をさなし
弟の武についてのお話です。
紬の方をやったので、弟君も必要かなと。ただ、弟君の場合は渡が帰還した当初の視点ではありません。
武は今、兄である渡について色々と考えていた。
十年前に行方不明となった兄。少し前にいきなり帰宅をして来た兄。自分には想像が出来ない、そんな怪我の跡が体中に有る兄。そして……誰もが夢見る魔法なんて物が使える兄! そんな渡に対して、武は再会時の対応の事も有り、実はどう接したら良いのか悩んでいたりする。
そして今、そんな彼の思考は、再会した当初の頃に戻っていた。
武が家に帰宅すると、玄関には見知らぬ靴。
お客さんでも来たのだろうか? と、武はリビングの様子を見ながら声を掛けた。
すると其処には、かなり鍛えているのが見ただけで解る少年。
はて? こんな同級生など知らないし、親戚にも居なかったよな。
では誰だろうか……全く解らない。
そんな事を考えながら、知らない人が来たのなら、自分はこの場を遠慮するべきだろうと自室へ向かおうとした。
だが、武の行動に両親がストップを掛け、その来客者が誰なのかを聞かされた武。
「あぁ……あの時「なんだよそれ、今更になって帰ってきたとか意味不明だし」とか言ったの、謝って無いなぁ……」
部屋の中でポツリと呟く。
しかし、今更謝ると言うのも……と、謎の恥ずかしさがあるよなぁ。なんて考える武。こういうのは早く誤った方が良いぞ。でないと、どんどん謝る事も出来なくなるし、後々尾を引くことになる。
だが、そんな事を教えてくれる人は、現在此処に誰も居ない。何せ彼は部屋で一人きりなのだから。
「でも、随分と口が悪かったよなぁ……俺」
渡に対して、渡がどんな生活をして来たかを聞いても居ないのに、〝勝手に体が鍛えられる程、良いモノを食べてトレーニング出来る環境だった〟と判断したのは武。
そして、そんな環境で過ごしていたのなら〝父さんや母さんの苦労は何だったんだ!〟と憤るのも当然のモノ……と、あの時は考えてしまったんだよな。
そんな風に自己分析し、そして……頭を抱えベッドの上でゴロゴロ。
「あぁぁぁぁぁ……あの時の俺って……俺ってば……」
実は結構ノリノリで両親の苦労を渡に告げ、正義の執行をしている気分になっていたりした。
そんな自分に対して、黒歴史だぁぁぁぁぁぁ! と、羞恥心に襲われる武。うん、人の話を聞こうとしないからこういう事になる訳で、自業自得と言うやつだ。
とは言え……彼の年齢を考えれば仕方のない話。何せ、丁度中二病を発症していても可笑しくない年齢だから。
ギュッと枕を抱え、ゴロゴロと転がるのを止める。
そして、黒歴史や! と恥ずかしがる思考を一度リセットし、考える内容を無理やり変更した武。
「そうそう! あの体中の傷跡。アレも凄かったよな……」
どんな戦いをしてきたらあのような傷が出来るのか。
背中の傷は奇襲を受けた為だろうか? それとも誰かを庇って出来た傷? その様な考えを巡らせつつ。
「誰かを庇ってなんて話だったらかっこよすぎるよなぁ。それがお姫様みたいな女の子だったら、まさにヒーローだよ」
武も男の子だ。英雄譚に憧れを持っているのだろう。
「ん? そいえば、魔法も使えるんだっけ。うわぁ……漫画とかアニメでよく見るやつじゃん! ……って、そう言えば魔法を見せて貰った時の態度は無かったよなぁ」
コロコロと表情が変わる武。
勇者や英雄と言ったモノに憧れる。そんな表情は、魔法の事を思い出し、渡が魔法を見せた時に見せた自分の行動に結びつく。
そして、その時の行動は……渡に対して、手のひらを返したかのような態度を見せていた。その事を思い出してしまったのだ。
「確かに魔法を見て、かっこいい!! とか、使いたい!! って思ったけどさ……アレは無いわぁ」
目を輝かせ、魔法をもっと見せて! とねだる自分。
しかしその相手は、その少し前に「アンタが居ないから!!」と責めた相手。
「どう考えても……「なんだこいつ?」ってなるよなぁ。俺なら絶対ふざけんな! って思うし」
自分に置き換えてみて良い印象など皆無だと理解する武だが、もう既にやってしまった事だ。過去を変えるなんて事が出来るはずもない。
「あー……本当、今更感が強くてどう接したら良いんだろ」
その点、武と違い紬は随分と上手くやっている。
お互い確りと話し合ったのか、随分と関係は良好だ……と、武の目から見てもそう感じる様だ。
「つむ姉さんかぁ……毎日楽しそうだよなぁ」
二人の違いは、十年の間にどんな生活をして来たかで違うのだろう。
紬と言えば、渡が生きていると信じ、渡と再会を果たす為に全力を注いできた。
一方、武はと言えば、もっと自分に構って! なんて思いをしながら、少し不貞腐れたりもして……渡の事も余り記憶にすら無く。そう言えば、昔構ってくれたお兄さんが居たな程度だった。
そしてその違いが、渡が帰還した時に態度として明確に現れたのだろう。
因みに言うとだ……紬は武にとって近所に居る憧れのお姉ちゃんだったりする。
しかし、そんな憧れのお姉ちゃんが……常に渡は渡はと言う態度なものだからと、言ってしまえば恋心を理解する前にハートブレイク。きっとそれも、渡に対して棘が有る理由だったかもしれない。
ただ、お隣の可愛いお姉ちゃんに憧れるなと言う方が無理な話。なのでコレはまぁ……どうしようもないだろう。
とは言え、其の事について武は欠片も気が付いていなかったりする。ある意味救いなのでは無いだろうか。
徐にベッドから立ち上がり、頭をボリボリと掻きながら「うぅーん」と頭を捻る武。
「本当……どう関わって行けば良いんだろう」
実は未だに「兄」と呼べないでいる武だ。渡を呼ぶときは常に「あー」だの「おい」だの「アンタ」だのと……まぁ、素直になれないお年頃と言えば可愛いのかもしれないが。男の、それも兄弟のツンデレは可愛いものでは無い(特定の人達以外は)。
「あぁもう! 本当悩むよなぁ……」
彼の悩みが解決するかどうか……それは、武が覚悟を決めるか割り切ってしまえば良いのだが、年齢的にも性格的にも考え、まだまだこの悩みは続くだろう。
をさなし
今で言う〝幼い〟と言う意味。まぁ、古き時代に使われていた言葉。
何でそんな言葉をサブタイに? と思われるかもだが……まぁ、察してくれているとは思っている。