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修道女ララについてく。

 修道女とは思えないセリフと表情にぞっとしながらも、野盗3人が傷を負いながらもそれぞれ生きていることに、感心したりもした。まあ、とりあえず草葉の陰の親父よ、今度元の世界に戻れたら、缶コーヒーを供えにいくよ、と少し凹んだ缶コーヒーを拾う。こっちの草葉の陰には親父はいないか。


「あんた、これ投げたでしょう!高いのよこれ!」


 と女は、大事そうに大きなロッドを拾いながら言った。


「だから、仕方がなかったって言ってんだろ!クロスとりにいけっていったのお前だろう!急いでたのにこんな重いのもってけるか!だいたいそのロッドで戦うんじゃないのかよ!」


「あのね、この服を見てわからないの?このロッドはヒール用なの。ほら、見てなさい」


 と女はロッドを野盗の一人に向ける。

 野盗も野盗で、ヒールをしてもらえるらしい、といそいそと傷口を女に向ける。

 女が集中する。

 野盗の太ももの傷が、見る見るうちに、

 治らない。


「おい、なんで治らねえんだ!」


 と野盗サイドからブーイングがくる。

 女は顔を赤らめながらも、


「うるさい!うるさい!頑張れば歩けるでしょ、早く行きなさいゴミども!」


 と野盗の頭を叩いた。


「お前、まさか、剣はすげえのに、ヒールはダメなのか?」


 と俺は女を見た。

 女は、ぎろりと俺を睨み、言う。


「五月蝿いわね。あんた、名前は?」


「ああ、俺か。俺は、ゆうき」


「ユーキ。どうせ行くとこないんでしょ。私はララ。その丸まった背中で付いてきなさい」


 と女、ララはその真っすぐに伸びた背中を向けて歩き出す。

 前にも思ったが、女に溢れている謎の自信はなんなんだ。と戸惑いを覚えながらも、しかし妙な安心感も同時に感じながら、俺は女に従った。


 高木の陰に光がぽつりぽつりと落ちていた。鳥の鳴き声がのんびりとある。パーカーにもちょうどいい季節で、散歩にいい道だな、と思う。

 なんて悠長なことを思っている場合ではない。


「で、ここは、どこなんだ?」


「ここはどこって、ここはイルダビア王国の東にあるガラビンドウの森よ」


 世界史が苦手だった俺には厳しい横文字の羅列である。


「ユーキは異世界の人ね。稀に現れるらしいわ。なんでも異世界からきた人は強力な力を持っていることが多いと聞くけど」と残念そうに俺を見て、「あんたはそうでもないらしいわね」とため息をついた。


「そんな力ねえよ!てかジュースあげただけでも感謝しろよ!」


「野盗から助けたのでチャラよ。それに、初めて会ったのが私で感謝しなさい。それこそ野盗だったら、殺されてたわよ」


 ぐうの音もでない。


「と、とにかくだな、どうやったら元の世界に戻れるんだ!?」


「知らないわよ。街に向かうから、そこで調べるといいわ」


「へ?いや、なんか知ってる感じだしてただろお前!」


「ただのいたずら心よ!」


「なんだその糞意味のない心は!」


 すると、女は途端にしゅんとなり俯き、声小さく言う。


「教会を出て一人長い旅の途中。誰とも話すこともなく、ずっと孤独だった。お金もつき、野盗に怯え、そんな折りに、ようやく会えた普通の人ーーーー」


 とすっと手を伸ばすのと同時に、俺のほうへとその憂いと希望に満ちた、過度な演劇のような表情を向ける。声色は暗くも、ミュージカルの歌が始まる前のセリフのようにすらすらと、かつ弾みのある、なんだか韻すら感じるリズムであった。

 しかし、普通の人ってのがひっかかるな。異世界にパーカーで、しかも自販機同伴で来ても俺は普通という枠から外れることができないほど凡庸な顔貌と性格の持ち主なのか。だが、一人のか弱き女が、事情は知らないが森の奥深く一人長旅の途中、お金も尽き、やっぱり寂しかったに、いや、待てよ。


「お前か弱くねえだろ!野盗からも金奪ってたろ!あと金ねえならそのロッドを売れよ!」


 そう。女は倒れた野盗から金をせしめたのである。しかも全額ではなく、小銭はいくらか残して。なんとも偽善的な、と思ったりもしたが。

 女は表情を一変、俺を睨むと「チッ」と舌打ちした。

 現したな本性を。

 自販機だ。この女、ララは自販機を狙っている。何か知ってる風に装ったのは、俺の引きを持つためだ。


「まあいいわ。異世界に迷える子羊、ユーキよ。イリリア教会の修道女として、私が導いてあげる。それは奉仕よ」


 と今度は一転、手を祈るように合わせると、慈悲深くも、ゆっくりと目を瞑る。やはり演技臭い。

 こいつに残った最後の良心は、修道女であるという微かな自覚。しかし生来のがめつさがあるため、なにやら思考回路と行動原理が複雑に入り組んで見える。が、根っからの悪人ではないらしい。演技臭いが。


「で、今はどこに向かっているんだ?ララ」


「バンフレート。勇者組合の支部がある街よ」


「勇者組合?」


「そうよ。私は、勇者資格を取るために教会を出たんだもの!あなたも、異世界に戻る情報集めをしながら、勇者になるといいわ」


 とララは胸をポンと叩いた。そして俄然張り切って歩き出す。

 目的があるってのは、なんだか眩しくて強いなとララを見て思った。

 

 簿記か。小説か。勇者か。


 パーカーのポケットに手を突っ込む。

 少し凹んだコーヒー缶がごつりとあった。なんとなく飲むタイミングを逸した。飲んで冷静になるか。いや、まてまて。何を冷静になっているんだ。


「勇者あ!?」


「そうよ。いちいち五月蝿いわね。ごちゃごちゃ考えすぎよユーキ。とにかく、私に、付いてきなさい!」


 ずんずんと歩き出すララ。

 俺は、とりあえずも、そのララの小さくも大きな背中に従った。

 不安と、やはりなぜか安心感があった。なんだろうなこれ。


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