プロローグ
私は幼い頃より何でも「視えた」。それは実体のあるものばかりでなく他の人が決して見ることのできないようなものも、だ。いわゆる霊的なものである。
しかし、私はそれを怖いものだとは思わなかった。何せ幼い頃より視えているのでそれが当たり前だと思っていたからだ。それどころか私にとってそれらは友達同然であったほどだ。
「これからも友達だよ、御幸」
「うん。当たり前でしょ、斑」
* * *
町のはずれにある小さな神社。神楽坂御幸はそこの境内の掃除をしていた。彼女はこの神社の一人娘であり、手伝いのために巫女として働いているのだ。腰まである美しい黒髪の持ち主である彼女は巫女装束がとてもよく似合っている。
「御幸、そのくらいにしておいたらどうだ? もう学校の時間だろう?」
と、彼女に声をかける者が。神社の宮司であり御幸の祖父である宗玄だ。
「え、もうそんな時間!?」
御幸は腕時計を確認する。家を出なければいけない時間の三十分ほど前であった。今から急いで着替えればギリギリ間に合う時間だ。
「残りは他の者に頼むから、御幸は支度をしなさい」
「は、はーい!」
御幸は箒を祖父に預けるとすぐに本殿の奥にある自宅に走った。
「朝からずいぶん慌ただしいね、御幸」
自室で巫女装束を脱ぎ学校指定のセーラー服に着替えているとどこからか話しかける声がしたが、御幸は特に驚くことなく姿の見えない相手に返す。
「……いつも思うんだけど、あなたが“妖怪”じゃなくて“人間”だったら大声上げてるわよ?」
「それはすまない。ただ、御幸がいつにも増して忙しそうにしていたものでつい、ね」
「掃除してたらあの子たちに話しかけられたの。それで話を聞いてあげてたら遅れちゃって」
「御幸は優しいね。僕だったら『忙しい』って言って断るけど」
「私って悩み事とかそういうのを聞かなきゃっていう性分なのよ。お人好しって思われてもね」
「そうなんだ」
「斑、ごめん。本当に時間ないから行かなきゃいけないわ」
制服に着替え髪をポニーテールにした御幸はスクールバッグを手に言った。
「分かった。気をつけて行ってきてね、御幸」
「はーい」
御幸はそのまま部屋を出ていき、学校に向かった。
御幸が学校に向かう様子を彼女の部屋から眺める少年が一人。着物を着ており美しすぎるほど整えられた髪のその少年は、先ほどまで御幸と話していた人物だ。その容姿から明らかに現代っ子とは違う彼は妖怪であった。
「本当に気をつけてね、御幸」
斑はそう彼女の身を案じた。