蚊取線香
夜寝ていると、耳元でぷ~~~~んと耳障りな音。そう、人類最大の敵の一つである〝蚊〟である。
いや、人類と言うより生物のと言った方が良いかもしれない。
太古の世界より、その姿を変える事無く数多の生き血を啜って来た生物。そして質の悪い事に、それらは様々な病原菌を保有している。
Q・人を一番殺した生物は何ですか?
A・蚊
と、このような回答があるぐらい、蚊という生き物は沢山の生物を殺す何かをその身に宿す運び屋なのである。
とは言え、その病原菌などは渡にとって何ら問題など無い。何せ魔力が排除してくれるからね! 実に便利だ。
しかし、その耳障りな音や血を吸う行為は渡としても鬱陶しいものが有る。例え、その針が渡の肌を突き刺す事が出来なかったとしても、肌の上を這いずる感覚には苛つくものだ。
「えぇい、鬱陶しい!」
そんな掛け声と共に、渡は腕にくっ付いた蚊に対して高熱をお見舞い。うん、魔法の行使だ。
余りにもの熱を帯びた肌(と言うよりも、肌の表面を覆う魔力なのだが)が、無慈悲に蚊を襲い抹殺して行く。
「ふぅ……すっき「何をやっとるか!!」……むっ!」
ピコーン!! と渡の頭上から軽快な音が響いた。
そして、そんな音を鳴らした人物……まぁ、紬だが、彼女はピコハンを片手に渡の後ろでガイ……げふんげふん。腕を組んで仁王立ち。
「紬、痛いじゃないか」
「痛くないでしょうが! というより、何ナチュラルに魔法使ってるの!!」
「……あ」
「〝あ〟じゃない! 全く……たかが蚊に何やってるのさ」
「いやな、昨夜から耳元でプンプンと煩かったんだ」
「あ~……ソレはまぁ、理解出来るけど。それでも魔法は如何なのさ」
気持ちは十分に解る。あの音を一晩中聞かされたのならば、気が狂うのでは無いだろうか?
例え気が狂わなかったのしても、間違いなく寝不足で不機嫌になるのは約束された未来だ。
だがしかし、紬の言う様に高々蚊程度でこの様に魔法を使ってしまっていては、先が心配にもなろうものだ。
ちょっとした……とは言い難いが、苛っとした瞬間に魔法を使う。そんな癖は早々に直していただきたい。が、ソレは現在進行形で紬が突っ込みを入れつつ修正中だ。
とは言え、条件反射と言うのは中々に厳しいものである。という事で、そう言った〝魔法を使ってしまう状況〟の排除をして行く事も考える紬。
「渡、この世界には文明の利器と言うモノがある」
「あぁ、散々驚いたから知ってるぞ。車やテレビや冷蔵庫やら風呂やらと……全く以て恐ろしい」
「いや……魔法の方が恐ろしいけど、まぁ、ソレは置いておくとして! 人はね、対蚊用のリーサルウェポンを作り出しているのだよ!」
「な、なんだと!?」
「じゃじゃーん! 蚊取線香」
紬が取り出したのはよく見る渦巻き状のアレ。鶏のマークが描かれている奴だ。
「こ……これは?」
「この先端に火をつける。すると煙がでるんだ……そして、その煙により蚊は死ぬ!」
「な、なんだと!? 煙だけで死ぬのか! どんな魔法だ!」
異世界で蚊を殺す。ソレは魔法使いがドーン! と大魔法で殲滅していたりするのだが……まぁ、そもそも蚊の大きさが違うので比較にはならない。
とは言え、異世界の蚊も血を吸う。渡にとってみれば大きさの違いがあれど蚊は蚊であり、蚊とは魔法で叩き潰す物という認識だった。
それが、煙一つで倒せる。此方の世界の魔法やないか! と思ってしまうのは仕方が無い。
だが、柔軟性たっぷりな渡だ。脳内で色々な可能性を考慮し答えへと行きついた。
「いや、まて。こっちの世界に魔法は無い。となると……毒か?」
「ん? あーそうだね。蚊用の毒だと思って良いよ」
「な、なるほど。人に影響は?」
「無いよ。あったら商品化なんて出来ないじゃないか」
それもそうか……と納得をする渡。
しかし、色々と此方の世界に慣れて来た渡だったが、まだまだ驚くような物は沢山残っている様だ。
割と普通と言える事で驚くものがまだまだありそうなんですよねぇ……。




