と口を開ける。おいおい。見覚えのある黒い大きな物体が、前方の森の中の道を塞いでいた。日は向こうにあり、まだ朝と言える時間にもかかわらず、物体の大きな影で辺りは暗くなっている。その物体の表情は影で見えず、なんだか不気味に見える。パンチパーマのような頭で、右の掌をこちらに向けている。確か、修学旅行で説明を受けたが、その手のポーズもなんらかの意味があったはずなんだが。しかし、その掌を見てか
「偉そうな態度ね。待てと言うこと?」
とララがなぜか憤り気味に言った。教会とはやはり相性が悪いのか。
「バカ!あれは、奈良の大仏様だ!」
「大仏?てかユーキの世界のもの?」
「そうだ。とても偉い方なんだ」
「何をした人?」
「えっとだな」
なんかガイドさんが説明してくれてたはずなんだが、いや、何をしたとかそういう次元のものなのかそもそも。いや、てかこんな暢気に話してる暇はねえ!
「とにかくだな、どうすんだこれ!?」
なんて騒いでいると、頭の禿げた御者が幌馬車の方向を変えはじめた。
「すまんなあんたら、この道は通れん。俺は同僚にこのことを伝えなけりゃならん。あのでっけえの迂回して歩いて行くか、それか一旦俺とケロスまで戻って迂回路で行くか。こっからトンボイまでは、歩いてまだ一日はかかる。迂回路の方は、かなり大回りになる。何日か見といたほうがいい。こんな事態だ、ただで乗っけてやるがどうする」
と御者が手綱を引きながら言った。
難しい選択である。ノアもリンもララを見ている。そのとき、森より、激しい足音が響いた。馬がかけてくる。いや、違う。馬の体に人。ケンタウロスだ!
「おお、なんと運の良い。すまぬ、そのお姿、勇者であるか」
ララの修道副姿にか、ノアの大盾にか、リンの魔法使いの装束にか、とにもかくにも俺たちを勇者だと認識したのは、逞しい上半身に、水晶のような美しくきらびやかな目、何か知的な感じがする端正な顔立ちのケンタウロスであった。そうだ、俺今異世界にいるんだと思い直す。そのケンタウロスが、改まって言う。
「我が村を守ってほしい」
大仏の影が、辺りを覆っている。大仏のパンチパーマのような頭の向こうから、先ほどより少し高度の上がった太陽がその上部を覗かせる。大仏の表情が、光の眩しさも相まってさらに影になる。その細くも強く眩しい光が、ララのもとに差した。当たるところに当たるようになっている。
「どうする、俺も時間がねえ」
御者が急かした。
「あんたたち、いい?」
ララは、リンを、ノアを、俺を順々に見た。リンは何度も強く、ノアは小さくこっくりと頷いた。
「いいぞ、付いてくから」
俺のことばに、ララはどんと胸を張り、言う。
「報酬はあるんでしょうね!?」
「おい、ララよ」
「なによユーキ。報酬は大事よ」
どっかでやったやり取りだな。
「がんばんな。機会があったらまたな、勇者たち」
御者が馬を引いて去って行く。
「報酬は、もちろんでございます。急ぎまするゆえ、こちらへ」
ケンタウロスの青年先導のもと、森へ入って行く。
このケンタウロスの青年、リギルという名前で、族長である父に言われ、ケロスの町に勇者を呼びに向かうところだったという。
「我々の仲間は幾度も罠にかけられ、こちらの数もかなり消耗しています。敵は、とても頭がままわる」
とリギルは落ち着いた声で、その智慧者であること間違いのない何かを見通すような目で言った。このリギルほどの賢そうなものが、頭がまわるという敵。かなりの手だれに違いない。そして、その敵は、この5日間のうちに現れたと言う。平素はとても平和を好み、族長を中心に争い事の一つもないケンタウロスの村に急に。ケンタウロスの村も気になるが、俺はなにより大仏のことが気になる。
「あの大仏は」
「大仏?」
「ああ、あの大きな物体は」
「ああ、あれは、昨日急に現れました。なんの予兆もなくです。我々ケンタウロスは被害が出ておりませんが、道が閉じてしまっている故、街の人々はお困りでしょう」
とリギルは慈悲深い目をこちらに向けてくれる。なんて聖なる生き物なんだ。これが、ケンタウロス。
村に付きました、と木々が開いたところに出た。
ゲルのような建物がいくつもあった。ひと際大きなゲルの周りに、ケンタウロスが何体もいた。
「父さん、運良くも、勇者様を早くにお連れすることができました」
リギルのことばに、中心にいた精悍でこれまた鋭くも何かを見通すような賢そうなケンタウロスが、口を開く。
「おお、よくやったぞリギル。勇者殿、ご足労ありがとうございます」
とリギルの父は前足を付き、深々と頭を下げた。そのとき、森のどこかで笛が鳴った。
「やつです!勇者殿、早速ですが、お力を貸していただきたい。いくぞ、ものども」
リギルの父のことばに、ケンタウロスたちが一斉に駆ける。
「は、族長!」
と他のケンタウロスが追随する。リギルの父は族長らしい。
ララとリンは族長の背中に、俺とノアはリギルの背中に乗せてもらい、森を駆ける。族長が、駆けながらに言う。
「やつは5日前に現れました。我々が及びもしない智慧を持ち、仲間を捕らえて行くのです」
「5日前に、急にですか」
エルフの国もここ一週間がそこらの話である。冥界と関わりがあるのか。
「ええ、お恥ずかしい話ですが、敵は私の父でございます。ケンタウロスは横暴で粗暴、昔は他種族からも怖れられておりましたが、全て父のせいだったのです。なんとか父を追い出し、父は冥界へ封印されていたはずなのですが」
「冥界!?」
とララの顔が青ざめる。
「ま、まあ、報酬は、そんなにいいわよ、やっぱり」
「いえ、我々一族の問題に手助けしていただくのです。しっかりとさせていただいきまする」
「一族の問題、ね。まあ、ほどほどに」
と金にがめついララらしくなく、控えめである。
山の裾野に、なだらかな場所があった。大仏の影もなく、日が射している。俺たちは、それぞれケンタウロスの背中から下りると「こっち、こっちに来なさい」とララに言われ、木の陰に隠れた。
「はーっはっは、やってきたか、ケイローン!」
向こうで、黒々とした体に目の赤いケンタウロスが、族長を見て言った。
族長が、悲痛な声で言う。
「父上、もうおやめください」
「うるさいぞ!これを見ろ!」
黒ケンタウロスが横へ動くと、その背後に、ロープにかかったケンタウロスが何人もいた。力なく罠にかかっている。その瞬間、ケンタウロスたちが雄叫びを上げ始め、黒ケンタウロスに向かって走り出した。凄まじい迫力、凄まじい足音が山に響く。
「ま、待ちなさい!罠よ罠!」
ララの声も聞かず、族長までも「許さんぞ!」と走り出す。
黒ケンタウロスに届く前に、ケンタウロスたちが、その手前でロープにかかり倒れて行く。何人もが簡単に網にかけられる。「はーっはっは」と黒ケンタウロスの高笑いが響く。それを見てもなお、他のケンタウロスたちは走りをやめようとしない。
「せ、せめてお前だけは、待て!」
となんとか、あの冷静で知恵者に見えたが今や猛りに猛っているリギルだけは、頭をはたき、首に紐をかけ、木の陰に隠した。
馬鹿の一つ覚えで、ケンタウロスたちは罠にかかっていく。
「わーっはっは。我が孫のリギルはどこだ。んん?リギルよ、お前の仲間が苦しんでいるぞ!」
と黒ケンタウロスは高らかに言った。俺たちには気づいていないらしい。
落ち着きを取り戻したリギルは、悔しそうに言う。
「くそ、父さんたちが罠に。なんて賢い敵なんだ」
「あんたたちが馬鹿なのよ!てか多分敵も馬鹿よ!」
「かくなる上は、私が」
とやはりすぐに熱り立つリギルを、ララは再度叩き、小声で言う。
「お、落ち着きなさい。あいつはまだ私たちに気づいていない。ユーキ、リン、迂回してある程度近づいたら、テレポーテーションで罠にかかってる人たちのところまで行ってちょうだい。あとはこれでロープを切って解放してあげて」
とララは十字をリンに渡す。リンは、「う、うん!」と強く頷く。
「あれ、ノアは」
と俺はきょろきょろと渡りを見る。いない。
「一緒に突っ込んでったわよ」
はあ、とララはため息をつき、なおもことばを紡ぐ。
「私はリギルをコントロールしながら敵の目を引きつけるわ。手前には罠があると思って、奥の方にテレポーテーションで移動なさい」
「了解」
「じゃ、行くわよ」
ララが、熱り立つリギルの背中に乗ると、木陰を出た。俺とリンは、木から木へ隠れるように慎重に歩いていく。




