渡の過去
彼はこうして生き延びた。
「へぇ~君が生きて来られたのは、その師匠って人が拾ってくれたからなんだ」
「凄い人だったな。師匠と共に過ごしたのは七年ぐらいだったが、その間に学んだ事のお陰で、俺はダンジョンを攻略出来たし、此方の世界にも戻って来れた」
懐かしみつつ敬意をといった表情をする渡。
そんな渡に、紬は羨ましく思いながらも、その師匠に対して僅かながらの嫉妬を覚えていた。
さもありなん。本来であれば自分達が様々な思いでを作る時期。その全ての時間をその師匠に持って行かれたのだから。
とは言え、それに対して文句を言うと言うのも間違っていて……まぁ、渡を助けてくれた感謝の方が大きいので、紬が間違うハズも無いのだが。
さて、そんな紬の反応は横に置くとして。
渡は神隠しに有った時、運よく渡が師匠と呼んでいる人の家の前へと落とされた。
その師匠は「突如空間が歪み、魔力が収束したと思ったら渡が居た」と渡に告げていた。師匠にとっては渡と出会った日だ。忘れられる様なものでは無いという事だろう。
因みにだが、渡の名前は本人が〝ワタル〟と告げた事で、異世界でもワタルとして過ごしていたらしい。お陰で今でも名前に関しては違和感など無いようだ。
さて、師匠に拾われ一命を取り留めた渡。
しかし、命を落とす事は無かったとはいえ、地球、それも日本等とは違い危険のレベルが桁違い。
そして、実はその師匠宅と言うのは……人里離れており、修行の為に! と言わんばかりの場所に建てられていて……。
「俺は師匠と一緒でないと外に出る事が出来なかった。だから基本的には家の中で修行する日々だったな」
だいたいそれが五年ぐらいだろうか。そう呟く渡。
「……って、五年でそれだけ強くなれるモノなの?」
普通に考えればあり得ない。地球の常識で考えれば特に。
だが、異世界の法則ではその限りでは無く。魔法などと言う技術が有る世界だ、そんな此方の世界の常識など通用するはずもない。
「まずは魔法と言うか魔力の使い方を徹底的に叩き込まれつつ、基礎体力を上げる訓練を行ってたかな。コレは、どれだけ強くなっても毎日続けたよ」
そう、今でもやっているかな。と続ける渡。しかし紬は「今でも!?」と驚愕して居たりする。
ただ魔力の訓練方法と言うのは、普通に見たら座っているだけに見えたりと、魔力を感じる事が出来ない限りただただリラックスして居る様に見える。なので、どれだけ見られても、他の人に魔法がバレる事は無いので問題は無いだろう。
「基礎がある程度形になったら、次は戦闘訓練だったが……あの師匠、手加減をしては居たんだろうが容赦が無かった」
「えぇ……それって、死にそうな目に遭ったって事?」
「まぁ、見極めはして居たんだろうけどな。当時の俺からしてみれば死ぬ思いをしたのは間違いない」
自分より少し上のランクと常に戦っていく。これ程レベルアップに大切なものは無い。
己よりも弱ければレベルアップの意味は無く、強すぎれば学ぶ事すら出来ない。同レベル帯での戦いならば、確かに向上はするだろう。だが、格上の相手と戦った方が限界を超える事が出来る可能性が高い。
と、そんな理論の元。渡の師匠は常に渡よりもレベルが高い相手を特訓相手として用意していた。
「お陰で恐ろしい程速いレベルで強くなれたな。まぁ、傷だらけにはなったが……それに、俺よりも強い人やモンスターは沢山いたしな」
「その傷跡って全て特訓で?」
「いや、特訓だけでは無いが……まぁ、特訓で出来たものは多いな」
未熟だったからな……そう苦笑する渡。
強くなったと自覚しても、常にソレを叩き潰しにくる師匠。慢心する暇も無く、少しでも調子に乗れば傷が増える。そんな状況でどうして自分は強いと思えるだろうか。
なので、渡は強くなった後も自分は強い! と終始自慢するような真似はしなかった。それに、自分よりも上が居るのは当然とすら考えている。
「ただ、そんな師匠も寿命には勝てなかったようでな……だいたい三年程前にベッドの上で眠るように逝ったよ」
「そうなんだ……僕達はお礼すら言えないんだね」
師匠が生きていたとして、どうやって異世界に居る師匠にお礼をいうのだろうか。そんな疑問はぽいっと捨てるとして。
二人の間には何とも言えない空気が流れた。
天寿を全うしたと言うのであれば、必要以上に悲しむ必要は無い。無いのだが、紬としてはやはり思う所は有る訳で。
ただ、渡からしてみれば既に三年前の事でもある。確りと師匠を見送り、師匠の遺産の整理もした身だ。既に納得し次へと進んで居る為に……この場に居ると言っても良い。
「ま、修行の五年間。修行後に色々な地へと師匠に連れて行って貰った一年と少々の間。この時期は俺にとって大切だと思える日々だな」
「そうなんだ……」
「と、そんな訳でその後の三年間は、師匠が言った様に世界を見て回る事にしたんだ」
師匠に広い世界を見て回れ、そうすれば渡が何処から来たのか何時か解るかもしれない。その言葉通り、渡は後の三年、遺跡を巡り、ダンジョンを攻略する。そんな日々を過ごし……そして、師匠の言葉が本当の事で合った事が正しいと言う出来事に有った。
「最後に行った、狭間のダンジョンと呼ばれた場所。其処の一番奥を探ると隠し部屋が有ってな……その中にある扉を抜けたら、こっちの世界に戻って来ていたんだ」
「君の師匠凄くないかな? 正に予言じゃないか」
魔法が有る世界だ。予言なんて物が有っても可笑しくはない。
もしかしたら渡の師匠は、渡に起こる未来を知っていたのかもしれない。しかし、それを知るには……既に師匠は返らぬ人であるし、あちらの世界へと渡る術など無い。
「ま、感謝の気持ちだけでも伝わって居れば良いさ」
師匠を忍ぶ渡。その言葉や表情には様々な思いが込められており……紬はそんな渡を見て、そっとその手を掴むんだ。
渡がどうやって生き延びたか。それについて軽く触れるお話。
この偉大な師匠が居なければ、転移した当初に死んでいたでしょう。
ただこの師匠は既にお年を召していた為、寿命が……と言う事でした。(物語の都合上生き延びられても都合が……げふんげふん)
渡にとっては、厳しく、それでいて気前の良い。親代わり兼師匠といった爺様です。そして、師匠の遺産は……渡の異空間魔法の中に。
ぶっちゃけ、このアイテム達を世に出したら大変な事に! 渡絶対に外にだすなよ!