7 返信 ―軽部と初めての手紙―
『拝啓 河崎弥生様
お元気ですか?弥生ちゃんと最後に会ってからもうだいぶ経ってしまいましたね。どうしてますか?とても心配しています。
弥生ちゃんが居てくれた頃をとても懐かしく感じています。出来るものならもう一度あの頃に戻りたいです。
もしよかったら、顔だけでも見せてくれませんか?その日を心待ちにしています。
追伸 弥生ちゃん考案のメニュー、相変わらず好評ですよ。
カフェYAMADAマスター 軽部』
「ラブレター?」
優衣子が頬を赤くして叫んだ。軽部も俯きながら頬を赤くしている。そんな二人を見て笑ってしまった。
「優衣子ちゃんの手紙の方がいいかな?」
軽部は、自分が書いた手紙を小さく折り畳んで見えなくしてしまった。優衣子が慌てて、
「待って待って!とりあえず保留にしときましょうよ。全員の手紙を読んでから決めませんか?」
優衣子の目線が、次はあなたの番です、とこちらに向けられた。
『拝啓 河崎弥生様
初めてのお手紙ですね。とても美味しいコーヒー有難う御座います。
ずっとお返事を書かなくて本当に申し訳御座いません。
先日、カフェYAMADAに伺いました。軽部さん、優衣子さんとも楽しくお付き合いさせて頂いて・・
「待って待って!やけに硬くないかしら?」
文の途中で優衣子に手を止められた。
「でも・・一応初対面って言うか、一度も会った事ない方だし・・」
「うーん・・とりあえず続けましょうか・・」
今度は軽部が少し笑っていた。
『少しばかり質問しても宜しいでしょうか?本来ならば、直接お会いしてお話を伺いたいのですが難しい様なので、お手紙で失礼致します。まずは・・
「わたし頭痛くなってきたわ」
優衣子が頭を抱え込んで激しく振った。
「年上の方に手紙書いた事殆どないから・・」
「いいんじゃないのかな?優衣子ちゃん、とりあえず最後まで書いて頂こうよ。ね?」
軽部が優衣子の肩を擦って落ち着かせる。
『お名前、何とお呼びしたら宜しいのでしょうか?差出人欄のお名前は山田由梨さんでしたが、軽部さん、優衣子さんにお話を伺うと河崎弥生さんなのだと存じます・・
「日本語合ってるのかな?」
自信がなくなって手を止めた。軽部は手紙を覗いて、存じます?うーん、存じます・・と考え込んでいたが、優衣子は手紙を少しも見ずに、合ってる合ってる、と適当に頷いていた。
『今回お手紙とコーヒーを届けて下さったのには、何か理由がおありなのでしょうか?心当たりを考えてみたのですが、どうも弥生さんとは面識が無い様に思います。もし宜しければその趣旨を伺いたく思っている今日此の頃・・
「マスター、そろそろ止めてあげてもいいですか?」
「優衣子ちゃん、とりあえず最後まで。ね?」
「すみません・・慣れてないので・・」
『やはり手紙では失礼かと感じました。直接お会いしてお話をしたく思っております。是非、カフェYAMADAに再び戻って来て頂けないでしょうか?
弥生様にお会い出来る日を心からお待ちしております。』
「いきなり纏め過ぎかな?」
「いやいや、手紙は簡潔な方がいいと思うよ。ねぇ優衣子ちゃん?」
「うん、うん、もうそれでいいんじゃないですか?」
手紙が三通仕上がった。どれを出すかを決めようと軽部が言ったが、優衣子は、
「どうせなら三通とも出しましょうよ」
と提案し、一つの封筒にそれぞれの便箋が纏めて入れられた。
山田由梨への、河崎弥生への返信の準備が整った。何だかとてもドキドキしている。今まで閉じられていたモノガタリの世界を、再び自分達の手で動かそうとしている事にとてもワクワクしていた。
これからどうなるのだろうか?ポストに届いたコスモス色の手紙、真っ赤なコーヒーであるポスト、山田由梨と河崎弥生の謎、黒いスーツの男の謎・・全てを知る事が出来るのだろうか。
軽部と優衣子に相談してよかったと思う。一人ではここまで進む事が出来なかった。この二人との出会いに感謝し、軽部の為にも、優衣子の為にも、必ず山田由梨、河崎弥生に会いたいと思った。
「・・で、宛先は何処?」
優衣子の質問で店内がシーンと静まり返った。軽部も優衣子もこちらをじっと見ている。
「・・宛先」
「宛先を書かないと届かないでしょ?」
「届いた手紙の差出人の住所は?」
「・・ここなんです」
住所は二丁目。間違いなくここである。暫しの沈黙が店内を包み込む。
「えっと・・ここからここに手紙を出すの?」
「・・そうなりますね・・」
「おやおや・・」