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童話 短編

稲穂人~はじめチョロチョロなかパッパ~

作者: ろむこ

まだ夏真っ盛りではございますが、ひと足お先に秋仕様です。


実るほどこうべを垂れる稲穂かな




「田んぼには、神様がいるんだよ」


小さな頃から、おじいちゃんやおばあちゃんにそう言ってたんだけど、


「そうかも知れんな。米の神様が今年も豊作にしてくれそうだ」


「もう時期、お祭りもあるからね。あのお祭りは豊作祈願が由来なんだよ。楽しみだねぇ」


と話しがちょっと食い違ってしまう。


「小さな神様、本当にいるのになぁ」


子どものわたしはよくそう思っていた。



秋の稲穂が夕日をあびて、キラキラ金色に輝いて。

田んぼの光景は、世界一綺麗な景色なんじゃないかと思っている。

風が稲穂を揺らし、サーッシャラシャラ、となんとも言えない音がするんだ。その音を聞くと、ああ、秋だなぁ、新米楽しみだなぁ、ってとてもワクワクする。

あ、でも、春に代かきが済んで、田んぼに張った水がキラキラ輝いているのも嬉しくなるし、まだ小さな稲が水面から少しだけ出て風に揺れていると、これからここで命が育まれていくんだなー、頑張れーって応援したくなる。

ぐんぐん伸びて、青々とした稲に小さな穂がついたのをみつけるとやった!って嬉しくなって、そしてまた応援したくなる。

つまり、秋の金色の稲穂以外も、それぞれ全部好きなんだけどね。



穂奈美(ほなみ)ちゃん、おかえり」

「ただいまー」


わたしがその小さな神様に最初に気がついたのは、小学校の帰り道だった。

裏のお家のおばあちゃんが、田んぼ仕事をしていて、声をかけてくれた。

おばあちゃんは稲刈り中で、機械で刈り取れなかった部分の稲を鎌で刈り取っていた。


ザクッ。

ありがとう、ありがとう。

ザクッ。

美味しくなれたよ。豊作だよ。

ザクッ。

うふふ、あははっ。


おばあちゃんがザクッザクッと鎌を入れる度に、小さな小さな声が聞こえる。

嬉しそうに笑ったり、お礼を言ったりしている。


「おばあちゃん、お米が喜んでるみたいな声がする」


「ほほっ。藁の音かい。いい音だよねぇ」


ザクッ、ザクッ。


「そうだね。お米、嬉しそうだね」


「今年のお米はうんまいよ~」


内容が噛み合っていないのに会話が成立してしまうのは、お歳を召した方と幼子の間では割とよくある事なのだと今ならわかる。てっきりわたしはみんなに聞こえる声だと、その時勝手に思っていた。



「お米さんがね、踊ってる」


「よく知ってるな、かまどで炊くと中で米が踊るんだ。蓋は取っちゃいけないよ」


はじめチョロチョロなかパッパ

赤子泣いても蓋とるな

はじめチョロチョロなかパッパ

赤子泣いても蓋とるな


お米の神様達が歌い踊る。


違うのお父さん、本当にかまどの上で、籾殻色をした長着みたいな服を来た、玄米色の髪の、小さな小さな子達がふわふわと飛んで踊ってるの、って、本当は言いたかった。

けど、もう知っていたから。

お米の神様は、誰にでも見えるわけじゃないんだって。

毎日通学路の田んぼで、お米の神様とお話ししてたから。


「穂奈美ー!新米炊けたぞー」

「わー!やったーっ!」

わたしにとって新米は一番の楽しみだ。

まずは、しっかり蒸らしてピカピカのお米をいただかなきゃ。

両手をあわせて、感謝を込めて、いただきます!

口いっぱいに頬張ると、ああ!

「ほっぺが落ちちゃうっ!」

思わず頬を両手で抑えて叫ぶ。

今の時期だけの、一番のご馳走を心から味わった。

満足そうなお米の神様達の、笑顔をおかずに。



「ほうほう!見える者か。聞こえる者か」

「あや、久しいなぁ、嬉しい、嬉しい」

「えー!凄い!お嬢ちゃん、我らが見えるのかー!」


ある日の学校の帰り道、小さな小さな、稲穂の上に座ったり、ふわふわ浮いてたり小人話しかけてみた。普通に返事をしてくれた。


「我らは稲穂人」

「米と共にある者よ」

「元気に育て、美味しくなぁれ、と踊るんだよ」


お年寄りみたいな話し方だったり、わたしみたいな話し方だったり。

見た目は髪の長さが違うくらいで、みんなとてもよく似ているのに、話し方が違うから、それぞれなんとなーく見分けがついた。

久々に人と話せるって喜んでた。


小学生だったわたしには、いなほじん、って言うのがよく分からなくて、お米の神様って呼んでた。


「いなほじんは、神さまなの?」

「否、否。稲穂人は稲穂人」

「違うの?」

「穂奈美、人間は神か?」

「えー、違うよ。人間は人間だよ」

「是。稲穂人は稲穂人」

「うーん。よくわかんない。いなほじんって、うまく言えないから、お米の神様って思ってていい?」

「致し方なし」

「いいって事?」

こくりと頷くお米の神様。


田んぼでお米の神様の神様と話しをした時、色々聞いてみたけど、難しくてよくわからなかった。

お米の神様って呼んでもいいって事はわかった。


お米は毎年美味しく実ってくれた。

冷害や台風、大雨。災害にみまわれても、お米の神様達は一生懸命稲穂を応援していた。

何年も何年も経って、いつの間にかわたしの小さかった手が、大きくなって、皺が増えた。

その皺がある手で、今は孫の手を引いて田んぼ道を歩き、夕日を浴びて金色に輝く、目の前に広がる稲穂を見つめている。

今日も昔と変わらず、お米の神様達が風に揺れる稲穂の上で舞い踊る。やっぱり世界で一番美しい景色だと思う。


「ねぇ、おばあちゃん。お米の上に風の足跡がついてるね」

「そうだねぇ、綺麗だねぇ」

風が通ると、そこに風がいるとわかるような跡が見える。

いや、もしかしたら、わたしにお米の神様の姿が見えたように、この子にも風の神様の姿が見えるのかも知れない。


「今年も、美味しいお米が取れるといいねえ」

「うん!ボクお米大好き!」


この子の健やかな成長を。

家内安全。

健康第一。

そして、ずっとお米を美味しくいただけますように。

今のわたしの、願い事。


日本の米は世界一!(うまい!)

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