予測回避不可能案件
「なぁ、アンタは学校の授業にある水泳どうするんだ?」
何気ない武の一言。いや、本人からしてみれば軽い疑問を口にした程度だった。
だが、その問いは割と深刻な内容だったらしく、渡と武以外の人達は一瞬固まってしまう。
「水泳か、それなら川や海に出るモンスターと戦う為に一通りマスターしているが」
「ん? 戦う為って、それ武器防具を装備したままって事?」
「あぁ、寧ろ何も装備しないと戦えないだろう」
魔法や弓矢などが有るとは言え、前衛が居なければ機能しない。
そして、水中戦に居るモンスターと戦うとなれば、水の中へ引きこまれる可能性も有り、幾ら後衛とは言え泳ぎを覚えていなければ、水中へと引き込まれる魔の手から逃れる術は無い。
ただ……その泳ぎと言うのは、基本的に装備を着用した前提でのモノ。
そして、魔法を使えるモノ達は魔法を使い、泳ぎと言うより自らを流すといった感じになる訳で。
「なんか、まともな泳ぎじゃなさそう……」
そう呟く武。そして、固まった者達は「大変じゃないか!」と勢いよく再起動。
何故大変か? それは、当の渡は間違いなく魔法を使って泳いでいた口だろうと考えたから。
「渡! 渡の泳ぎとは、魔法を使ったモノじゃないだろうな?」
「ん? あぁ、そう言えば俺は水の魔法で移動をしていたな」
「あぁぁぁ……やっぱりかぁ」
意識の切り替えと言うのは難しいモノで、それが習慣的に使って居たものであればあるほど、もはや無意識のレベルで行動してしまう。
言ってしまえば、渡に対して魔法を使うなと言うのは、地球の人達に対して〝文字を書く時にペンを使うな〟と言って居る様なモノなので、どないせいっちゅーねん! と、突っ込みを入れられてしまう案件だったりする訳だ。
そして、渡自身も気を付けようとはしているが、気が緩む家の中などでは特にだが、ぽんぽんと魔法を使用していたりする。
暗いから灯りの魔法を、暑いからそよ風が吹く魔法を、少し距離が離れていれば声が届く魔法を……と、どう考えても文明の力で出来る事を魔法で。そりゃ、不安にもなるだろう。
「あ! まって……魔法で泳ぐと言う事もだけど、君……その体の傷はどうするんだ?」
「体の傷? 別に問題は無いだろう」
問題大有りだ。
だが、これは認識の違いから発生していて、渡の水泳は装備の着用がと言う話に有った通り、必ず全身に何かを着ているのが前提。
しかし、此方の世界の水泳は海パン姿と……男子であれば上半身は裸だ。そして裸と言う事は、渡のその傷を隠すモノが一切無い。
この様に、渡とそれ以外の人では完全に理解の内容がずれていると言う事になる。
そして、其の事にいち早く気が付いたのは渡の両親だ。
「あぁ、そう言えば先程装備を付けたままと話をしていたな。紬ちゃん、渡の反応からして此方の水泳を渡は全く知らないのだろう」
「あ、あぁそう言う事か。うん、それならしょうがないかぁ……あのね渡……」
紬が渡に水泳についての内容を説明していく。
すると、渡はその話を聞き、「何て危険な真似を! 装備が無ければ戦えないじゃないか」と反応したが……そもそも此方の世界にはモンスターなど居ない。
いたとしても、鮫・ピラニア・ワニなどと言った危険な生物だが……日本の泳げる場所において、その様な危険な生物は基本的に生存して居ない訳で、更に言うならば水泳の授業ともなれば使うのは学校に備えつけのプールだ。
「ん? ぷぅるとは何だ?」
「あれ……話した事なかったっけ? プールはこう……ソレはもう巨大なお風呂と言った感じの場所に水を張っている場所だよ」
「巨大な風呂……だと……」
蛇口をひねれば水やお湯が出る。
しかもそれを、人が数人は居れる箱に対して大量に注いぎ溜め込んでいる訳だ。渡が初めて其れを見た日には「何て水の使い方を!!」と壮絶なショックを受けた。
それ以外にも、台所で、トイレで、洗濯でと水をコレでもかと言わんばかりに使って居るのだ。
井戸から水を汲み、周囲の人達と共同で使って居た渡からしてみれば、なんて贅沢な使い方を! となるのは当然だろう。
その様なモノを知った渡だが。更に大量の水を使う施設が有るなどと聞けば……思考がフリーズしても仕方の無いといえよう。
「そ、それは人が十人は入れたりするようなモノなのか?」
「いやいや、十人とか二十人なんて程度じゃないかな……そうだね、うーん」
だいたいの大きさは……と説明する紬の言葉に、渡はガーン! と言わんばかりのショックを受けた。
確かにこの世界に戻って来てから、渡はショックを受ける事だらけだ。
鉄の車、箱や板の中の人、念話を誰もが使える道具、巨大な建物……そしてモンスターやダンジョンが無い。
その都度、傍に居る誰かに説明をして貰っていたのだが、感覚の違いと言うのも有ったのだろう。文明の力と言う物はパッとイメージ出来ない様だ。
しかし、事水となれば話は別。
命を繋ぐ物として、どれだけ貴重な資源なのかと言う事を渡は理解していた。
それと言うのも、渡が国から国を移動する際、ダンジョンに潜る時、モンスターとの争いで拠点から離れてしまった時など、下手をすれば泥水すら啜らなければならない状況すらあったのだ。
だと言うのに、そんな貴重な水を棄てる勢いで使えると言う環境。ショックを受けないはずが無い。
「お、泳ぐ為だけに?」
「うん、泳ぐ為に水を張ってるね」
「延べ三日は生き延びれる水を?」
「そう、その水を」
「……何て世界だ!」
安全に水泳の特訓を行う為に水を使う。いや、更に言うなら遊びの為に巨大な施設まで作っている。
余りにも乖離している環境の常識に、渡の頭はオーバーヒートしてしまい。その日の話し合いは中断してしまった。
後日、プールと怪我についての話を再度したが、結局の処、怪我自体既に警察にも知られていると言う事で、認識障害の魔法などで如何にかすると言うのは無しと言う方向で話は進んだ。
しかし、渡の怪我は余りにも他の学生などに対して目の毒だろう……と言う事で、プールの授業自体は回避しようと言う事に。
あれだけ騒いだと言うのに、なんとも締まらない話である。
上下水道すげぇってお話。
渡の言った事が在る国の中では、水が金貨一枚以上の価値が有った場所も存在したとか……。
あと、普通に傷跡って恐怖の対象ですよね。