番外編:ゆっくりと持ち上がる
どもどもべべでございます!
作中のキリが良いので、今回は番外編! なにやら不穏な空気ですがいかに?
というわけでご投稿! どうぞ、お楽しみあれ~
世界が暗い。
その認識は、【それ】にとってもはや日常と呼べるものであった。
右を見ても、左を見ても、黒。
上も、下も、黒。
足元に母なる大地の感触は無く、重力を失っているかのようだった。
もがいても何処へも行けない。されど、自分という意思は存在する……まさに恐怖だ。
想像してみてほしい。何もない空間で、自分という認識のみが存在する現実を。
音も聞こえず、感触もない。声を出しているのに響かない。自分の耳で声を拾えない。いるのにいない。いてはいけないのに、いる。
発狂ものだ。想像しただけで、過呼吸を発生させても仕方のない状況だ。
それでも、【それ】はずっとこの場所にいた。
一体何故か? 答えは単純。【それ】は、この場所にしかいてはいけなかったからだ。
外の世界において、【それ】は、脅威であった。禁忌であった。だから、ここに詰め込まれた。
無論、自覚はあった。【それ】も大いに暴れたからだ。沢山殺したし、たくさん壊した。だから、恨みはない。ただ、絶望するのみ。
時間の感覚などとうにわからなくなっていたが、とにかく長い時間、この空間にいたのだ。
常に一人というのは、耐えがたいものだ。もし、この場に蟻の一匹でもいたならば、どれほどまでに心満たされたことか。
しかし、【それ】はずっと一人だった。だから、【それ】はずっと眠って過ごしていた。
そうしなければ、耐えられなかった。
時折目を覚ましてしまい、何故起きてしまったのかと自己に対して憤り、その感情に安堵した。
まだ、自分はここにいる。良かった。自分は消えていない。
そして、また意識を丸め込む。次はいつまで眠れるのか……否、もはや目を覚ますことなど無くて良いのではないか。
いやだ、それは怖い。考えたくない。
願わくば、また目を覚ませることを祈って……【それ】は、眠りについた。
◆ ◆ ◆
ある日、不思議と目が覚めた。
何かはわからないが、感触がしたのだ。
そう、感触、感触だ。
触られたのだ! 触ったのだ!
大いに歓喜した。【それ】は、感涙にむせび泣いた。もはやいつとも知れぬ年月を寝て過ごし、ようやく巡り合った何者かであった。
一体何者か? どこにいるのか? また触ってもらえないだろうか?
そう懇願し、見えない空間で必死に首を動かした。触ってくれた何かを、探していたのだ。
しかし、その期待は打ち砕かれた。
悲しい事だ。【それ】に触ってくれた何者かは、【それ】をこの場に追いやった力に阻まれたのである。
何度も挑戦したのだろう。【それ】に近づいて来てくれる気配はあったのだ。しかし、全て叩き落された。
あぁ、あぁ、惜しい、実に……もう少し、もう少しだ。頑張ってくれ!
何者かに声援を送った【それ】であったが、奮闘むなしく、何者かが撤退したのが気配でわかった。
あぁ、なんたる絶望か。もはやそれの唯一の心の拠り所に昇華した何者かを排除した力を、【それ】は久方ぶりに全力で呪った。
しかし、永遠とも呼べる時の中で、ようやく接してくれた何者かは、【それ】にとって大きな希望となった。
次は、会えるだろうか。
また、来てくれるだろうか。
そう夢見て、また【それ】は眠りにつく。
久しぶりに、その眠りは、心地の良いものであった。
◆ ◆ ◆
それからというもの、何者かは本当に時々ではあるが、来てくれていた。
何者かの気配は、日に日に大きくなってきてくれている。また、自分に触ってもらえるかもしれない。
そう考えて、【それ】は必死に何者かを応援した。
しかし、ついぞその時は訪れない。だが、諦めきれるわけがない。【それ】にとって、何者かは眩い光と同義であった。
ある時、【それ】は悟った。
自分をここに閉じ込めている力が、弱まっている。
否……自分が、少しだけ対抗出来ていたことに気付いたのだ。
何故、今更になってそのような事ができるのか?
答えは簡単だ。何者かのおかげである。
何者かを感じてから、【それ】はわずかに自分の力を外に漏らせるようになった。
この、無の世界ではない。無の世界の外にある、眩い大地のある場所にだ。
これならば、あの人に自分の存在を示せるかもしれない。
そう考えた【それ】は、必死にSOSを外に送った。
自分はここだ!
ここにいる!
そう叫んで、必死に何者かを呼んだ。
それが功を奏したのだろうか? 【それ】の力は、ますます強くなっていった。
まるで、外の世界が禁忌で満ちていくようだ。
だが、相変わらず外には出られない。
希望を見た事により、眠る頻度も落ちた。
寂しさと絶望が、胸を占める事が増えた。
あぁ、願わくば、もう一度触れてほしい。もう一度、会いたい。
寝る間も惜しんで待っていた。ずっと、助けをよんでいた。
◆ ◆ ◆
そして、ついに。
外の世界を、【それ】は見た。
否。光景ではない。それは、光だ。
まるで、時空の裂け目のように、光が漏れる。
あぁ、自分照らす光の、なんと暖かなことか。
大いに感謝した。そして、確信した。
何者かが、ついにやってくれたのだ。
あと少し、あと少しだ。【それ】は、悦びに咆哮した。
次の禁忌を。
更なる禁忌を。
自然に反する、大きな禁忌を。
頼む、救出者よ。
◆ ◆ ◆
この邪獣に、再度の日の目を。