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城への招待

 リコ主催の茶会も無事、といえるかどうかはわからないが何とか終わり、どっと疲れが押し寄せる。最近はビブルの不安も薄れ、手伝いを任されていたリコも、数日間は休みをもらうことにした。もっとも、屍姫で下の者たちの手伝いをするというのがおかしいのであって、ビブルやウゴルは文句など何一つ言わなかった。

 そしてすっかり疲れも取れた今日。リコはフィズの塔へと遊びに来ていた。塔に着くと、フィズがルディと呼んでいた侍女が入り口で待っていて、フィズの下へと案内する。


「待ってたよ、リコ! 二人で会うのは久しぶりだね。さ、席に着いて着いて」

「うん、有難うフィズ」


 嬉しそうに迎えてくれたフィズの前にリコが座ると、柑橘系の香りの付いた紅茶が注がれた。

 そこから前回の茶会のことや最近の過ごし方など、ぽつりぽつりと話を始めていく。

 二人とその侍女、ウゴルだけの空間は先日の茶会とは正反対の、肩の力を抜いて安心できる空気があった。


「そうだ。リコ、もう話は聞いた?」

「……何の話?」

「屍の神が、今度は城にシルフィー様をお招きしたとか」

「へえ、そうなんだ。全然知らなかったよ」


 一体フィズはどこから情報を手に入れてくるのだろう。上流階級なりの情報網や耳聡さがあるのだろうか、とリコは相変わらず感心してしまう。


「そうなんだって、リコ、興味ないの?」

「うーん。興味ないってほどでもないけど……。シルフィー様ならお城に招かれてもお似合いというか、楽しいお食事会になりそうだなーとか思うし。スーディア様だと、屍の神の方が気圧されそうで少し心配しちゃうな、とか思うけど」

「あはは……何それ。でもちょっとわかるかも。言いにくいけれど、スーディア様は屍姫の中でも一段と野心が強く見えるものね。屍の神もすごく雰囲気のある方だけど、口数少ないイメージだから押し切られちゃいそう」


 リコとフィズの会話に、ルディとウゴルも後ろで小さく笑う。性別も身長もまるで違うが、主人同士と同じく、この二人は気が合いそうだとリコはひっそりと思った。


「……でも、お二人ともしっかりとした身分があって美しいし、選ばれたのはわかる気がするな。及ばないってわかってても、私はやっぱりいいなぁって羨んじゃうんだ。私も早く屍の神にお会いしたい」

「フィズ……」


 恋する乙女のように、フィズは瞳を煌かせて言う。

 そこにはただの恋心や憧れではないものが混じっているのだろうが、それでもフィズが切望していることに変わりはなかった。

 ……リコだって。屍の神と会いたくないわけじゃない。

 屍姫の誰しもが、御霊還りの儀とやらを望み、そのために屍の神と接触してご機嫌を伺いたいと思っている。争う相手があまりにもかけ離れた存在だからこそ、リコは半ば諦めたような気持ちになっているが、生き返れるものなら生き返りたいし、結局何もわかっていない屍の神という存在がどういうものなのかを知りたいと思う。


「ね、リコ。リコは果樹園でお会いしたんでしょ? 屍の神。どんな感じだった?」

「お茶会の時に話したこととそんなに変わらないよ?」

「それでもいいの。ちょっとでも屍の神について知りたいから」

「……うん、それでいいなら」


 リコは頷くと、果樹園であったことをフィズに話した。スーディアに話した時より丁寧に、ほんの少しだけ詳細に。

 フィズは驚いたり、神からの話は一切なかったことに少し残念がったりもしたが、それでも楽しそうにリコの話を聞き、お礼を言う。


「有難うリコ。それにしても、やっぱり変わってるんだね。屍の神も、リコも」

「えっ。私?」

「あー、リコの国、かな。リコ自身もちょっと変わってるかもって、私は思うけどね」

「酷いなぁ、フィズ」

「ごめんごめん。このお菓子でも食べて機嫌直して」


 と、フィズは自分のお皿に残っていた焼き菓子を一つ取り分け、すっとリコに勧めた。こんなやり取りも他の屍姫たちがいる正式な場ではきっとできないのだろう。

 リコはたった一つのお菓子を頬張るだけでご機嫌になり、二人の侍従は微笑ましく主人たちを見つめる。


「あ。そうだ、この間のレシピ、まとめてきたんだ。教えるって約束したのに、結局あの時はあの空気のまま終わっちゃったから」

「あはは……さすがにあそこでは教わりにくかったよね。有難う」


 リコが懐から取り出した紙をウゴルへ渡し、ウゴルからルディへと渡る。ルディは少しだけ目を通して、少しだけ目を見開くと、さっとポケットへとしまい込んだ。


「文字はビブルに書いてもらったんだけど、ちゃんと説明したし、たぶん問題ないはずだから。本当は私がここの文字を書けたらよかったんだけど……」

「そんなこと気にしなくていいのに。平民なら文字を書けないのは普通だよ。それに、他の高貴な方は使用人が代筆するし」

「そうなの?」


 聞き返してしまったが、招待状はビブルが当たり前のように代筆を申し出ていたし、他の屍姫からもらった招待状もやけに文字が整っていた。

 リコは地位がある者の教養として、綺麗な字を書けることが必須なのかもしれないと考えていたが、それでも人に向き不向きはある。一人くらいは字が上手くない屍姫がいてもおかしくないのに、皆きっちりと招待状を送ってくれた。

 フィズの言う通り、そういうものだったのだろう。


「フィズ様はお手紙もご自分で書かれますけどね」

「そうなの?」

「ちょっと、ルディ! もうっ、そういうのは言わなくていいのに。……私のは商売柄だからね。書けるのだって母語のグランブルク語とフィスティニア語、あとは来るにあたって勉強したこの辺の言葉だけだよ。シルフィー様のいたアルクレアや国家内でも民族によって複数言語がある南大陸の方は全然ダメ」

「それでもすごいよ! 私は自分の国の言葉しか書けないもん。読むことは何故かできるんだけどなぁ……」


 三か国語もできるなら十分だ。日本語、英語、ラテン語ができる人間が日本にどのくらいいることか。リコは英語ですら成績が良くなかった。

 キラキラとした目で褒め称えるリコに、フィズは照れ臭そうに紅茶を飲み込んだ。


「有難う。でも、私もリコのこと尊敬してるよ。こんなレシピ知ってるんだもの」

「それは私の国じゃ普通だから」

「じゃあお互いにすごいってことで」




 楽しく笑い合って、またお喋りをしようねと別れた後。フィズも屍の神に会えるといいなと思いながら、リコは平凡な毎日を過ごしていた。

 誰かと会う約束も、考えることも何もない。本当は御霊還りの儀とやらについて本格的に考えなければいけない時期なのだろうが、それは死を考えることと同等な気がして、リコはそっと目を瞑った。

 数秒後、ふうと息を吐いて目を開けてからは、少しほつれてきた服に針を通し、軽く引っ張って縫い目を増やす。この世界に来てからもう三ヵ月ほどが経ち、よく着ている服も少しほつれてきた。数枚を着回しているとはいえ、一番豪華な刺繍のされたこの服を着る機会は特に多く、今日の午後は服の補修から始まった。


「リコ様、リコ様! 今度はフィズ様がお城に招かれたそうですよ!」


 ゆっくりとした時間を感じていたところに、バタン! と扉の開く音が響く。ウゴルが部屋へと飛び込んできたのだ。


「本当に!? よかった……」

「ええ。これで残るはリコ様だけですね。アイーシャ様も、フィズ様の前に屍の神と一日を過ごされたようですから」

「残るはって、もうお誘いはこれで終わりかもしれないよ?」


 満面の笑みで屍姫が全員呼ばれるような言い方をするウゴルに、リコは小さく苦笑する。


「まさか! 他の屍姫様が呼ばれて、リコ様が呼ばれないはずがありません」

「順に皆を呼んでいるんだとしても、私は呼ばなくてもおかしくないよ」


 いくら一人以外は灰になってしまうのだとしても、各国から屍姫として選ばれた四人に一度も会わないのは失礼だろう。この中から選ぶ確率も高い以上、人となりを把握する必要もある。

 けれど、リコには何の後ろ盾もない。選ぶ必要どころか会う必要もないのだ。同情心から呼んでくれる可能性はあっても、屍の神が呼ばなければならない理由はない。

 だから、心のどこかでリコは、屍の神ともう一度会うことを諦めていた。


 その日が訪れるまでは。

ここから書き溜めが切れて慌てて書いているので、元々ミスに気付いてひっそり修正するタイプですが、さらにひっそり修正が増えるかもしれません……。

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