テレポートがなかなかうまくいかない
勾配のきつい細い道があった。地図を見ながら、そこを慎重に下りて行く。傾斜がやや緩やかになると、薄暗い洞窟、というか、洞穴というか、がぽっかりとあった。なにやら文字の書かれた古びた木の看板が立てかけられている。その看板の隣、洞窟から競り出るように、見覚えのあるオブジェがあった。手作り感が半端ないが。
「鳥居だ」
感慨深く、古びた小さな鳥居を見る。鳥居の先にぼろい木のお賽銭箱があり、奥には、とってつけたような歪ながらも辛うじて丸い石が祀られていた。
「トリイ?」
ララが問うた。
「ああ、俺のいた世界のものだ」
「面白いわね」
と繁々とララは鳥居を見ている。リンはララの後ろに付いて回るようにしており、ノアは、文字の書かれた古い看板を気にしている。
「なんて書いてあるんだ?」
「入り口」
とノアは、ぼそりと答えた。
看板のそばの岩が、ちょうど座りやすいように平たくなっていた。その少し湿った地面に落ちている小さな物体が気になった。
「なに、それ」
とノアの問いに、俺は「これは、吸い殻だな」と答えた。
随分古いが、タバコがこの世界にあるのか?まだ吸っている人を見たことないが。
ララは、鳥居から看板に視線を移す。
「死者0のダンジョンなのに、奥地にまで行けたものはいない。このわかりやすすぎる看板。ユーキの世界のトリイ。何かおかしいわね。リン、どう?この先に何か違和感を感じる?」
リンは、耳をぴくりとさせ、丸めがねを上にあげて中を凝視する。
「う、ううん」
「そう。ここまで来たんだし、まあとにかく進むしかないわね。行くわよ!」
とララのことばに、俺たちは洞窟に入って行く。
狭くて暗い洞窟だった。ララと、魔力ランタンを持ったノアが二人並んで前を歩く。魔力ランタン、とは。勇者必須アイテムらしく、その名の通り、魔力を流し込んで光るランタンである。魔力を流し込むのにちょっとこつが必要で、俺はあまり慣れておらずノアが持つことになった。リンも、実はこっそり魔力ランタンを試しているのを盗み見たのだが、うまくライトが付かなかったようである。ノアに馬鹿にされるのを避けたかったのだろう。
傾斜が厳しく、時折一列になりながらも、やがてなだらかな場所に出た。足音が反響する。ぽたりと水滴が天井から落ちる。
「どう、リン」
ララの問いに、リンはやはりぴくりと耳を動かし、次に鼻をふんふんと匂いを嗅ぐように動かすと「何もないと思う」と少し自信なさげに答えた。
ララとノアを前に、二列で歩く。すぐに行き止まりになった。足下の岩は滑らかに艶めいていおり、その先は泉になっていた。泉の奥の方に、薄い光が地上から漏れ出ていた。水面に翠色が帯びている。見とれるように足を止める。
そのとき、ぶわりと足下の岩肌が光った。
俺たち四人を囲むように円柱にそれは伸びると、フラッシュがたかれたように強い光が放たれた。堪え兼ねて目を瞑る。
次に目を開けると、俺たちは平原にいた。ススキの広がる、黄金色の平原であった。
「なんだ、これ」
俺は、辺りを見渡しながら言った。
「転送陣ね。地面にもう少し気をつけるべきだったわ」
「ご、ごめん、うちが、大丈夫って言ったから」
リンが、さらにしょげる。
「違うわリン。転送陣は発動するまで気配ではわからない。前を歩く私がもっと地面を注視しておかなければいけなかったわ」
「う、ううん、やっぱり、うちが」
しょげしょげモードのリンなど関係なしに、ススキの原から大きな影が現れる。
どこかで見たような、しかし、色が黒く、皮膚も垂れ下がり、ただれている。
「屍鬼だわ。絶滅したはずのモンスターがなぜ」
とララは唖然とその大きな影を見た。
「屍鬼?」
「死んだ鬼よ。古の魔法使い、スピリタスが、死んだ鬼を使役したのよ。昔屍鬼としてモンスター認定されていた。今は鬼を操るネクロマンサーの魔法は禁忌となっているから、屍鬼というモンスターはもう存在しないはず」
なんてララが説明しているうちにも、その屍鬼が近づいてくる、よりも先に、「うおおおおお」とうちの小さな小さなグレートシールドが大盾構えて向かって行く。ていうか、スピリタスって魔法使い、悪すぎるだろう!
「こら!ノア!」
突っ込んで行くノアに、俺の声は届かず。
「屍鬼は普通の鬼よりも力はないわ。ちゃっちゃとやるわよって、あれ、ユーキ、ノアのショートソードは!?」
「え?あいつがやっぱり持ちたいっていうから」
と俺は、最前線で屍鬼の右パンチを受けるノアを指差した。「うげえ」とあらぬ方向にノアが飛んで行く。いつもより飛んでいないな。
「まてまて、とってくるとってくる!」
と俺は、ぶっ飛ばされたノアと、そのそばで揺れるススキを見た。ノアと、そのススキの間を視認する。集中力を高める。行ける。行け。俺は、移動する。ノアと、そのススキの間に。
ーーーテレポートする。
すとんと落ちる感覚があったかと思うと、途端に浮かんだような、浮遊した感覚。あのジェットコースターのときにある、腰が抜けるような浮遊感。はっと目を開ける。ノアと、ススキの間に俺はーーー
あれ?
「あんた、どこ行ってんのよ!」
ララとリンが後方に。ノアも、別角度だが後方にいた。
影が、覆い被さる。まさか、と後ろを見る。
鬼だ。屍鬼が、こん棒を構えて俺のすぐ後ろにいた。
「な、なんでだああああ!」
と必死に走った。
屍鬼は鬼ほど早くない。なんとかノアのほうまでやってくると、「ノア、ショートソードだ!」とノアから受け取り、再びテレポートを使おうとララの方を見る。ララと、リンの間を視認する。リンは、いつもと違って魔法を放たない。あいつ、いつまで悩んでんだ!まあいい、今は、と集中力を高め、テレポートする。
目を開く。
あれ?
「あんた、ふざけてるでしょ!?」
ララの声が遠くから。
背後には、やはり屍鬼が。
「うわあああああ」
とやはり逃げるように走る。屍鬼も屍鬼で、何度も突然目の前に現れる俺に戸惑っているようであった。
ショートソードをなんとかララに渡す。
屍鬼は、一体じゃなかったようで。二体、三体と現れる。
「まあ、グッジョブよユーキ」
とララはショートソード片手にかけて行く。
「リン、魔法はいいのか?」
後ろで突っ立っているリンに声をかけた。
「い、いい。うちなんかの魔法じゃ」
「練習してたじゃねえか、やってみなけりゃわかんねえだろ」
俺のことばに、リンはその大きな目をさらに大きく開け、俺を睨む。
「な、なんであんたがうちの練習知ってんの!?昨日盗み見てたのあんただったの!?」
げ。口を滑らせた。
そうこう言っている間に、どしんと屍鬼の倒れる音がした。ララが鮮やかに屍鬼を倒したようであるが、「なんか変ね」と今度こそ死んだと思われる屍鬼を見て、ララは首を傾げている。
「やっぱり、うちは、いらないんだ」
となぜかリンがしょげて俯く。
「んなことねえだろ」
「魔法も使えない。魔力ランタンも、うち、使えなかったし」
「俺も使えなかったぞ、魔力ランタン」
「あ、あんたと一緒にしないでしょ!」
「いや、まあそうだが」
ダメだ。俺とギャルでは相性がダメなんだ。せめて明るいギャルなら。てかなんだよこのめそめそしたギャルは!?ギャルってのは明るいもんだろう!
と俺はララに助けを求めようとそっちを見やった。あれ?
「ララ?ノア?」
ララが、ララだけじゃなく、屍鬼もいない。ノアも。
「ララちゃん!?」
とリンも異変に気づき、そのススキの原を見渡した。
「ノア!?」
リンの悲壮感漂う声は、風に儚く消える。かさかさとススキは、渇いた音を立てる。風。違う。ススキの群生の中を、ススキほどの背丈の影が素早くこちらへ向かってくる。




