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屍の神2

「……」

「……」


 お互いにじっと顔を見つめる。子供もウゴルも何かを察したように黙り込み、リコと神の間には、数秒の静寂が流れる。

 す、と。

 屍の神は、懐から取り出した仮面を被った。


「……ぷっ。あははは! どうしたの、神様!」

「その仮面、すっごく変!」


 堰を切ったようにあふれ出し、響き渡ったのは、子供の無邪気な笑い声だった。あろうことか屍の神を指さして、あははぎゃははと仮面を笑う。確かに、あの仮面の模様は奇妙で恐ろしくもあるが、子供の目から見れば面白いものに見えるのかもしれない。

 それでもこの男は、神と慕っていた人物ではなかったのだろうか。子供とはいえ、この場所で一番偉い人物を笑ったりして、不敬罪に問われないのだろうか。

 そんなリコの不安は杞憂に終わった。


「神にも色々あるのだ……」

「あははは!!」


 重々しい声色でぼそりと呟く神を、子供たちは再び笑う。罰する様子もなく、リコとウゴルにまとわりついていた子供たちがわっと神を囲んでも、怒ることさえしない。

 おそらく、神と町の子供との距離はリコが想像したよりずっと近いのだろう。

 素顔で一人、ふらりとやってきたのもその証拠の一つだ。


(もしかして、私は邪魔なんだろうか……)


 どちらにせよリコはそろそろ子供たちと別れようとしていた。このままでは早く神と遊びたがっている子供にも、何故かリコたちの前では仮面を被る神にも悪い。


「あ、あの、すみません。私、失礼しますね」

「……」


 リコは子供たちにバイバイと手を振りながら、ウゴルと共に、足早に広場を立ち去る。その後姿を、屍の神はじっと見つめていた。




 気を取り直して、リコとウゴルは町の奥まで探索することにした。

 建物の造りが大体同じであるためか、町の景色はどこまで行ってもさほど変わらないが、店が変われば並ぶ品も変わってくる。女子の例に漏れず、リコもショッピングが好きな部類で、見慣れない果物や雑貨、丸ごと一頭の肉が吊るされた肉屋などを見つけては足を止める。ウゴルもそれに合わせて立ち止まり、慣習や並んだ品の説明をしていた。


「……わっ! このジャム水色だ! ねえ、ウゴル、これって何でできているの?」

「それは……」

「おや、屍姫様の国ではルトゥフゥの実はないのかい?」


 ウゴルが答える前に、リコに気づいた店主が気さくに声をかけてくる。

 ルトゥフゥの実、というのはこの土地ではよく採れる水色で丸い果物らしい。そういえば十数分前に、ウゴルからその名を聞いたような気がする。青果店ではごろりと転がされているだけだったが、ジャムになるとまるで海や空を閉じ込めたように綺麗だ。


「ないですね。こんなに綺麗な水色のジャムも、普通には売ってないです」

「そうかい。それなら一瓶どうだい? パンに付けてもお湯に溶かしてもすっきりしていて美味しいよ。屍姫様ならお安くしておくからさ」


 そう勧められてキラキラと光る小瓶を見つめると、リコも余計に欲しくなってくる。だが瓶の群れの傍に書かれた読めない数字らしきものが、リコの動きを止めた。


「あ、でも……お金が……」


 この世界のお金など持っていない。元の世界のお金すら持ってこなかったのだ。

 そう小さく呟くと、横からウゴルがごそごそと何かを取り出す。


「ああ、お金でしたら預かってきていますので構いませんよ」


 その手のひらにはちょこんと乗る程度の皮袋が乗っていた。紐を解けば、半透明の緑や赤に煌く小さな板状の……丁度、昔食べた当たり付きのガムのような大きさの(ただし薄さは2ミリ程度である)貨幣がカラリと擦れ合い、音が鳴る。

 何円分なのかはわからないが、ウゴルの扱いを見る限り、持つのに困るほどの大金ではないが、買い物に困るほどでもない額でもないのだろう。おそらく、既婚男性のお小遣い程度といったところか。


「え? で、でもウゴルくん。ウゴルくんが持っているってことは、お城から貰ったお金でしょ? そんな気軽にお金を使っちゃ……」

「気にしないでください、リコ様。全ての恵みは屍の神から与えられますから」

「それは住民の人たちに与えられたものでしょ。私が貰って好きに使うなんて……」

「構わないんだよ、屍姫様」


 どっしりとした男らしい店主の声が響く。

 城から与えられたということは、このお金は税金の一部だ。店主も民の一人なのだから関係ないとは言わないが、一人の人間がそれほど強く言ってもいいのだろうか。リコは不思議に思う。


「決して買ってほしいからとかじゃないさ。もちろん、うちで買い物してくれたら有難いけどね」


 不安げにリコが視線をやると、ウゴルも店主に同意するように大きく頷いた。


「他の国では何をするにも元手がいる。だが俺たちがこうして商売している資源……肉を取る動物も果物を取る木々も、屍の神が魔力で育てたものだ。それを狩ったり採集したり、加工して販売したり……金額に見合うよう、仕事が等しく与えられる。原価の考慮もしなければ不作で貧乏になるものもなく、極端に富豪になるものもいない。だから金と品物は回り続ける。そこに、屍姫様たちの持参物が出回るんだ。むしろ品物の方が余るように、神が調節して分け与えているのさ」


 店主の説明に、ウゴルもリコの背中を押すように補足する。


「ようは徴収されているのではなく、僕たちも神に無から有を分け与えてもらっている身なんです。生活の基盤も崩れないし、その神が屍姫様に渡したお金だっていうなら、町の人間からしても、普通に使ってもらって構わないんですよ」

「う、うーん……」


 本当にそれでいいのだろうか。難しいことはわからないが、この場所の経済がそれで上手く回っているのだとしても、リコの常識と良識が脳裏にちらつく。しかし折角町へ出てきたのだし、これだけ二人に念押しされては、リコも買い物せざるを得なかった。




 町の端から端までを見て回り、再び馬車を走らせて二時間ほど。日が傾く頃に、リコは自分の居場所である城の外れの塔へと帰ってきた。

 炊事場を通り過ぎると、ビブルがこしらえているのか、いい匂いがふんわりと漂ってくる。

 部屋でウゴルと町について話している内にその料理は出来上がって、形式的にウゴルが毒見を、そしてリコが夕食をとった。

 やがてウゴルが退室し、ビブルだけが残ると、リコは今日一日考えていたことを伝えた。


「ねえ、ビブル。やっぱり何か、私にできるお仕事はないかな」

「仕事ですか……。ちなみにリコ様は、何ができるのですか」


 ビブルが渋い顔をするのは、竈に火を付けられなかったり、ロバの世話が出来なかったことを思い出しているのだろう。


「元の場所では、料理洗濯掃除に裁縫……大体の家事はしていたよ。って言っても、こっちだと大分勝手が違うんだけど」

「なんと。……それは誠ですかな?」

「うん。向こうには便利な機械っていうものがあってね。例えば洗濯だと洗剤……えっと、石鹸みたいなものと服をそれに入れて動かすと、自然と洗い終わっちゃうの。あとは干すだけ。料理も竈はなくて、代わりに動かすと火が出て調節もできちゃう機械があるんだ。だから前にやろうとした時も手間取ったの。竈の使い方さえわかれば、肉も捌けるし、私の国風の料理はできるよ」


 リコの説明に、ビブルも嘘や強がりではないと理解してくれたらしい。ふむ、と漏らしてしわしわの手を顎につけると、少しずつ考える素振りを見せ始める。


「裁縫の方は? こちらもそのキカイとやらで縫いあがってしまうのですか」

「そうだね。そういう機械もあるよ。だけど、裁縫は普通に手縫いもするかな。だからこんなに豪華な衣装を作れと言われると困るけど、ほつれた部分を縫い直したり、小物を作ったりはできるよ」

「……なるほど。わかりました。考えておきましょう。……しかし、リコ様の国は随分と変わっていますね」


 そう言われて翌日。ブルーベリーに似た果物を籠いっぱいに持ってきたビブルが、あらかじめ竈の火を付け、ジャム作りを頼んでくれた。更に翌日には布と見本を持ち込み仕事を与えられ、リコは少しの気晴らしと職を得たのだった。

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