リンから質問されたりする。
森のなかの、少し開けた場所に小屋が二棟あった。
「ヒーラーの方は、どちらで?」老人の問いに「私と、ユーキよ」とララが答えた。俺も一応ヒーラーの洗礼を受けているんだった。
「病人が一人なかにおるが、同じような症状のものが、村の若者を中心にいくらかでとるんじゃ。診てもらおうとなんとか村はずれのわしの小屋に連れてきたが」
「感染も考えると、私一人が行った方がいいわね」
とララは老人と中へ入って行った。
木枯らしが吹いた。ぶるっと体を震わせる。パーカーの上からジャンバーを着ているが、やや寒い。ポケットの中には、角の凹んだ冷たい缶コーヒーがあった。お守りのように持っているが、飲むときはせめて口のところを洗ってから飲みたい。
リンが、所在無さげにそわそわといた。年の半分くらいの女の子と二人である。ちょっと気まずい。ノアやララとは平気なんだがな。しかし、ここは30の歳を経た俺である。こちらから空気を打開しよう。
「リ、リン、兄弟はいるのか?」
となんだかぎこちなく質問する。30年ってのは、あまり意味がない。年の半分の子に緊張するとは。
「う、うん、いるよ。弟と妹が」
良かった。普通に返ってきた。てか長女なのか。
「お姉ちゃんなんだな。仲はいいのか?」
「うん。でも、ママとめっちゃ喧嘩してでてきちゃったから、悪いことしちゃった」
とリンは、虚空を見た。
そういえばララが言ってたな。リンの母親はソーサラー嫌いだっただめ、大喧嘩して家を飛び出たとか。しかし、嫌なことを思い出させてしまったな。リンは感情の起伏が激しいので、慎重にいかないと、なんて考えていると、
「ユ、ユーキは?」
リンが俺に目を合わせないままに、訊ねた。
「へ?」
「兄弟だよ。いるの?」
「あ、ああ、俺か」
ララもノアも俺に全く興味がないので、リンからパーソナルな質問が返ってくるとは思わなかった。
「いるよ。兄が一人」
「仲はいいの?」
「そうだな。兄貴は優しいな。弟の俺が言うのもなんだが、中心になって近所の子どもを集めて遊ぶような、できた兄貴だよ。もう結婚して、少し遠いところに住んでるがな」
少し遠いどころじゃないな。異世界だったここ。
「意外」
「なにがだ?」
「え、う、ううん。ユーキは、お兄ちゃんかと思った」
「ああ、俺がか」
そんな感じあるかな。リンが長女ってのも意外だったんだが、いや、えてして長女ってのは自由なもんか。
戸が開くと、ララと老人が戻ってきた。
「どうだった?」
俺がララに問うと「こちらで話しましょうぞ」と老人は、隣の小屋へと俺たちを誘導した。
玄関に段差があった。老人は分厚い藁の靴を脱ぐと、玄関を上がっていく。日本式だな、と俺も靴を脱いで上がって行く。ララもすんなりと靴を脱いで玄関を上がる。リンがきょろきょろと戸惑っている。
「靴を脱ぐのよ、リン。エルフ式よ」
とララのことばに、リンはいそいそと靴を脱ぐと玄関を上がった。
部屋の中央には黒い鍋が天井から吊るされており、まさに囲炉裏があった。
「あまり訪問客もいませんでな」
老人は囲炉裏に火をつけ、向こうの部屋より座布団を持ってくると、囲炉裏の周りに並べた。
ララは、俺とリンに説明するように言う。
「若い男性だったわ。喉の腫れも熱もないけど、原因不明の強い倦怠感が続いている。呼吸も少し荒い。普通の風邪ではないわ。ただ、首筋の腫れが気になった。マタ爺様、あれは」
とララは老人の方を向く。マタ爺様、というらしい。
マタ爺様が、小さく頷くき口を開く。
「寝こんどる若者にはすべからず体のいずれかに腫れができとる。しかし、腫れだけなら、ぴんぴん畑仕事しとる年寄りにもでとるものもいる」
「寝こんでいるのは若い人だけ?」
「そうじゃな」
「宮殿の方たちは知っているの?」
「宮殿のものたちとはなかなか接触ができんしのう、それに、まだ症状のでとるものがそんなにおらんしな。とりあえずは専門職のヒーラーに原因の割り出しをしてもらってから伝えようと思っておったが」
マタ爺様のことばに、ララはふむ、と考え込み
「あの腫れ、何か刺されたあとのように見えた。そしてこの症状。ニエカケゴグモの毒に似ている。でもこの地域にニエカケゴグモは」
と独り言のようにぶつぶつと言った。
「ララ殿、やはり、蜘蛛、ですかいのう」
「考えられます。ニエカケゴグモの毒と症状は一致する。でも、ニエカケゴはこの地域には生息していないはず」
「いや、可能性はある。絡新婦いるところに、ニエカケゴは生息地を超えて敏感に集まってくる」
「まさか。絡新婦は、50年前に」
とララはことばを切った。
ララとマタ爺様は、ふむ、と考え込むように一息ついた。
リンは、きょとんと聞いている。俺も何がなんだか。
「50年前に、何かあったのですか?」
と俺は、マタ爺様に訊ねた。
「ああ。50年前、エルフ族は絡新婦と呼ばれる魔法使いによって、崩壊の危機に瀕したのじゃ」
とマタ爺様が、エルフの歴史を話し始めた。
もともとは西にある隣国の、深い森の中にエルフの小さな村があった。時代とともに、森の外で活動するエルフが増えた。エルフ族は魔法に長けておりあらゆるところで重宝された。その美貌も内外で知られ、隣国の時の王がエルフの側室を持った。この側室、クテンコウといい、王に寵愛され、正室よりも権力を持ち、その高い魔法力と美貌を武器に多大に悪事を働いた。クテンコウは最後には追放されるのだが、そのすぐ後より、エルフ族への迫害が始まる。色々と悲惨な目にあったが、なんとか散り散りになっていたエルフをまとめ、一族は国を超え、この地を他種族不干渉のエルフの森として作り上げた。その中心となったのが、現帝でありノアのお婆さまだそうで。それが約60年前の話で、そこから10年と立たないうちに、再びエルフ族に危機が訪れる。その危機を齎したのが
「絡新婦と呼ばれる魔法使いじゃ。まだ隣国より移って間もない慌ただしかったエルフの国にあって、少女の精神を乗っ取り、帝の命を狙った。なんとか防ぐことができ、絡新婦は冥界へと封印された。その危機の際にも、同じようにニエカケゴの毒によって寝込むものが多く出た。わしもそうじゃが、そのときニエカケゴの毒にかかったものは、耐性ができておるはずじゃ」
若者ばかりがニエカケゴとかいう蜘蛛の毒で寝込んでるってのはそういうわけか。しかし、冥界?よくわからんが、とにかく絡新婦って魔法使いが悪いんだな。
「絡新婦ってやつが、ニエカケゴグモを操ってるんですか?」
俺の問いに、マタ爺様が答える。
「いや、ニエカケゴに関していえば、絡新婦の気配を敏感に感じ取り集まっているだけじゃ。じゃが、絡新婦はその黒魔法によって人の心を操ることができる。それに、本体の絡新婦も、誰かに成り済ますことができる」
「ニエカケゴの症状が村の若者に出ているということは、その冥界とかいうところに封印されているはずの絡新婦がエルフの国にいると」
「わしはそう思っておる、ユーキ殿」
とマタ爺様は頷いた。
「ニエカケゴなら、私とユーキは出張っても毒にかかることはないわ。村に行ってヒールで他の罹患した人たちの毒を取り除ける」
「なんで俺たちは大丈夫なんだ?」
「洗礼を受けたものは、だいたいの毒には耐性をもつ。私に感謝しなさい」
ふふん、とララが威張った。
「リン殿は、ヒーラーではござらんのですな?」
「で、でも、うちは大丈夫。めっちゃ敏感肌だし。たぶん、大丈夫だから」
とリンは、もじもじと言った。寂しがり屋なリンである。絶対に行きたいだろうがしかし、毒にやられては困る。
「いや、実は、リン殿にも来ていただきたい。さらにじゃが、お三方にはニエカケゴにやられたものたちのヒール以外に、もう一つ依頼があるんじゃ」
とマタ爺様は一息つく。俺もララもリンも、マタ爺様のことばを待った。マタ爺様は、ふうと息を吐くと、言う。
「絡新婦は、帝の命を狙っておるはずじゃ。そして、すでに宮殿内の誰かに乗り移っているとわしは思うとる。帝と接することができるものは限られておるが、それでも、わしはなんとか宮殿に入り込み、絡新婦を炙り出したい。その手伝いをしてほしい」
「宮殿には庶民はそう簡単には入れないはずよ」
ララが鋭い口調で問うた。
「ルートは考えておる。依頼金も上乗せする」
風が小屋の窓を叩いた。
ちりちりと囲炉裏のなかの炭が燃えている。
絡新婦が危険な魔法使いであることは話からなんとなくわかる。そして人を操る黒魔術と、自身も誰かに入り込むことができる。依頼を受けるのはかなりリスキーだが、しかしノアのこともある。
「リン、ユーキ、いいわね」
ララのことばに、こくこくとリンが頷く。俺も、ごくりと唾を一度飲み込み、深く頷いた。
「ちなみに上乗せってどれくらい?」
「ララ、緊張感をかえせ!」
「馬鹿ねユーキ!お金は大事よ!」
「はっはっは、まあそれは大事じゃな」
とマタじい様が提示した額は、ララを満足させるに充分だったようで「受けたわ!」とララはにたりと笑いながら言い「さあ、行くわよ!善は急げよ!」と立ち上がった。




