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ケロスにつく。ノアは隠れるように歩く。

 馬車に乗るララは不機嫌であった。ランプの弁償もあり、宿での支払いが嵩んだ。


「ケロスで依頼を受けるわよ」


「だって、ノアが、ぐす、魔法を使うから」


 まだ涙目のリンに対して、ノアはすでに馬車の外の景色に思いを馳せていた、というか何か遠い目をしていた。怒られてすぐはしゅんとしていたが、切り替えが早いというか。頭巾もとり、頬の渦巻きも消し、金色の髪と白い肌はいつものようにそこにあった。リンに笑われたのがよっぽど嫌だったらしい。ただ、前髪をこれでもかと下ろしている。


「前見えんのか?」


 ノアの前髪から覗く大きな目が、こちらを見て言う。


「見える」


 まあ、ならいいんだが。


「どうしても変装したいのか?」


「別に」


 とそっけなくノアは返した。

 おお、ノア様よ。あまり触れないでおこう。

 西日が落ちるころ、ケロスに付いた。


「さあ、行くわよ!」


 とよっぽど気の直ったララが幌馬車を意気揚々と出た。リンも「うん!」と続く。ノアは、後ろから俺の影に隠れるようについてくる。なんだこいつ。

 町の入り口に、右手に剣を構える男の像があった。左腕がない。男にも女にも見える中性的な顔であった。なんというか、精悍な顔つきであるが、麗しさもある。耳は少し尖っている。俺が像を見ていると、ララが像の前にある説明書きを見て言う。


「ケロスの町を守った英雄、マタナキ、と書いてあるわね。ノアの方が詳しいかしら?」


 そうか、とぴんときた。


「エルフか、この像の人も」


 と俺は後ろにいるノアを見た。ノアは頷くが、銅像をちらっと見てはすぐに視線をそらし、言う。


「この像、マタナキじゃない」


 ん?よくわからんが、ノアはさっさと歩き出したので、それ以上問わなかった。

 南へ下ってきたからか、ケロスの寒さはバンフレートほどでもなかった。バンフレートの洗練された町並みと違い、そこには雑然とした汚さがあった。道ばたに紙くずは落ち、野良犬もちらほらいる。酔っぱらいがへらへらと歩いている。馬車通りから一本はずれた中道には飲み屋が並び、若い店員の客寄せもある。それはそれで風情があり、オレンジのランタンが並ぶ道沿いには、人の熱気と温かみがあった。トンボイとバンフレートの経由地なので、やはり人も多い。しかし金もあまりないので、てきとうに晩飯を済ませ宿へ向かう。宿の壁に張り紙があり、剥がれかかっていた。ぺらりとめくれた張り紙が、風でびたんと真っすぐになった。字は読めないが、似顔絵が描かれていた。どうやら行方不明者を探してほしい旨が書かれているようだった。その似顔絵に、はっとする。幼い顔立ち、耳は少し尖り、涼やかな目、長く美しい金色の髪の毛。ノアに似ている。反対方向に風が気まぐれにふくと、その紙は壁から剥がれ、溝のなかへと消えていった。ふと、後ろを隠れるように歩くノアを見る。何かから隠れているのは間違いない。前髪を垂らしているが、そもそもエルフ自体が珍しいので、見る人が見ればすぐにバレる気がする。まあ、あまり話したくなさそうなので突かないでおこう。

 宿についた。バンフレートのスウィートルームを思い出すと、質素で小汚くて、なんて贅沢は言ってられないな。少し埃っぽい部屋のなか、ややじとっとした布団にくるまり、それでも眠りについた。



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