リ・スタート
少し時間が戻って、紬メインの話です。
紬が最初に渡の帰還を聞いたのは、渡が父とお風呂に入っている間に母の奈々が紬に連絡を入れたから。
そして、その話を聞き紬の中では様々な思いが溢れて来た。
(あぁ、渡が帰って来たんだ……)
安堵・歓喜・怒り・不安と様々な感情が入り乱れる中、最終的には、やはりと言うべきか喜びの感情が一番勝ったのだろう。
ポロポロと涙を流しつつもその顔には笑みを浮かべていた。
「僕ちょっと出て来るね!」
まるで空を浮くような足取りで外へと向かう紬。
だが、そんな紬を両親は何とも言えない表情で見ていた。彼等は紬と奈々の会話が聞こえていた……と言っても、紬の声のみだが。それでも、渡が戻って来たと言うこと自体は聞き取れる内容だ。
自分達の娘が楽し気にする事については悪い気はしない。寧ろ、この十年と言う月日の思いが浮かばれると思えば、これほどうれしい事は無い。無いのだが……不安は付き物だ。
そもそも、その不安自体は紬も一瞬感じたモノ。ただ、再会できると言う喜びで全ての考えや感情を塗りつぶしてしまった。
しかし、紬の両親は違う。紬が浮かれれば浮かれる程、彼等は冷静になっていった。
「なぁ、紬は浮かれているが、もし戻って来たと言う渡君が大きな怪我をしていたり、あの頃の優しさを無くしていたら……」
「そうね……あの子は再会出来ると思ってるけど、そうなって居たら悲しみで押しつぶされてしまうのではないかしら」
彼等の考え。それは紬の事を考えれば当然思いつく内容だ。
何せ十年だ。十年もの空白の間、一体渡に何が有ったかなど想像する事すら出来ない。ただ、思うのは碌な事など無かっただろうと言う事ぐらい。
まぁ、此処でもう少し詳しく話を聞いていれば良かったのかもしれないが、娘の紬は電話を切るや否や颯爽と出かけてしまった。
そんな訳で渡が戻って来たと言う内容しか解らない両親だ。色々と考えてしまうのは仕方のない話だろう。
「何が有ったとしても、直ぐに支えられるだけの準備はしておかないとな」
その様に覚悟する紬の両親。彼等の考えは半分当たっていて半分間違っている。
渡自身は無事に戻って来ているのだ。ただ、幼少期の記憶が無いのと、体中に様々な傷が有ると言う事以外は。
足早に玄関から飛び出し渡宅へとダッシュ! 逸る気持ちに身を任せ、チャイムを一気に二連打。
ピンポーンピンポーン!!! と鳴るチャイムの音が無駄に大きく感じられる。
ワクワクドキドキ。そんな気分で玄関が開くのを待つが、開くまでの時間が無駄に長く感じてしまう。
そして、ガチャリと扉が開き出て来たのは渡の父である修一。
「おじさん! 帰って来たって本当!?」
「あぁ、ただ少し問題はあるのだが……」
「とりあえずお邪魔します!!」
修一が何かを言おうとしたが、それを遮り家の中へ駆け込んで行く。
そんな紬に、修一も〝仕方ないか〟と言った表情を浮かべつつも、多少嬉しそうだ。まぁソレもそうだろう。十年間、渡探しに付き合ってくれた可愛いお嬢さんなのだから。
紬が渡の姿を確認。そして溢れ出る感情に身を任せ声を掛け、よし! 思いっきり抱き着いてやろう! と考えた瞬間、渡から絶望的な宣言を受けた。
「すまん。凄く懐かしく感じるのだが……君は誰だ?」
え……一体何と言った? うん、渡の口から出た言葉って、間違って無かったら僕を知らないと言ってるって事だよね?
これは再会した僕に対するブラックジョークと言うやつかな。いやいや、こんな感動の再会と言った場面でそんな真似をするはずが無い。
なら……本当に覚えてない?
と、このような思考が紬の中でぐるぐると廻った後、腹の中からくつくつと湧き出てきた感情は悲しみと怒り。
そして、その二つの感情は重なり合い、互いに手を取り合って更なるパワーアップをし、噴火の如くといったエネルギーを生み出した。
結果、紬は爆発し、そのまま渡に対して大声で叫んだ。
「は……はぁ!? これマジなの! 僕の事を忘れてるとか! アレだけ仲が良かったのに!!」
生み出されたエネルギーを言葉にして渡にぶつける。しかし、幾らぶつけたところで渡が紬の事を思い出すなどと言う事にはならない。ぶっちゃけ、意味が無い。
しかし、感情と言うのはどうしようもないモノで、ぶつけなければどうしようもないと言うのは良くある話。
ただ、渡も渡で反論する事なく紬に対して謝罪をした。渡の話を聞けば「生きるのがやっとの状況」だったようで……謝罪されつつそう聞かされてしまうと、怒りのエネルギーよりも悲しみと言ったモノが勝ってしまい。
折角再会したのに……と、随分がっかりとした態度と言った態度になってしまう。
ただ、その後の渡が告げた言葉を聞いていくと、渡自身は幼い頃の記憶を全て失っている様だが、何となく懐かしいなどの思いはあると言う事。
それならばもしかしたら思い出してもらえるかもしれない! と、一縷の望みが紬の中で生まれた。
(そうだよ。僕は元々渡のお陰で元気になれたんだから)
それなら、今度は自分が渡に手を差し出す番だとそう考える紬。
さて、ここで紬に関しての話。
渡がまだこの世界に居た頃……彼女はその見た目で少々周りに弄られていた。
別に普通に考えればなんて事は無い。ちょっと髪の色が栗色で、目の色が他の人達よりも黄色に見えるくらいと言った事。
ちょっとした違いだ。だが、子供と言うのは残酷な程ストレートなもので……見て直ぐわかる違いが弄りの対象へとなってしまう。
そして彼女の両親共に、確りとした黒い髪と黒に近い瞳をしているのも重なったのだろう。
「やーい! 拾われっ子!」
その様な言葉が突き刺さる日々。だがそんな日々の中でも、なんの偏見も無く共に過ごしてくれたのが渡だったりする。
渡は両親にお隣さんだから仲良くしなさいと言われていたと言う事だけでなく、紬の祖母が紬と全く同じ髪と目をしているのを知っていた。
「つむはおばあちゃんに似ただけだぞ」
渡は紬が弄られる度、そう言って彼女をかばったのだ。である以上、渡に対して紬が信頼するのも当然と言える。
だが、現実は残酷で……初恋だのなんだのと言う感情を理解する前に、渡は神隠しに有ってしまった。
そして、心の支えを失った紬は……彼を探し出すんだ! と言う決心をする。はたしてそれが、思い出補正なのか、依存なのか、はたまた違う感情なのかは解らないが。
ともあれ、そんな過去を持つ紬だ。
渡が全てを忘れて戻って来たとは言え、それでも渡は渡だし、過去自分が助けられたのは事実なのだから! と、渡とまた新しく関係を始めようと考えた。
そして、それが彼女をてんやわんやと言った世界にご招待する事になるのだが、今はまだ知る余地も無い。
更に裏設定を言うと、おばあちゃんはハーフだったりします。
いわば紬は、先祖返りとか隔世遺伝と言われるタイプですね。綺麗なブリュネットの髪に、黄色っぽく見えるアンバーと言う瞳。
整った顔も合わさって、結構な美人さんです。