エルフの森へ行く。
「で、伝聞よ伝聞。おほほほほ」
こいつの出自が一番怪しいな。不審の目を向けていると、ララは「さあ、勇者組合についたわよ!」とどかどかと扉を入って行った。
バンフレートの勇者組合とは違って、小さく質素な部屋だった。お土産コーナーなどもなく、デスクカウンターに事務員が2人と、あとは依頼の貼付けられたボードがあるのみであった。
やはり、バンフレートほど依頼の数は多くない。俺たちのレベルも低いので、選べる依頼もかなり数が限られてくる。「うーん」とララも頭を悩ませていたとき、事務員の一人が、新しい依頼をボードに貼付けた。俺とララは、ぬっとその依頼を見る。まあ俺は字が読めないんだが。リンも、なになに、とララの後ろからひょこひょこと覗く。
「なんだ、依頼の用紙の色が違うぞ」
「限定依頼ね。ジョブ指定があったりする」
「で、これは?」
「ヒーラー必須ね。それもヒーラー検定3級以上、と、火の魔法を扱うもの。かなり限定しているわね」
「じゃあ無理か」
と俺が他を探そうとすると
「なんで無理なのよ!ここにいるでしょう!」
とララはその大事に梱包されたロッドを突き出した。
「いや、まあそうだが。火の魔法も」
「う、うち使えるじゃん!それに、これ、エルフの森の近くだよ!ノアを向かいに行けるじゃん!」
と依頼書を読みながら、リンがぴょんぴょんと跳びはねて言った。分厚いローブが上下に揺れる。鼻の上に不安定にかかっている丸めがねは意外と落ちない。悲しいときも喜ぶときも、リンは感情表現が真っすぐである。
「一石二鳥とはこのことね。これにしましょう!」
とララは依頼書を手に取った。
ヒーラー必須、火の魔法使用者。おい、大丈夫かこれ。
しゃかりきに組合を出るララとリン。ノアに渡された木の大盾が、結構重い。邪魔だな。けど、捨てたら、怒るだろうな、ノア。仕方なく背負い、二人に続く。
馬車に揺られると、いつの間にか寝ていた。
「ユーキ、ついたわよ」
とララの声に目を覚ます。同乗していた客はすでにおらず、幌のなかは俺たちだけになっていた。馬車を降りる。薄暗い雲が空全体を覆っていた。傘をさすかどうか迷うほどの雨が、小さくあった。時間はわからないが、昼過ぎぐらいだろうか。馬車が轍を作りながら去って行く。道の向こうは崖になっていた。崖下には細く急な川が流れている。緩やかな勾配を上流へと歩いてく。苔の所々に生したケヤキが太く伸びている。それが所々にあり、ケヤキは時には岩に絡み付くように生えている。顔に、不快な柔い線が触れた。さっと手で払う。蜘蛛の糸だ。手に絡み付いた糸を振り払うが、うまく取れない。なんだろうな、不快な粘着感みたいなんがあるんだよな、蜘蛛の糸って。
ばさばさと、左手にある森から鳥が飛んだ。そのとき、森のなかから荒い足音が近づいてくる。
「なんだ!?」
「ボアよ!」
とララが前に立った。
森の中を、腰丈ほどのボア、つまり猪が、突っ込んでくる。いつもなら真っ先に突っ込んで行くノアはいない。
「ララ!」
と俺は持っていたノアの片手剣をララに渡そうと手を伸ばした。が、ボアってのはこんなにも早いのか。凄まじいスピードですぐ近くまで来ていた。
「避けて!」
横っ飛びでなんとか避ける。その反動で、片手剣を離してしまう。
『エターナル・フレーム!』
リンのかわいらしい声が森に響いた。
小さな火が杖より発火されると、ゆっくりと突進を終えて姿勢の崩したボアの方へと向かう。
「なんか、リンの火、前より大きくなってねえか」
「そうね」
なんてララと暢気に話していると、その小火がボアの鼻先に当たった。ボアは、「ふがっ」と鼻を詰めたような声を出すと、目を剥き、どすんと倒れた。
「や、やった!やった!」
リンが飛び跳ねる。
「やったわねリン!」
とララとリンが抱き合う。嘘だろ、あんな火で倒れるなんて。めちゃくちゃ弱いのかボアってのは。
なんて唖然としていると、再び傾斜を下りる荒々しい足音が響いた。
もう一体いたのか、と振り返る。さっきのボアよりもでかい。胸丈の大きさ、しかも、さっきよりもさらに速い。
「ユーキ!」
ララが叫んだ。
まずい、もうそばまで。咄嗟に、ノアの木の大盾を構え、目を瞑る。
どしんと、倒れる音がした。
ゆっくりと目を開ける。何が起きた、と大盾からそっと覗く。ボアが倒れていた。鼻には横から弓が刺さっていた。
「大丈夫であったか」
渋く落ち着いた声が、矢の飛んできた方向からした。
小柄な老人が弓を携え立っていた。口元は白い髭で覆われており、頭には黒い手ぬぐいを巻いている。白くなった眉は目を隠すようにあり、しかしその眉から覗く眼光はきらりと鋭い。飛び出た耳は、ノアと同じように尖っている。
「ボアの弱点である鼻と、そしてちょうど倒せるだろう魔力を加減した火。素晴らしい攻撃であるな」
と老人は、リンの倒したボアを見て言った。そうか。道理でリンの火でも倒れるはずだ。そんな弱点が重なるミラクルが起きてたとは。
「ケロスに依頼を出したが、お三方は勇者様でありますかな?」
「ええ。助かりました。依頼主様で?」
とララが丁寧に答えた。
「うむ。さっそくじゃが、見てほしいものがある」
老人の先導のもと、俺たちは従った。




