変だよ!
ビシッ! と渡を指差し驚愕する女の子。彼女の反応からするに、どうやら渡の事を知っているらしい。
そして、そんな彼女は渡を見て、喜び・怒りそのような感情がないまぜになった表情を浮かべている。
しかし待って欲しい。渡は何となく懐かしさを感じているものの、彼女の名前どころか存在を覚えていやしない。
ただ此処で、下手な発言をしてしまえば武の時の二の舞だ。
此処は空気を読んで、俺が話の進行を取るべきだ! と、修一や武が動こうとした。……したのだが。
「すまん。凄く懐かしく感じるのだが……君は誰だ?」
そんな渡の発言にビシリと空間が凍った。
渡としては間違った事は言っていない。解らなければ聞けばいい、コレはどんな事にでも言える大原則だ。しかし、しかしだ! それは時と場合を選ぶものだろう。状況次第では少し時間を置くなり他者に質問をするなりした方が良い。
しかし、渡はそんな周囲の配慮をすっ飛ばし、女の子に直接問うてしまった。
「は……はぁ!? これマジなの! 僕の事を忘れてるとか! アレだけ仲が良かったのに!!」
「す、すまない。生きるのにやっとな生活をしていた為に、昔の事は忘れてしまったみたいなんだ」
「えぇ……そんな事ってあるの? うん、本当に僕の事が解って無いみたいだし有るんだよね……はぁ……」
折角再会したのに……と、随分がっかりとした態度をとる女子。実に可哀そうな話ではあるが、覚えていないのだから仕方が無い。
とは言え、この十年。大切な友達が突然消えてしまい、その友を心配し、友の家族と共に探し回った彼女からしてみれば、忘れられてしまったと言うのは余りにも残酷だろう。
そんな、しょんぼりと肩を落とす女の子に向かって、渡は止めを刺した。
「本当にすまないが、思い出せないのでどうしようもないのだが……良かったら君の覚えている事を色々教えてくれないか? あ、それと名前も。どうやら、仲が良かったと言うのはこの懐かしいと感じる事で何となく理解はできる。だから、また仲良くしてくれると嬉しい」
まぁ、このように告げた結果。止めを刺したとは言っても、全く違う意味で刺した事になるのだが。
「え、あ、うん! 任せてよ。君に関する楽しい事や恥ずかしい事は今でも覚えてるからね。僕がしっかりと思い出させてあげようじゃないか!」
渡に教えてくれと乞われ、満面の笑みで返事をする女の子。いや、満面の笑みと言う割には、どちらかといえばニヤニヤと言った感じではあるが。
ともあれ、武の時みたく険悪な雰囲気になる前に、上手い事対処したと言っても良いのではないだろうか。
「そうそう、僕の名前ね。紬だよ、宮入 紬。もう絶対忘れないでね!」
「了解した。しっかりと覚えておく」
名前を聞き、二度と忘れないと約束。
それに満足した女の子の紬。そんな渡と紬のやり取りだが、このまま続けると言う訳にはいかない様だ。
「紬ちゃん。お家の方にはこちらに来ると言って来たの? ごはんは食べて行く?」
「あ、おばさん。はい、両親には渡が帰って来たって聞いたので此方にお邪魔すると告げてます。ごはんは……残ってるのかなぁ……」
「あらあら、だったら食べて行ったらどう? 今日は渡が戻って来たからおばさん頑張っちゃったのよ」
どうやらご馳走を準備したらしい……渡や武と会話をしていたはずなのに、一体そんな時間何処に有ったのだろうか。きっと、主婦の奥義でも使ったに違いない。
そんな訳で、一家団欒に紬と言うお隣の女の子を加え夕飯を楽しみ、渡についての話を進めて行くのだが……此処で、どうせ家族相手なのだからと渡が全てを有りのまま話してしまった。
「えぇぇぇぇ! なにそれ! あんたそんな生活してたのか!?」
「スッゴク変だよ! だっておとぎ話みたいじゃない! それ、作り話でしょ!」
異世界でファンタジーしてましたなどと言う話を聞かされれば疑うのは当然。だが、余りにも渡の話がリアリティに溢れすぎていて、二人はその話にのめり込んでしまった。
更に言うならば、武は渡の体にある無数の傷跡を見ている。それが現実味を増していて、其処が紬との反応の差となっていたりする。
「うむ、まぁ警察でも父達にも散々と言われたからな。俺が言っている事が変な事だと言うのは理解している」
だから、嘘でない事を証明してみよう。と、渡は家族相手だからと何気ない行動に出た。
そう……魔法の無い世界で魔法を使って見せるという、此方の世界からしてみれば暴挙と言える行動に。
主人公って割と抜けてます。まぁ、常識が違うからと言うのが大きな理由ですが。