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リンが名前を呼んでくれた。

「やめなさい、あんたたち!」


 ララが叱るように言うと、二人はぶすっと黙った。

 ころんと、コーヒー缶が落ちていた。小さく凹み傷が増えている。野盗と、鬼と、ララと。そして、この見覚えのあるお爺さんは、やっぱり異世界に来る前に、自販機のそばのベンチに座っていた変なお爺さんだ。もとの世界に戻る方法を知っているに違いない。

 トー婆さんとお爺さんを連れて、依頼書にあった住所へと向かう。親がこの二人なので、破天荒な子どもを予想していたが、真反対の真面目な青年であった。俺と同じぐらいの歳だろうか。職業もお固いというか、町の役所に務めており、優しそうな奥さんと、10にも満たないだろう歳の双子の女の子がいた。


「かわいいやろ?そっくりやろ?」


 とトー婆さんはにこにこと言った。こんなかわいい孫がいるんだから普通に帰ってこいよ、というような野暮なことは言わなかった。


「あたしらの時代は双子は不吉やなんて言われて、片方は里子にだされたなんて話もあったんや。そんな時代やなくなってよかったわほんまに、ええ」


 と婆さんは双子の女の子をどちらも抱きしめた。久しぶりなので嬉しさも一入なのだろう。

 依頼主の爺さん婆さんの息子から感謝のことばと報酬を頂き、夜も近いので泊まって行ってくださいとのことであった。さすがベストセラー作家の子どもの家と言うか、結構な豪邸であった。息子さんは、本当にこの破天荒な爺婆の子どもなのだろうかというくらい物腰柔らかで、奥さんもとても優しかった。同い年ぐらいだと考えると、なんとなく苦しいというか、はあ、俺って、と自己嫌悪になったり。


「平田さん、タバコは吸わないんですね」


 食席の片付けも終わり、間があいたので俺はお爺さん、平田という名前らしい、に訊ねた。


「ああ、孫できてから家では吸わんようになったな。それに、もう向こうには戻れへんやろうから、これが最後のカートンやしな、大事に大事にや」


 平田さんのことばに、俺はぎょっとする。


「も、戻れない?地球に?!」


「ああ、せや。ていうか、やっぱ、ゆうきとか言ったな、お前俺と一緒か」


 ノアは、すでに寝床についていた。リンは、トー婆さんと何やら話していた。ララは、ミルクを飲みながら、俺とお爺さんのやり取りを聞いている。


「地球から知らないうちにこっちに来てて。ていうか、覚えてません?お爺さん、夜中の0時ぐらいに自販機のそばのベンチに座ってたでしょう」


 あの日、俺が30歳になったぐらいの時間に、俺は自販機とともにこっちの世界に飛ばされたんだ。そのとき、近くのベンチに座っていたタバコのカートンを脇に抱えた変な人が、平田さんに違いない。


「ああ、よう知っとるな」


「その時間に、その自販機でジュース買ってたやつが、俺」


「そんなやつおったかいなあ」


 と平田さんは頭を掻いた。


「いましたって!とにかく、なんでもう戻れないんです?というか、どうやってこっちの世界に移動したんですか?」


「それはなあ、先代の王に頼んで」


 平田さんのことばに、「ぶふっ」とララがミルクを吐き出した。


「どうした、ララ」


「なんでもないわ」


 平田さんが、「うーん、そういえばどこかで」とあごを擦りながらララを凝視する。


「続けて、お爺さま」


 とララは、そっぽを向いてミルクを再び口に含んだ。


「まあええわ。先代の王と昔に仲ようなってな。タバコ一本上げたんや。こっちの世界にはないからなあ。そんだらもっと欲しいって言いよって。そいつ空間移動魔法っちゅうてな、まあすごい魔法使えるんや」


「空間移動魔法?テレポーテーションと同じ?」


 俺の問いに、ララが答える。


「テレポーテーションの超上位互換よ。それこそ王族レベルの魔法力だと、確かに世界間移動も可能かもしれない」


「そういうことや。本当はそんな大層な魔法、使うのに色々許可いるんやけどな。先代はこっそり使ってたんや。まあでも世界間移動ともなると魔法使うのにかなりの負担になるから、先代の年齢考えても地球と行き来するのはこれが最後やな、って話してたんや」


「じゃあ、もう戻れないんですね」


「いや、戻れへんこともないか」


 平田さんは、あっけらかんと言った。


「どうやって?」


「先代の子どもの現王はそんな魔法使えへんらしいけどな、隔世遺伝っていうんか、先代からしたら孫娘やな、プリンセスが同じ魔法使えるらしいで。ただな」


「ただ?」


「いや、その孫娘に問題があってな。今回もな、俺はもっと早く地球からこっちに帰ってくるつもりやったんや。それに、ゆうきも間違って巻き込まれてこっちきたやろ。なんかな、その孫娘が5年前やったか、そんぐらいから引きこもってもうてな、しかも、魔法が暴発するんやと。それでその孫娘の魔法と先代の空間魔法と干渉しあってもうて、ごちゃごちゃってなってもうたみたいなんや」


「ご、ごちゃごちゃって」


 俺はそんなのに巻き込まれたのか。


「プ、プリンセスが、引きこもってるって?」


 いつも快活なララにしては珍しく、口元を引きつらせて平田さんに訊ねた。


「せや。先代が言うには、3年前から引きこもってるって。うーん、昔一回だけやが、孫娘見たことあるんや。そのときはめっちゃ元気な子に見えてんけどな。まあ、よっぽど小さいときやったからなあ。かなり内情ありげやったけど、先代もあんま聞いて欲しくなさそうやったから詳しく聞かんかったで」


 そんな空気とか読めるのかこの爺さん。

 ララは、平田さんオ話を聞いて、難しい顔をしてミルクをすする。が、もうミルクはないようで、しかしないミルクを延々とすすっている。大丈夫かこいつ。


「その、とりあえず先代と会いたいんですけど」


「トンボイに向かわないかんなあ」


 トンボイ。確か、勇者試験で出会ったオールバックの貴族、セノもそこに住んでいるはずだ。


 翌朝、お礼を言って家を出た。トンボイは馬車を乗り継いで二日はかかるという。平田さんは、腰がもう長時間の馬車に耐えられないということで、先代の王への紹介状を書いてくれた。地球に戻る情報が得られた。大きな進歩である。

 森を抜けると、薄暮に染まるバンフレートの町並みがあった。

 リンが、はたと立ち止まる。


「う、うち」


「どうしたの、リン」


 ララが問うた。

 リンは、意を決したように、言う。


「そ、ソーサラー、続けても、いい!?」


「当然よ」


 とララは、あっけらかんと言った。


「ほ、本当!?」


「何をダメなことがあるの?」


「だって、うちの魔法、全然だし」


「そんなこと言ったら私もロッドを持ってるけど、一人じゃヒールできないわよ」


 自覚はあるんだよな自覚は。決してロッドを離そうとはしないんだけど。


「ノアも、グレートシールドだけど盾としてはダメダメよ」


 ララのことばに、!?とノアは俺の方を見た。


「お前、自覚なかったの?」


 と俺はノアに問うた。

 ノアは、青天の霹靂のように、愕然と口を開けている。


「じゃあ、うち、ソーサラーいいんだ!」


「そうよ。好きなのすればいいのよ」


「まてまて、話がおかしいだろう。ダメダメが3つ続いてるじゃねえか!適性を見ろ適性を!やばくなったらどうするんだ!」


「そのときはユーキ、あんたの出番よ!」


「おう!任せろ!じゃねえ!」


 冬の冷たい風が吹いた。トー婆さんの創った空間と違って、温度があり、とても冷たい。ノっといていてなんだが、ノリツッコミで笑いを取るってやっぱりプロはすごいんだなあと、学生時代に延々と見ていたお笑い番組の芸人たちを思い出す。


「ユーキ、気にすんな」


 とノアが俺の背中をぽんと叩いた。


「おう」


 と姪っ子ほどの歳のノアに慰められる。いや、お前もだめだめなんだよ、盾としては。


「さあ、バンフレートよ!」


 ララを先頭に歩き出す。

 はあ、とため息をつきながらも、俺も続く。まあ、地球に戻れる情報が得られたし、そこだけは進歩か。


「いて」


 がくりと、小石にけつまずく。膝がひんやりと冷たい。

 右手が、差し伸べられている。


「おお、ありがとう」


 とその温かくも意外と小さい手を支えに、立ち上がる。


「いいよ別に、ユ、ユーキ」


 言いながらに、リンはそっぽを向いた。

 まあ、他にも進歩はあったようである。

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