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5 河崎優衣子

―いらっしゃいませ

 優衣子が白い歯をチラッと見せてあどけなく笑い、出迎えてくれた。案内された席に座り、前回色々質問した事を詫びると、首を傾げたが直ぐに元の笑顔に戻った。

―ああ、この間の。ケーキお待たせしてしまってすみませんでした

 お互いに会釈をし合うと、モカの注文を受けた優衣子はキッチンに向かった。

 メニューを見ずに注文した。飲み物は何でもよかった。他の客があまりいないと思う時間を選んで来店した。優衣子と話がしたかったから。

―お待たせいたしました

 香と一緒にモカを運んで来た優衣子。今忙しくないですか、と聞いてみた。

―忙しいと思ったのはここに来たばかりの時くらいですね。だからわたしにぴったりのお店なんです

 軽部を気遣ったのか、少し小声で答えた優衣子は、相変わらずあどけなく笑いながら向かいの椅子に座った。人見知りが激しい印象は全く感じられなかった。もうすっかり接客に慣れてしまったのか。少し無理をして接してくれているのか。何にせよ、話がしづらい状況ではなくて助かった。むしろ優衣子の方から質問を投げかけてきたので、驚いた反面、嬉しかった。

―おいくつですか?年上か、同い年くらいに見えるんですが

 年齢を伝えると、優衣子はまるで探し物が見つかったみたいに喜び、両手を口の前で合わせて体を左右に揺らせた。

―同い年です!何だか嬉しいなぁ

 じゃあ優衣子さんも来年就職?と聞いてみると、合わせていた両手を落とし、少し俯き加減になってしまった。

―わたしは・・・大学には行ってないんです。高校卒業の時から毎日ここで。このカフェに就職した様なものだから

 何だか悪い事を聞いてしまった気がして、詫びた。優衣子は首を左右に振り、

―姉と一緒。やっぱり姉妹ね

 と言った。いいきっかけを話してくれたと思った。今日は優衣子に姉、弥生の事を聞きに来た。どうやって話を切り出そうか、ずっと考えながら家から2丁目まで歩いていた。

 「優衣子ちゃんの前ではユリという名を口にする事が禁句とされている暗黙のルール」

 軽部の言葉がずっと頭に残っていた。

―今、お姉さんは?もうここには居ないの?

 何も知らないフリをして聞いた。優衣子は頷いた。

―わたし、姉が辞める時に交代で来たの。びっくりしたのよ。いきなり電話がかかってきて、カフェで働かないかって。それまで何も連絡なかったのに。姉は高校卒業と同時に家飛び出したからね

 それが姉だ、弥生だ、弥生ならやりそうな事だ。優衣子の表情と言葉からそう伝わってきた。

―お姉さんが辞めてから連絡は取ってないの?

 優衣子は首を傾げた。目を上に向けて考えている。

―記憶に無いって事は、そうなのね

 またあどけなく笑った。それが何?当たり前の事よ。そんな印象を受ける。

 あまり手掛かりは得られないかもしれない・・・。そう思いながらモカをひとくち飲む。優衣子はテーブルに両手をつき、少し身を乗り出して言った。

―ねぇ、姉の話もっと聞きたいんでしょ?

 驚いた。何もかも見透かされているんじゃないかと思った。実際そうなのかもしれない。目が泳いでしまった。

―時々来るの。姉の事聞きに来られるお客さん

―時々?

―ええ。でもあなたみたいな人は初めて。いつもは真っ黒なスーツを着たこわーい人ばっかり。そういう仲間(・・・・・・)と付き合ってるのね姉は・・・

 そういう仲間(・・・・・・)と本当に付き合っていたとしたら・・・だから本名を隠していたとしたら・・・ユリと名乗っていたとしたら・・・

 頭の中でごちゃごちゃしていたものが、少し纏まっていく。ひとつの可能性として。

―あなたは姉の事を何で知っているの?

 優衣子からの質問に答えるのは難しい。何で・・・?手紙が来たから。どうして・・・?分からない。

 考え込んでいると、優衣子が目を丸くして言った。

―もしかして、あなたもそういう仲間(・・・・・・)

 それは違う、絶対違う、と否定すると優衣子は冗談っぽく笑って、分かってます、と言った。

 その笑顔を見ていると、優衣子になら話してもいい気がしてきた。ポストの貯金箱の事、コスモス色の手紙の事、真っ赤なコーヒーの事。

―実は・・・

 言いかけた時、優衣子がいきなり叫んで遮った。

―あ!1度姉から手紙が来たわ

―手紙?

―ええ。ちょっと待っててもらっても?

 頷くと、優衣子は早足で店の奥へ行った。同時に軽部が姿を現した。会釈をすると、モカのおかわりをサービスしてくれた。

―弥生ちゃんの事かい?

 少し戸惑いながらも、ええ、と頷くと、軽部は優衣子が座っていた椅子の背凭れを持ち、大きく溜め息をついた。

―元気でいるのかな?

 切ない表情。まるで初恋の相手を思い出している様。軽部にとって弥生の存在はそこまで大きかったのか。

 優衣子が戻って来ると、軽部はニコッと笑って店の奥へ行った。一緒に話をしませんか?そう言えばよかったのかなと思った。





優衣子へ

お願いがあるの。

黒いスーツのお客さんは来ているかしら?

もし来ていたら、お姉ちゃんの携帯に電話を下さい。

弥生

 



 見せてもらった手紙はコスモス色。見た事のある筆跡。弥生と山田由梨が繋がった。弥生は山田由梨なんだ。

―久しぶりの妹への手紙だっていうのに、私の事何も聞かないのね。黒スーツの人の方が大事なんだわ

 腕を組み、不満気に言う優衣子。

―黒いスーツの人なんて、今まで何人も来てるから誰の事を言っているのか分からなくて。それにわたし、姉の携帯の番号もメールアドレスも知らないの。だから連絡しろって言われても・・・

―それから手紙は?

―ないわ。これっきり。確かこれが届いたのが2年くらい前なんだけど、この手紙1通でおしまい。ほんと、何処で何してるんだか・・・

 そう・・・と少し項垂れる。これ以上前へ進めないのか。せっかく少しだけ道が見えた気がしたのに。

―・・・ねぇ、そろそろ教えてもらえないかな?

 優衣子が言った。聞きたい事は伝わった。何故、弥生の事をこんなに聞いてくるのか、だろう。

 1度深く深呼吸をし、軽部を呼んできてほしいとお願いした。軽部にも今までの出来事を全て聞いてもらいたかった。元気でいるのかな?と切ない顔をしていた軽部を、少しでも明るい顔にしてあげたかった。


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