ex-その後(紬の変化)
紬は変った。
とは言え、その変化は一目見た程度でわかるようなものでは無く、少し疑いながら観察すると分かるといった様なもの。
しかし、その変化を紬本人すら気が付いていない。
どんな変化かと言えば、ふとした時の表情、自分や渡を呼ぶ時の違いなどだが、纏めて結論を言ってしまえば、全体的に柔らかくなったと言えば分かりやすいだろうか。
とは言え、紬を小中学校の頃から知る者からすれば微々たる変化で、渡が帰還した時のような劇的なモノでは無い。
なので割と紬の変化について、家族ですらスルーしがちであった。
「なぁ紬。何か良い事でも有ったか?」
「ん? 普通だよ。ボクに何かあったらキミにも直ぐ分かるだろう?」
「まぁそうか。いや、随分と機嫌が良さそうだからな」
ただ、渡に対しては常にニコニコとして見えているようで、ソレが実に機嫌が良さそうに感じてしまう。
なのでソレを問うてみても、紬からしてみれば普段通りと変わらないという返答。
まぁ、渡と一緒に居る状況が楽しいと言うのが正解なのだろうが……何故かその事を、両者とも理解していない。実に平和な二人と言えるだろう。
さて、紬の中で何が有ったのだろうか。
それは、間違いなく異世界転移の事がベースとなっている事は間違いない。しかしそれは切っ掛けでしかなく、変わった内容に思い至るものでは無い。
ニコニコと笑みを魅せる紬に、渡はうぅむ……と考える。此処まで紬はにこやかであっただろうか? と。
そして、やはり少し紬は変化したと考えその答えを探る。
「紬が楽し気だから問題は無いのだが」
問題は無い。無いがこのまま楽し気な空気を維持するためにも理由を知っておきたい。
そんな風に考えた渡は、以前と今の違いをゆっくり比較してみる。
「大切な相棒と言ってからだよな? だが、ソレだけでこうも変わるだろうか」
正確には助けに来てくれた事なども有るのだが、渡からしてみれば思い当たる節はそれぐらいしか無い。
そして、確かにソレでも十分理由となりえる話ではあるのだが……。
「それだけでは無さそうなんだよなぁ……もしそれなら、もっとこう……その事について会話が出るはずだ」
気に入った物や事の話は何度でも話をしたい。そう考えるのは人として当然で、渡にもそう言った思いをした覚えはある。
初めてダンジョンでレアアイテムを手に居れた時、難易度の高い魔法を使えるようになった時など、よく師匠に話をしていた。
「うーん……しかし違うんだよなぁ。駄目だわからん」
しかし紬は、ニコニコとしながら居るだけの時もある。
ソレが引っ掛かり……渡の脳内はショート仕掛けてしまった。
さて、渡が引っ掛かった内容と言うのは何だろうか。それは、紬が安心感を覚えたと言う事。
渡の気が緩んだのと同じようなもので、例え渡が何処へ行ったとしても直ぐに戻って来てくれると言う実感。それが、紬の変化に繋がっていた。
それもそうだろう。幼少期の頃より十年だ。その長い間、紬は渡が生存していることを信じ、探し、押しつぶされそうな不安と戦って来た。
そしてそれは、例え渡が帰って来ても胸の内に棘として突き刺さっており、また渡が何処かへと神隠しに遭うのでは? という微かな不安を覚えるモノとなって居た。
確かに、渡はそんな時の為に実験をして居たのだが……紬からしてみれば魔力や魔法など未知の領域。自分が主体として動く訳でも無いので、それで不安が解消される事など無く。
何処か、紬自身、小さな防壁を心に作っていた。
しかし、この間の紬異世界転移事件において、それらが全て解消された。
渡がその研究の成果を発揮してみせた。
それゆえに、紬の心に突き刺さった棘は綺麗に抜く事が出来……今こうして、にこやかな表情を浮かべている。
「ふふふ……楽しいね」
「確かに、こうしてゆっくりするのも悪くないな」
ただそこにアルと言う事が楽しい。それも安心して居る事が出来る。
紬はただただその幸せをかみしめているだけなのだが……渡にはその事へ思い至っていないのか、実に不思議そうに感じながらも、紬が楽しそうだからと現状を悩みつつ受け入れるのであった。
トラウマって解消する為には時間や衝撃的な切っ掛けが必要ですからねぇ( ;´Д`)