表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/46

30歳になっても酒で失敗する。

 シャンデリアが煌煌と光る。テーブルクロスはこれでもかと白い。椅子に施された凝った意匠は、座り心地になんら関連はない。大きなガラス窓だった。顔を近づける。眼下には、観光の街バンフレートの賑やかな夜が広がっている。視線を少し上げると、平原の夜が暗々と続き、そして彼方に聳える山々は昼間よりも厳かに濃くあり、遂にはきらめく星々が淡い夜の空に振りまかれたかのようにあった。なんだこの最高の景色は。

 窓から少し離れて、改めてそのパノラマの絶景を見る。窓ガラスに、幽霊のように微かに映る人の姿があった。ワイングラスを持つ30歳のパーカーの男である。俺だ。この絶景と、超高級スウィートルームと、超高級ワインと。ガラスに反射する俺だけが、場違いで間違っている。


「ユーキ、食べるわよ!」


 ララの弾んだ声に、俺は背中を丸め、「おう」と席についた。下のレストランで食べても良かったのだが、部屋で食べたいと言うとすぐに用意してくれた。その高級料理がお上品なテーブルに並んでいる。

 赤身の残るなんか上品な肉。なんかよくわからん白いスープ。パンは中央にざっくばらんに置いてある。左右に並んだフォークとスプーン。


「レッツイート!」


 ララが言うと、ノアが肉を無造作にフォークで刺し、がっついた。大胆なエルフだ。リンは、フォークやナイフに困惑しながら周りを伺っていたが、ノアがあまりにも堂々と大胆にがっついたので、そういうものだと思ったらしく、ノアに倣ってがっついた。違うぞたぶん、と伝えようと思ったが、


「お、おいひいいいい、まじうまいいい」


 とやっとギャルらしい様子になったので、捨て置いた。

 10代はそれでいいんだよ10代は。

 30歳ともなると、とフォークにスプーンを見るが、外側から使うんだっけか、そもそも異世界にヨーロピアンなマナーが通じるのか。ふとララを見る。意外にも、というか、馴染みすぎるほど馴染んでいる。丁寧に肉を切ると、上品に口の中へ。ノアとリンに比べて、カチャカチャといったお皿の音が少ない、というか、小さい。


「ララ、お前育ちいいんだな」


 俺のことばに、


「へ!?」


 とララはびくりと反応した。


「んなことないわよ!パン食うわよパン!」


 と中央にあったパンを雑に取ると、そのままがっついた。


「うまいわねえ!いい小麦使ってんじゃないの?!」


「いや、知らんが」 


 何を無理に無作法を取り繕っているんだ。

 まあいい、そっちのほうが気兼ねなく食えるし、と俺も食事をはじめた。そもそもパーカーだしな、俺。

 さて、なぜこのような高級ホテルのスウィートルームにいるかと言うと。


 実践演習後、緑髪の兄妹はすぐに病院へ。俺たちは、ことの顛末の聴き取りを受けた。翌日も、なにやら勇者組合の偉いさんやらが現れ、再び聴き取りが行われる。一瞬俺たちが罪を疑われそうになったが、


「彼らはとても勇敢に戦っていたよ」


 とオールバックの男の証言によりなんとか助かる。最初はいけ好かなかったこの男、名をセノ・アレバロと言った。アレバロ家は、かなりの力を持つ貴族らしい。勇者組合の偉いさんは、セノの一言に途端に態度を一変、俺たちを豪華絢爛にもてなしだすという。やはりどこか腐ってるな勇者組合。


「すまんな、セノ」


 俺は、豪勢な馬車に乗り込むセノに言った。きらびやかに傷一つなかったセノの鎧には、小さな傷ができていた。昨日できたんだろう。


「いいんだよ、ユーキ。僕も助けてもらったしね。また、トンボイに来たときは連絡をくれ」


 とセノは連絡先を俺に渡した。王都トンボイ。セノはそこに住んでいるらしい。


「おう」


 と俺は紙を受け取った。なんかいいやつだな。


「ララ、君は」


 とセノは、俺の後ろに隠れるようにいるララに視線を向けた。

 ララは、セノの本名を聞いてからというもの、なぜかあまりセノと目を合わせない、というか、避けている。


「なに?」


 ララは訝るようにセノを見た。


「ベールを取って、と言ったら、怒るかな」


 セノのことばに、ララは背を向け、「あんた、もっと剣の修行しなさいよ」と歩き出した。


「ふふ、ははは」


 とセノは笑い、馬車に乗り込んだ。

 二人の関係を訊ねようか、とも思ったが、野暮なような気がしてやめた。

 遠のくセノの馬車を、なんとも懐かしく見送った。勇者試験を受験して、セノと出会って、森で一波乱あって。昨日の今日なのだが、30にもなると思い出に変わるのが早くなる。

 そして、とにもかくにも勇者組合は、セノの一言により我らをもてなしたいと、高級ホテルのスウィートルームとそのディナーをお支払いしてくれるとのことでここにいるわけである。


 飯を食い、酒を飲みながら、ふとパーカーの胸元の勇者カードを見る。

 ソーサラーレベル3。ジョブとしてソーサラーを選んだら、魔力量が加味されてレベル3になっていた。


「な〜ににやついてんのよ」


 ララがぶすっと俺を見た。


「いや、レベル3だったから」


「私への嫌味!?」


 ララの勇者カードを見る。

 ヒーラーレベル1。


「ひひひ」


 となぜか笑いがこみ上げる。酒のせいか。

 ふと、ララのそばにあるボトルを見る。すでに二本空いている。おいおいペース大丈夫か、と冷静になり、ララを客観する。ララの頬は赤く、目はどこか定まらない。ふらりと立ち上がったかと思うと、高級ソファーにあった高級クッションを持ってきて


「イリリア教会の名の下に、正義の鉄槌を〜下す!」


 とクッションを俺に向かって振り上げた。


「お、おい、ララ!」


 立ち上がり、逃げようとすると


「リン、こいつの腕を持ちなさい」


「うん!」


 と昨日の一件から、ララ信者と化したリンが俺の腕を掴む。


「ば、バカ、やめろ!」


 ララが、クッションを俺に押し付けると、そのままベッドに倒れ込んだ。


「おいおい」


 と俺はクッションをのけ、立ち上がる。

 ララは、口をだらしなく空け、にたりと笑ったままそのままベッドで眠っていた。


「疲れてんだな」


 とララをそのまま休ませる。ララが一番事情聴取も長かった。そもそも長旅から休みなしの勇者試験受験である。まあ、そりゃ疲れてるだろう。

 リンは、ララの寝顔を見ながら添い寝している。にやにやと笑っているが、このギャル獣人、大丈夫か。

 ノアは、まだ食ってる。小さい体のどこに入っているんだ。

 俺は、静かになったスウィートルームで、ワインを小さく飲んだ。白ワインだった。普段飲まないのでいいワインなのかどうなのかはよくわからないが、添えてあったクリームチーズをつまみに飲むと、白ワインの甘みがより一層増したような気がした。締めにラーメン、なんて年齢でもなくなったな、とお茶漬けがほしくなった。

 翌日。二日酔いにつらつらと起きる。がんがんとハンマーで叩かれているように頭が痛い。ふくらはぎも太ももも張っている。30歳だな。しかし、お酒ばかりは、何度失敗しても学ばない30歳である。遅い朝、というかすでに昼である。リンとノアはまだ寝ている。ララは、頭を抑えながらソファーで苦しんでいた。


「おい、大丈夫か」


「ううううう。もう飲まないわ」


 スポドリがあれば、と自販機を思う。コップに水を入れ、ララに差し出す。

 そういえば大丈夫かな自販機、とララよりも自販機の方が心配になる。あと、チェックアウトってしなくてもいいのかな、なんて頭にかすめながらも、眠くなったのでもう一度寝た。

 その日の夜も豪華絢爛なディナーであった。すっかりよくなったララは、再び飲んだ。俺もそこそこ飲んだ。うまい飯にうまい酒に、超スイートルーム。こんな幸せがあっていいものか、としかしなんとか前日の失敗に学び、ほろ酔いで就寝。

 翌朝は、昨日よりもちょっと早く起きた。みんなまだ、眠っている。

 そのとき、コンコン、と部屋をノックされる。


「はい」


 とでると、ベストをきりっと着た姿勢の良いホテルマンが立っていた。


「そろそろチェックアウトのお時間が近づいておりますが」


「ああ、そうか。わかりました、出ます」


 と答え、三人を叩き起こし急いでフロントへ。

 さて、フロントにて、である。


「えっと、この料金?」


 俺は提示された金額をまじまじと見る。


「ええっと、はい」


 とホテルマンも、やや気まずそうに答えた。

 13マンゴールド。

 異世界にて数日の滞在、だいたい円とゴールドは同じレートだと理解している。


「ゆ、勇者組合の支払いで?」


 恐る恐る訊ねる。そうだ。勇者組合が払ってくれるんだ。


「い、一日目はそうなっているのですが、延長された二日目のお支払いはご本人様持ちと伺っておりまして」


 となおも気まずそうにホテルマンは答えた。

 二日目も泊まれたことにもっと疑念を持つべきであったか。いや、そもそもだが、昨日はホテル側からチェックアウトの連絡は来たのか?


「ちなみにですが、昨日はチェックアウトの時間に、そちら側から知らせてくれたりしたんですかね?」


 と俺もなんとなく恐る恐る感が消えず、訊ねた。


「ええ、お部屋に伺ったところ、その、そちらの女性が、こくこくと頷かれて、延長の意志を示されたので。一応何度も伺ったのですが」


 そちらの女性、とは、フロントのソファーで眠そうにあくびをしているララのことである。これは負け戦だ。


「そうですか。すみません、すぐ戻ります」


 ララたちのもとへ。


「おい、13マンゴールドあるか?」


「じゅ、じゅうさんまんゴールド!?なんで!?」とララが驚く。


「二日目はこっち持ちだったんだと」


「そんなの聞いてないわよ!組合が払うんじゃないの!?なら初日で出たわ!てかなんで二日目も延長になってるのよ!」


 と矢継ぎ早に文句を言う。

 こいつ、覚えてないんだな。


「昨日の朝、お前がホテルマンに延長の意志を示したって」


 俺のことばに、ララは、あっと口を開ける。

 思い出したようである。

 ララは、急いで財布を見る。次に、はっと、俺の方を見る。


「俺は無一文だぞ」


 すると、ララはリンとノアの方を向き、「すみません、お金を貸してください」と頭を下げた。ララちゃんのためなら、と立派な信者に成り果てたリンと、こくりこくりとお金の価値を本当に理解しているのかノアもまた、手放しでお金を出した。

 フロントにて支払いし、ホテルを出る。


「観光地の高級ホテルよ?超スウィートルームなんだから、次の予約埋まってるべきじゃない?なら翌日強制的にでれたのに」


 とぶつくさと言うララ。


「お前、責任転嫁してんじゃねえ」


「ユーキ、あんたは払ってないんだからむしろ私に借金よ」


 とふふんとララは鼻を鳴らした。まあ、そもそも俺も酔っぱらって寝てたしな。


「仕事しなきゃな」


 どの世界に来てもお金を稼ぐことが第一らしい。

 リンとノアも旅の費用ぐらいしか持ってきておらず、ホテル代の支払いにより残金わずかとなったらしい。明日の身もしれず、しかしララは明るい。


「クエストよ!稼ぐわよ!」


 と秋の薄い太陽に向かって歩いていく。


「うん!」


 とリンが続き、ノアもまた続く。

 暗いよりは随分いいな、と俺も続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ