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へその下を刺される。

 二体の鬼は、うっすらと蒸気を放ったかと思うと、すうっと消えた。

 緑髪の兄が、げほげほと嗚咽に苦しむ。顔は赤黒く変色し、目はこれでもかと充血していた。緑髪の妹は、ぎぎぎぎぎと、血が出るほどの歯ぎしりをし、苦しむ兄をかばうようにララを睨んでいた。

 俺は、梱包されたロッドをララのもとへと持って行く。


「大丈夫か」


「私は、大丈夫よ」


「こいつらは」


 苦しむ兄と、それを守るようにララを睨む妹を、ララは憐憫の目で見ていた。


「充血、浮き出た血管、変色した皮膚。ミミックに乗っ取られている」


「ミミック?」


「寄生型のモンスターよ。今はほとんどいないんだけど、どこかで古い井戸水でも飲んだのかもしれない。果てに理性をなくし、生きとし生けるものを襲うようになる。けど」


 と少し辛そうに、ララは続ける。


「誰も、死んでいない。この男、最後の自我を振り絞って、人としてミミックに抵抗していたんだ」 


 倒れていた試験官、受験者たち。そのすべてが、致命傷をさけ命はあった。薄れいく自我の中、ミミックというモンスターに侵食されながらに、人としての最期の理性が、その強靭な精神力が、緑髪の兄に殺しをさせなかったのだ。しかし、それももう限界にあった。男は、ぜえぜえと息荒く、かばうようにいた妹を振り払い、ララをぎろりと睨むと、剣を片手に襲いかかった。すでに理性はなく、加減もなく、ただ殺しを求めた、混濁のない狂気であった。いや、男は、その剣を寸でのところで地面に突刺した。なおも、まだ、ここまで形相が変わっても、内側で戦っていた。苦しむ男に、ララはショートソードを構えた。


「ごめんね、間に合わなかった。私の魔力じゃ、もう、あなたを救えない」


 ララの目に、悲しみが、無念が、そして、憂いがあった。ショートソードを持つ手はしかし力強く、緑髪の男を苦しまずに逝かせるためのララの最後の情に思えた。

 どうする。どうすることもできないのか。俺にできることは。

 何か、俺に。緑髪の兄妹を救うために、ララを悲しませないために。

 ララの勇者カード。ヒーラー検定2級とかいう難関資格。しかし少ない魔力量のせいでヒーラーレベル1。丁寧に説明してくれた職員のことばを思い出す。ヒーラーは、洗礼を受けた瞬間から、『無』の魔法系統に強制的になる、と。

 俺が今使えるであろう魔法。


「ま、まて。俺の魔力をお前に付与できないのか?」


 ララは、ショートソードを構えながら、緑髪の男から視線を逸らさずに言う。


「無理よ。同じ『無』でも、魔法に聖なる力を宿していないと。それには、洗礼が必要で」


 はたと、ララはことばを止めた。そして、ショートソードを下ろしたかと思うと、服の中に隠れていたネックレスを取り出した。ネックレスの先に小さく透明な玉があり、『2』と黒い字で書かれている。憂いに満ちた表情から一変、ララはいつものようにえへんと胸を張ると


「リン!ノア!オールバック!二人を抑えてなさい!」


 と指示を出した。リンは、「うん!」と、ノアも強く頷き、水を得た魚のように駆けてくる。「ふ、仕方がないな」となぜか格好付けて、オールバックもララの指示に従う。緑髪の兄妹をなんとか3人で押さえ付ける。

 ララは、ネックレスからその小さく透明な『2』と書かれた玉を引きちぎると、ショートソードでその玉を割った。すると、ショートソードが白く光り輝く。それを片手に、ララが俺の方へと歩いてくる。


「お、お前、何を」


 と俺は、その圧に押され、尻餅を付きながらも後ずさる。


「洗礼の儀式よ。ユーキ、私を信じなさい」


 西日の影で、ララの表情が見えなかった。

 信じなさい、か。

 出会って一日足らずの、ショートソードを構える修道女が、目の前に。なんか、口角が上がっているような。気のせいか!?


「い、いや、ちょっと待て、信じられるかこれ!?」


「信じなさいったら、信じな」ララはかけ声のように、言うと「さい!」と俺のへその下部分に向かってショートソードを突刺した。


「うへえ」


 ショートソードが刺さる。

 突刺すような痛みはなく、思ったような感覚ではない。ただ、昔痔の検査で肛門からカメラを入れられたときのような、抵抗することのできない気持ち悪さともどかしさと、やはり痛みが、あった。そして、体が冷たくなる感覚に陥る。外側から芯に向かって、全身が冷たくなる。そこまでいくと、妙な快感すらあった。剣がすっと抜き取られる。途端体温は反転し、体の芯から全身に、何かが駆け巡る。血が、沸騰したように沸き立つ。それも一瞬のことで、再び妙な快感とともに体温が戻ると、ぱちりと目が覚めた。


「我が従者ユーキよ、目覚めたか」


 神々しくも、ララが俺に手を伸ばした。


「じゅ、従者?」


 部下から従者にランクアップ?ダウン?

 とりあえず、その手を取り、俺は立ち上がった。手を取っといてなんだが、手を取ったら従者だと認めたことになるよな。


「お、おい、もう持たねえぞ!」


 オールバックが、その端正で汚れのなかった顔に緑髪の男の爪を立てられながら、言った。


「ユーキ、私の背中に手をつきなさい」


「こ、こうか?」


 とララのそのぴんと張った、大きな背中に手をつく。


「その手に力を込めなさい」


 ララの指示通り、力を込める。

 あってるのかこれ。


「もっと、流し込む感じよ!」


「はあ?わかんねえよ!」


「ただ力を込めるんじゃないの!すっと、すっとよ!」


 すっとって、力を込めながらすっとってどうなんだよ。

 魔力も、体にめぐっているのか。血のようなものとして。それを、手から放出する感じか。巡り来る魔力を、手から、放出しララの背中に流し込む。

 流れろ!行け!


「来たわ、ナイスよユーキ!」


 来たのか。

 そのとき「う、うわあ」とオールバックが情けなく尻餅をついた。リンとノアも、緑髪の男に体を弾かれる。


「来なさい、迷える子羊よ!」


 と毅然と立つララに、男は爪を鋭く尖らせると、襲いかかった。ララは、男の爪を皮一枚のところで避けると、その胸にショートソードを突刺した。

 男は、がくりと力なくララに体を預ける。


「お、おい、ララ」


 と俺はララを見て、すぐにことばを止めた。

 ララは、ショートソードを突刺しながらに、とてつもなく集中しているように見えた。はあはあと息荒く、額に汗がにじんでいる。幾秒かの間をもって、ゆっくりと、慎重に男からショートソードを抜く。

 ララという支えがなくなった男は、地面に両手をつくと、かはっと大きく咳き込んだ。黒い液体がどろりと吐き出される。液体は空気に触れると、焼かれたように蒸発した。男の顔に、生気が戻る。そして、息荒くも仰向けに倒れると、やがて呼吸が落ち着いていく。

 続けざまに、ララは妹の胸を刺した。同じように、刺したところで幾秒の沈黙がある。その瞬間、ララはとてつもなく集中していた。やはり額には汗が宿り、そしてぽたりと落ちた。そして、再び慎重に、ゆっくりとショートソードを抜き取った。妹も兄と同じように、がはっと咳き込むと、その口より黒い液体を吐き出した。やはり黒い液体は、空気にさらされ蒸発するように消えた。

 ララもまた、息荒く膝をついた。

 いつの間にか俺の隣にいたオールバックが、感心したように


「体内のミミックにダメージを与えながら、同時に刺し傷の修復も行ったのか。驚いたなあの女。しかし、どこかで」 


 と言い、やや訝しげにララを見ていた。

 とにかく、なにやらララはすごいことをしたらしい。俺は、たいしたこともしていないのに疲れから尻餅をついた。午前の1500メートルが響いているな。

 ララも、リンも、ノアも、オールバックも、薄暮のもとに、疲れたように腰を下ろしていた。


「み、みなさん、大丈夫ですか!?」


 暢気にも、『勇者組合秋の大資格祭』と書かれた襷をかけた組合の職員が、二人、三人と現れた。

 勇者免許取得できたとして、この組合大丈夫だろうか、とすぐそばに落ちていたコーヒー缶を拾った。野盗と鬼とにぶつけたので、二カ所凹んでいる。中身は漏れておらず、缶ってのは頑丈だなと思った。飲もうか迷ったが、やっぱりパーカーのポケットにしまった。


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