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豪商の娘 フィズ

「フィズ様からお茶会の招待状が届いております」


 ある日、嗄れたビブルの声で伝えられたのはそんな言葉だった。

 しわしわの手には一枚の手紙。模様のように可愛らしく一定に、けれど何処の文字なのか、読めない形が連なったものがリコに手渡された。どうやらそれが茶会に招待する旨を記されたものらしい。


「お茶会って……。どうしたらいいの、かな……?」


 受け取ったリコは困り顔で小さく訊ねる。

 貴族でもこの世界の住人でもないリコが招待されたところで、マナーもわからなければ、まずなんと返事を返せば良いのかすらわからない。そもそもこれと同じ字など書けないわけだが。


「お返事は私が代筆致します。リコ様がお誘いをお受けになるか、ならないか。それをお答えください」

「……って言われても。行った方がいいのかな」


 そこからである。

 招待してくれたのだから、単純に考えれば行った方が良いのだろうが、マナーの悪さで不快にさせた分、終わってみればマイナス印象だったというのは避けたい。

 まどろっこしいリコの言動に、ビブルは眉をひくりと僅かに動かし、しかし努めて冷静に答える。


「私はリコ様ではございませんので。しかし、できるならば行った方がよろしいでしょうな。貴女様はどなたとも面識がない。身分も下に位置するのでしょうから、お断りするのも失礼ですし、フィズ様でしたら四人の中でも一番庶民に近いお方です。まずは仲良くしておくのがよろしいかと存じます」

「……じゃあ、よろしくお願いしますって返してくれる?」

「畏まりました」


 恭しく頭を下げてさっさと部屋から去るビブルを、リコは不安げな顔で見つめていた。




 三日後。その日はやってくる。

 相手にも、一応だが仕えるリコにも恥を掻かせてはいけないと、ビブルはリコにマナーを叩き込んだが、それもたった三日のことだ。

 幸いだったのは城に行った時とは違い、簡素ながら馬車が用意されており、東の塔に辿り着くまでは疲れずに済んだことだった。

 城を訪れた時に遠目で見ていたが、フィズの塔はリコの住む塔の二倍……いや、三倍はある。扉も木製ではなく、使用人の手によってピカピカに磨かれた鉄製で、中を通ればフィズが持ち込んだらしい華々しい飾り付けに圧倒された。

 案内された部屋の席に着いた頃には、リコの頭からは学んだ殆どのことが飛び、目の前にいるフィズの姿にすっかりガチガチになっていた。


「どうぞ楽にしてください、リコ様。そんなに緊張なさらずに」

「す、すみません、フィズ様。こういった場は慣れていないもので……」


 それでもフィズが気を悪くする様子はなく、優しく楽しそうに笑うので、リコの気も幾分かは楽になる。喉に流し込んだ紅茶の香りは豊潤で、更に心を落ち着かせてくれた。


「リコ様はどこかの国の町人でいらっしゃるのでしょう?」

「は、はい。そうです」

「でしたら私も同じ。父がいくら資産を持っているとしても、ただの商家の娘です。年も同じくらいでしょうから、よろしければそんなに畏まらず、敬語はなしにしませんか」


 絶対に同じではない。リコはすかさず脳内で突っ込む。

 案内される間に出会った何人もの使用人と高価な品を引き連れて、フィズの国がどこにあるのかはわからないが、別の国にやって来た上、一国の王女や族長の娘と対等に接するなど、とても同じ一般市民とは思えない。

 だがフィズは心から仲良くなりたいと思っている様子であるし、友人も誰もいない状態ではリコも気が詰まりそうだった。王女たちと接するよりは幾分かは近しく感じられて、リコはフィズの提案に応じる。


「いいのですか?」

「それじゃ私は、リコって呼んでもいい?」

「有難う! じゃ、じゃあ私はフィズって呼んでも……?」

「もちろん!」


 気を遣ってくれたのか、この場に一人だけ付いているフィズの侍女も嫌そうな顔一つしていないし、ビブルもまたフィズの申し出だからか、何も言ってはこない。

 リコの肩の力はすっと抜けて、フィズもほっとしたしたように安心した顔を見せると、言葉を続ける。


「……よかった。実はね、リコが来るまでは、あの屍姫の中で私だけが王族でも何でもないから、話し相手もいなくて、とっても居心地が悪かったの。リコが平民だって聞いて、私、すぐに話したいと思ったわ。本当は同年代の子に堅苦しいのってあんまり得意じゃなくて。お客様相手なら慣れているんだけどね」


 くすくすと笑うフィズは同年代の女の子そのものだった。お菓子に手を伸ばす姿も、嬉しそう堪能する姿も、生前リコが仲良くしていた友人たちと何ら変わらない。


「屍姫って、やっぱり王族を中心にして選ばれるの?」

「そうだね。この世界で四人。大国の中で一人ずつしか選ばれないわけだから、そうなっちゃうんだろうね。私の国ではたまたま期間中に王族にも上位貴族にも若い女性の死者が出なくて、うちにはお金だけはあったから、父が大金を国に納めて私を屍姫にしてくれたの」

「若い女性の死者……」

「そう。屍姫として屍の神の領域に運べる条件は、儀式の行われる日から二年以内に死んだ適齢期の女性だけ」


 世界で四人。それも若い女性だけ。それだって、屍姫としてこの土地に入ってこられる数だ。実際に生き返り、国へと帰れるのは一人だけとビブルは言っていた。残りは灰へと還るのだと。

 神と名乗り、崇められ、実際に人を生き返せる力を持つ割には何ともケチ臭い神様だとリコは口を尖らせる。


「……そんな制限しないで、神様も皆を生き返らせてくれたらいいのにね」

「ふふ。そういうものなんだから仕方ないよ。屍の神が決めたことだもの」

「ここに来てからずっと思っていたけど、そんなに偉いの? 屍の神って」

「そうよ。この神の土地では全ての民が神様の意思に従うの」


 あんな奇妙な仮面を被った、ローブ姿の怪しい男に。ビブルも、ウゴルも、今のところあまり関わりはないが、この土地にいるその他の民たちも付き従うのだとフィズは言う。


「ここは一帯が砂漠でしょう。それでも主要な場所には汲み上げ式の井戸があるし、家畜も育てられている。それは全て神様の力で与えられたもの。この土地で数少ない住人が暮らせるのも、全てが神様のお蔭だって聞くわ」


 そういえば、塔の一番下には炊事場がある。毎日ビブルが食事を作ってくれるし、リコも喉が渇けば水を貰う。元の世界では当たり前だった水が、ここにも当たり前にあるのは不思議なことだ。

 オアシスでもあれば話は別だが、少なくとも城と塔の周囲にはそれらしい泉も川もない。おそらく地下に湧水が眠っていて、それを掘り出し、整備したのが神なのだろう。

 それならば、リコにも少し神を敬う気持ちがわかる気がした。


「うちの国を始めとした色んな国では昔、その家畜は死んだ動物を生き返らせたものだとか気味悪がる人もいたし、神が選ばなかった者以外は国へ返されないから、妻を選ぶためだと噂して、屍姫という呼称が付いたりもしたんだけどね」

「まあ……人を生き返せるんだから、そう思うのも無理ないよね。大事な子供や一国のお姫様が選ばれず亡くなってしまいました、はい終わり。では納得できないだろうし」

「それでもここで、屍の神にしか死者を生き返らせることはできない。大事な国の姫、大切な娘を失った権力者たちは、生き返してもらえる希望があるのなら、そんなこと言ってられないでしょ? だからせめて存在価値のあるものとして、丁重に神様の下へ運ぶしかなかった」


 彼女たちはどのようにして運ばれたのだろうか。

 リコはその風景を見ていないが、きっと豪華な馬車をいくつも引き連れ、立派な棺に納められて門を通過したに違いない。それだけの希望と周囲の想いを乗せて、この砂漠の地まで運ばれた。


「そしてここには屍姫とそれに付く者しか入ることは許されないし、ここでは神様に逆らえない。私たち屍姫もまた、例え誰かが浅ましいと言おうと、神様を敬い、媚びてでも御霊還りの儀に選んでもらわなければいけないの」


 リコには何も言えなかった。たまたま拾われて、あわよくば生き返れたらと始めに思い、すぐに諦めを感じてしまったリコとは違う。

 希望を乗せた家族たち。屍姫として選ばれなかった他の女たちへの罪悪感。見知らぬ土地まで付いてきて、真摯に働く使用人たち。生き返る可能性を得た代わりに、フィズの背負ったものは大きい。


「だから、リコとは仲良くなれそうだけど、それだけは譲れないよ。選ばれなければ灰になるもの」


 にこりと笑った顔は、初めて会った時と同じはずなのに、リコにはどこか悲しげに思えた。


「リコも、気を付けてね。神の領域の外で死んだ者が神の領域に入ると、一時的には蘇る。だけどここで死んだ者は皆灰になって、二度と戻れないから」

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