宮殿に招待される。
翌日、暢気にも遅い朝を迎え、4人で前日にヒールを施した若者のもとへと向かう。白々と雲が空を覆っており、早朝でもないのに霧が村全体にかかっていた。若者たちの体調は快方に向かっており、感謝のことばをもらい家を出る。全員の訪問を終える頃には、お昼になっていた。
「こほん、質問なんじゃが」
帰り道中、マタ爺様が口を開いた。
「どうしたの?」
とマタ爺様にも慣れ、敬語の薄れたララが答えた。
「その、昨夜の戦闘、まさかヒーラーのララ殿が素晴らしい剣術を使い、リン殿の敵の感知と素早い動きもお見それいたした。が、それぞれの武器を回していたが、あれはなんの意味が?」
「ないわよ」
ララは、素っ頓狂に答えた。
「へ?なら、なぜ」
「まあ、ユーキが持ってきてくれるし」
「では、ユーキ殿は武器を持ち回る役割、ということで?」
とマタ爺様がやや哀れみの目を俺に向けた。
「で、でも、ユーキも、テレポーテーション使えるから!」
リンがやや声を張り、俺のフォローをしてくれた。
「ほう、テレポーテーション。珍しいですな」
「まあ、本当はそれぞれがあった武器を持った方がいいと思うんだが、何ぶんみんなわがままで」
と俺はぽりぽりと頬をかいた。ノアの木の盾とショートソードが重い。一応なくしてはいけないと持っているが、しかしノアがいないと寂しさがある。ほとんどしゃべらないやつなんだがな。「お前たち」
背後からの声に、俺たちは立ち止まった。振り返ると、ケロスの町でノアを迎えにきた少年が、蔑むような目つきで俺たちを見ていた。
「何のようかしら」
とララが、腕を組んで少年を見下ろすように言った。何を張り合ってんだこの修道女は。
「ノア様がお前たちをお呼びだ」
「ノア!?」
とマタ爺様が反応する。
「マタナキ、お前はお呼びではない。それと、様をつけろ」
少年のことばには、いちいち刺があった。
マタ爺様も、少年を気にすることなく「お主らは、ノアの知り合いか!?」と俺たちを見た。
「ええ、同じパーティの仲間よ。ケロスでその糞ガキが帝の病を伝えにきて、ノアを連れてったのよ。だから、ノアは宮殿に戻っているはずよ」
「帝の病?」
マタ爺様は、訝しげに少年を見た。
少年は、「時間がない。早く来られよ」とそっぽを向いて歩いていく。
「とりあえず、チャンスではあるな」
と俺は、少年に聞こえないように言った。
「しかし、危険じゃぞ。あと、帝の病というのは、ノアを連れ戻すための嘘じゃ」
「まあ、そんなことだろうと思ったわ。あいつに従うのはしゃくだけど、でも行かない手はないでしょう」
とララは、やはり謎の自信にあふれた様子で少年に続いた。
「すまぬ、お気をつけて」
と心配そうなマタ爺様を残し、俺とリンも続いた。
船がゆらりと揺れていた。船頭が前と後ろに一人ずつおり、後ろの船頭は風魔法を使っているようだった。エルフの一族は風魔法を得意としているようで、そういえばノアもそうだったなと思い出す。
島をいくつか超える。時雨に小さく打たれながらも、薄日を頼りに進む。ひと際大きな島が見えた。靄がかかり、島の全体像が掴めない。海から運河へと入っていく。両脇には森があった。はたと開けると、運河の終わりにくる。ほえーと向こうにあるガラス張りの宮殿を見上げる。シンメトリーに両脇に二つの塔があり、その二つと回廊で繋がる真ん中には、ひと際高く立派な塔があった。上部は靄がかかっており、遥か高く伸びている。
船を降りる。宮殿の手前は広場になっており、大きな噴水があった。こんなにも湿気た日なのに、噴水は稼働していた。周りには、エルフ族も歩いているが、他種族の観光客らしき人々も歩いている。
「早くこい」
宮殿を唖然と見ている俺とリンに、少年は厳しい口調で言った。
広場を超えると門があり、エルフの兵がいた。少年がなにやら話をすると、兵士に訝しげな視線を向けられながらも、俺たちは通された。通る際武器のチェックを受け、リンの魔法の杖と、ノアの片手剣、木の大盾を取り上げられる。ララは、「これはロッドよロッド!ヒール用、高いのよ!」とごり押しし、なんとかその梱包されたロッドのみは死守した。
宮殿内を歩いているのは誰もがエルフだ。シャツやドレスっぽい服を来ている物が多く、村よりもいくらか洋風で、いくらか上品に見えた。村のものたちと違って、異物を見るように俺たちを見ていた。まあ、異物っちゃ異物なんだが。宮殿内の部屋は全てガラス張りだが、特殊な加工がしてあるようで部屋のなかは見えなくなっていた。
「こっちだ。ノア様と、カホ様、トモ様がお待ちだ」と少年に一室に通される。
透明な、これもガラスだろう長いテーブルの片側に、3人のエルフが座っていた。挟まれるように、頭一つ小さい見覚えのあるエルフが珍しくもきちんと座っている。
「ノア!」
リンが歓喜の声を上げた。 ノアは、はっと表情を明るくこちらを見る。いつも無表情なノアにしては珍しい。
「これはこれは、ご足労ありがとうございます」
とノアの右隣に座っていたハリウッド俳優のように端麗な顔つきの男が立ちあがった。ほぼ同時に、ノアの左隣に座っていた、これまたハリウッド俳優のように端麗な顔つきの女も立ち上がり、小さくお辞儀をした。ノアも、立ち上がり小さくお辞儀をする。そんなことできる子だったんだ、と感心する。
「ジン、ご苦労だったな。下がってよいぞ」
と男に言われ、「はっ!トモ様」と横柄な少年、ジンは部屋をあとにする。
「どうぞ、お座りください」
と女が言った。男がトモ様ということは、女のほうはカホ様ということになる。カホ様は、俺たちが座ったのを見て言う。
「ノアさんから話は伺っております。ララ様、ユーキ様、リン様でございますね。私はカホ。ノアの姉です。こちらは、トモ、ノアの兄です。」
なんとも艶やかにカホ様は言った。
ジンと入れ替わるように、メイド服の女たちが料理を持って現れた。
「どうぞ頂いてください。お口にあえばよいのですが」
カホ様の一言に、「ありがとうございます」とララが答え、食事は始まった。
リンも俺もぎこちなく、ララの所作を真似ながら食べる。あのバンフレートの高級スウィートルームではむちゃくちゃな食べ方をしていたノアだが、ここでは礼儀作法正しくお利口に食べている。
「ノアは昔から魔法が凄くてね。3歳の頃には中級魔法が使えた。オオワシに攫われかけた時、魔法でいとも簡単に倒してしまって、あのときは驚いたものだ。さすが我が王族の血。しかし、ちょっと困ったこともあってな。農村へ何かの折りにいったとき、やたらとマタナキとかいう爺さんに懐いてな。何の前触れもなく飛び出ることが度々あった。今回も、あなたたちには迷惑をかけただろう」
マタ爺とノアはそういうつながりだったんだな。しかし、この調子で、トモ様がノアの話をいくらかする。ララがそれに相づちをうち、和やかに食事会が進む。時折ナチュラルに王族というか、エルフ族の自慢めいた話し方が気になるが、このトモという男は、天然に見える。その自慢にも悪気はないというか。一方で
「私たちは両親を早くになくしまいました。私たちがずっとノアさんの親の役割を果たしてきました。ノアさんはとてもいい子。高い魔法力を持つエルフ族のなかでもその力は飛び抜けております。エルフ族の宝です」
とカホ様の口調は丁寧ながらも、何か意図というか、こちらへの牽制が含蓄されているように感じる。とうのノアと言えば、料理を綺麗に平らげ、きちんと座っている。
「もういらないのですか?ノアさん」
カホ様が訊ねると、ノアは無言で頷く。いつもなら俺の皿から特に肉系を取ってくるところであるが。カホ様が、ノアの口もとをエプロンで丁寧に優しく拭き取る。
食事を終えると、ハーブティーが出される。独特な香り、あまり得意ではないが、失礼なので口に入れる。トモ様によるノアとエルフ族の自慢話に終始し、特に外でのノアの様子が訊かれることはなかった。ララも、何か様子を伺うように相手に合わせている。
トモ様もお話に満足したようで、一時の間ができる。空気に耐えかね、俺は口を開く。
「ノ、ノア、どうだ、宮殿の生活は?」
「ええ、ノアさんはとても心安らかに生活しておりますのよ」
とノアが答えるよりはやく、カホ様が微笑を持って答えた。
「そ、そうですか」
頬を引きつらせながらも、俺はなんとか返した。
「そうだ、本題を忘れておりました。急なのですが、明日の正午より、ノアさんの14歳のパーティがありますの。エルフ族では14歳を一つの節目として、盛大にパーティを開きます。ノアさんが、昨日船からあなたたちを見つけて、必ず招待してほしいと」
昨日船から。ということは、昨日の夕方見た船にはノアが乗っていたのか。
「是非参加させていただきます。明日の正午ですね」
ララはさらりと答えた。
「お婆さまもノアのパーティに顔をだされるようだ。お婆さまは10日前より途端に奥座敷より出てこられなくなったが、病ではないようでよかった」
とトモ様は、優雅にティーに口をつける。
10日前。俺が自販機と異世界にきたのとほぼ同じ時期か。
扉がノックされる。「なんだ」とトモ様が答えると、ジンが扉から現れ「セツ様がご客人に会いたいと」と言った。
「そうか。食事もちょうど終ったところだ、よかろう。しかしセツも物好きだな、わはははは」
と王族っぽい悪気のない高飛車さで、トモ様は笑った。
「セツ様?」
ララが誰となしに問うと「占星術師ですわ。情報収集が好きなので、下界の情報が気になるのでしょう」とカホ様は答えた。下界、ね。
ノアたちと別れる。ノアは遂に一言も発しなかったが、最後のお辞儀まで、俺たちの全く知らない礼儀の正しいノアであった。




