兄さん襲来(紬の)
「きえぇぇぇぇぇぇい!」と叫びながら、手に持つ竹刀を一閃。
その振りは正に神速と言っても良いだろう一撃なのだが、そんな一撃を軽く拳で受け流す存在も其処には居る訳で。
「久しぶりだな! 俺の可愛い妹を泣かせていないな?」
「どうも。隆治さん、紬の事なら問題無い。確りとガードして居る」
「いや、そういう意味でなくてなぁ……」
進展は無しか……と、隆治は喜んで良いのか悲しんで良いのかと頭をポリポリと掻く。が、それも一瞬で、「ま! 問題は無いな!」と、何やら自己解決した。
「兄さん……お久しぶりなのは良いけど、帰って来て早々打ち合わないと気が済まないのかな?」
「あー……コレはアレだ、強者の挨拶というやつだ!」
ドォォォン! と、背後に波でも背負っているかのような勢いで、隆治はこのやり取りは挨拶だ! と言い切った。
そして、そんな隆治に紬の冷たい視線が突き刺さった。
「ねぇ渡。この馬鹿兄が言っている事は本当かな?」
「あー……どうだろうか。〝脳筋〟と言われる部類の者には割と居るかもしれん」
渡は過去を思い出してみる。
冒険者と呼ばれていた者達は一体どうだったか? と。そして、其処で思い出したのは、前衛で特にアタッカーの部類に属する者達は、酒を飲みながら拳をぶつけ合うといった事を割りとやっていたという事実。
ゆえに、渡は〝脳筋〟という言葉を強調しながら紬の質問に答えた。
「ふーん……で、渡は?」
「俺は違うな」
「な、なんだと!?」
隆治が激しく反応した。彼にとって渡は絶対強者であり、その力は振るう相手など居なく寂しい思いをしているのでは! とすら考えている。
だが、渡は〝魔導士〟だ。異世界に渡ってから最初に叩き込まれた事、それは基礎体力をつける事を除けば魔力や魔法の使い方になる。
渡の格闘術や剣術など魔法を覚えた後、魔導士が接近された際の自衛として手慰み程度に教えられたにすぎない。……ただ、ソレですら可笑しなレベルに育て上げられた渡。一体どれだけ師匠が異常レベルだったのだろうか。
「渡は違うなら良かった。で、兄さんは一体何しに帰って来たんだい?」
「むっ! そうだったそうだった、本題は別にある。渡、お前は自分が一体どこに行っていたかまだ思い出せないか?」
「俺が何処に行っていたかについて何か重要な事でも有るのか?」
「あぁ、俺が神隠しについて調べている事は話したよな。で、その神隠しから唯一戻って来たのがお前だ。そして俺は、この神隠しが非合法な存在、もしくは何処かの国が絡んでいるのでは? とすら考えている」
渡の神隠し。それは異世界に行っていたのが事実なのだが、それを公には言っていないし、紬の両親や兄もそのことを知らない。
ゆえに、隆治は渡が何処かの国、それも内乱などが起きている場所で過ごして来たか、それともサバイバルな生活をして来てかと考えている。でないと、渡の強さを証明する事が出来ないから。
「悪いが、思い出したと言える様な事は無い……が、一体なぜそんな話を?」
「あぁ、そうか。ソレは残念だ。理由か……理由なんだが、どうやらまだどこのテレビ局も放送して居ないが、神隠しに遭った者が居る。それも……複数だ」
思わず眉間に皺が寄る渡。
全ての神隠しが異世界に飛ばされたなどと言う事は無いだろう。だが、実際その体験をした身としてはあまり面白くない話。
今でこそ、力を付け生き延びる事が出来た事で師匠に感謝しているが、修行をしていた時に師匠を恨んだことがどれだけあるか……ただ、その修行が無ければ渡は間違いなく死んでいた訳で。
それを考えると、もし異世界に飛ばされた者が居たとすれば、その者の死は十中八九間違いなく訪れるだろう。そう渡は考えている為に気分を悪くしている。
「で、渡が何処で何をしていたか解れば何とかなるのでは? と、兄さんは考えた訳だ」
「あぁ、その通りだ」
渡がイラッとして口を閉じてしまった為に、紬が隆治との会話を引き継ぐ。何せ紬には、渡が何を考えているか凡そ思い当っているからだ。
渡が考えている事。それは別にその神隠しに遭った者を助けるといった事では無い。
では何か? もしこれが一度のみでなかった場合、次に犠牲になるのが渡や渡の身内出ないとは言えないという事で、その解決の為に〝界渡り〟を完成させねばと言う事。
(俺のみなら、まだ戻って来れる可能性は高い。一度体験した事だからな。しかし……)
他の者であればきわどいのでは無いだろうか。何せ、あの〝界渡り〟を行う為に作っている〝ゲート〟はまだ未完成だ。
実験はソコソコ進んでいるモノの、それはあくま近距離転移を行う程度で、今のところ最長が渡と紬の部屋間。
「しゃーないな。渡に対して無理にでも思い出せ! なんて言えないし」
「てか、兄さんの繋がりとか行動が実に不思議なんだけど。将来は何? 忍者にでもなる気?」
「ハハハ! 現代に忍者なんて居ないだろう。ま、これは秘密のお友達が居るって事だな」
何やら気に生る隆治の交友関係だが、それはさておき。
どうやら面倒な問題が起きている様だ。この神隠しが誘拐事件なのか、それとも異世界転移なのか、その内容は解明されていないが、複数の人間が一瞬の内に消え、その事を一般に全く公開されていないという事実。
渡と紬は顔を見合わせ……コクリと一度頷いた。そうだ、研究を進めよう! と。
ただ、その二人のやり取りを見た隆治は、なんだか面白くないなぁ、俺のけ者じゃないか……と、渡に対してジト目で睨んでいたりする。が、渡と紬は一切その事を気にしていない……と、実に不憫な兄である。




