命のやり取り
中は巨大な空洞があって薄暗くなる。 気がつけば僕は勝手に歩きはじめていた。
「おいマイセン、お前どこ行く気だ?」
アレスさんに言われてハッとなって足を止める。
「なんだか気がついたら勝手に……あはは……」
「あははじゃねぇぞ。 そっちのルートは見事なまでに登頂するルートだ」
どうやら勝手に登頂するルートを進んでいたみたいだった。 だけどここに来たのも入ったのも初めてのはずなのに、妙に懐かしさを感じる。
「なんか……僕はここに来た事がある気がするんです」
「ほー、人種は死んだら【死の神ルクリム】に輪廻の渦に還されるらしいから、もしかしたらお前さんの前世はここで冒険者をやっていたのかもしれねぇな?」
そんな事もあるのか尋ねたら、昔ここホープ合衆国が出来た頃に1人の領主が前世の記憶を持って生まれたらしいって聞かされる。
なら僕は一体誰だったんだろう?
「まぁ前世なんざ思い出しちまったら、もう1人の自分がいるみたいで気持ち悪いってもんよ」
アレスさんの言う通り、確かに自分が自分でなくなりそう。
僕は前世の事は考えるのをやめて、目的の苔を探すのを専念することにした。
「えーっと、探すっていうより本当にそこらじゅうにありますよね」
「まあな、ただ固形燃料に使える苔はできるだけ大きい塊で取れたほうがいいから、この辺りのまばらにしかない奴より、もっとでかい塊を探したほうがいいぞ」
言われた通りに大きい塊の苔を探しはじめる。
だけど入口近辺だと見つからなくて、もう少し奥へ行く事にした。
「この辺りまで来ると魔物も出るから気を引き締めておけよ!」
「はい、頼りにしてますアレスさん」
「おい、甘えてんじゃねぇよ」
そんな感じで話をしながら苔を探すと、奥の方から一段明るく見える場所があった。
「あっちの方、苔灯りが強いから大きいのありそうですよ」
アレスさんの制止も待たないで小走りに僕は向かっていった。
そこは行き止まった場所になっていて、辺り一面苔だらけで十分すぎるほどある。
僕はそこへ一歩踏み出したところで、ズボッと片足が埋まってそのまま足がつくことはなくて真っ逆さまに落ちてしまった。
「しまっ……た……」
それは自然が作り出した天然のトラップだった。
頭上からアレスさんの呼ぶ声が聞こえながら、僕は下へ下へと落ちていった。
眼が覚める……ここは一体どこだろう……
とりあえず辺りを目だけで見回す限り何かいる気配はない。
次に身体を起こして骨が折れていたりしないか確認するけど、運がいいことに擦り傷程度だけだった。
下に落ちたという事は、突然現れたダンジョンの方に来てるってことかな……
アレスさんが助けに来てくれるのをここで待つか、それとも自力でなんとかするかなんだけど……意識を失っちゃってたから一体どれだけ落ちたのかもわからないなぁ……
悩んだすえに僕はもしここがそこまで深い場所じゃなければ、ロープか何かでアレスさんが来てくれるかもしれないと考えて、しばらくここに留まってみることにした。
警戒をしながらじっと待っていると、何か近づいてくる気配を感じる。 気配を感じる方に目を凝らして見ても姿は見えないけど、それは間違いなく僕に近づいていた。
ゆっくり立ち上がって気配がする方向に集中して、すぐに対応できるように身構えていると、何者かが何かを振り下ろしてくるイメージが感じられて、身体をそのイメージから逸らすように避ける。
直後、僕の身体がさっきまであった場所に何かが振り下ろされた。
「うわぁぁ!」
自分自身でもわからない。 ただ集中したら相手の姿が見えてもいないのにこうなる事がなんとなくわかった。
同時にそれで相手の姿も確認出来て、その姿を見る。
僕の頭1つ分ぐらい大きいゴブリンのような奴で、ゴブリンよりもがっしりとした獣じみた姿をしている。 そして手には振り下ろしたばかりのモーニングスターが握られていた。
冒険者になりたての僕にはこいつがなんという魔物なのかはわからない。 だけど間違いなく僕を殺そうとしている。
腰に下げた剣を抜いて身構えるけど、生まれて初めての本当の命を賭けた戦いに身体の震えが止まらない。
『———、冒険者にとって負けは死、己れの死だ』
まただ、また何か懐かしい声が聞こえた。
「僕は、こんなところで死ぬわけにはいかない!」
そんな声が聞こえて吠えるように僕は叫んだ。
『なら、なすべき事に集中しろ』
頭に響く声に言われるまま僕は集中して、今、僕と対峙している相手を見つめる。
先ほどと同じようにゴブリンのような奴がモーニングスターを振って、僕の剣を持つ腕を狙ってくるイメージが見えて、身体をそのイメージから逸らす。
イメージの通り、モーニングスターが僕の腕目掛けて振られてガラ空きになった胴体目掛けて剣を振った。
胴体に剣が命中したけど、革鎧に守られて鈍い音をさせただけで致命傷どころか傷すらつけられていない。
今の攻撃でそいつは僕を見て笑っているようだった……