喜びと愚かさ
個室の扉を開くとそこにはただ何をするでもなく、暗い雰囲気のまま無言で座っている仲間たちの姿がある。
「えっと、ただいま……帰りました……」
僕が声を出すと全員の顔が一斉に僕を見て固まる。
「マイセン!? マイセンなのか!? ゴーストなんかじゃないよな!」
シリクさんの冗談はもはや標準みたいだ。
「マイセン、リーダー! 生きてたんだな!」
テトラさんはそう言うなり遠吠えをはじめる。 個室中に響いてちょっぴりうるさいかも。
「マイセンさんよくご無事で。 【旅と平和の神ルキャドナハ】、マイセンを無事に返してくれたことを感謝いたします」
ガラシャさんは胸にあるシンボルを両手で掴むと神様に感謝の言葉を言いはじめた。 たぶん毎日僕の無事を祈ってくれたんだと思う。
「マイセン……マイセン……マイセン……生きてた、生きてた」
そしてキャロはその場でエグエグ泣きだす。 腫れ上がった目でせっかくの美少女も台無しに……違う、泣きじゃくる美少女はそれもまた可愛らしい。
「助けに行こうと思ったんだ。 だが、その時にテトラがダークゾーンから匂いが近づくと言うから1度引いたんだが……」
「巨大なムカデが出てきたんですね」
僕が答えるとフレイさんが頷く。
シリクさんが横たわるサイクロプスの姿を見た事、そして巨大なムカデが僕が落ちていった穴に入り込む姿を見て、諦めざるをえなかったと謝ってきた。
僕が垂れ下がるロープを上手く登れなかったのが悪いんだし、こうして無事に帰れたんだからってみんなに笑顔で答えて、ひとまず謝れ続けるのは終わった。
「だけどよ、食料も水も無くてよく帰ってこれたな?」
そうなればやっぱり次に聞かれるのは、どうやって生き延びて帰ってこれたかを聞かれる。
なので僕はサイクロプスの棲家を抜け出したあと、アラスカさんと出会った事を話した。
「なるほど、それなら確かに。 しかしマイセンは運が良いな」
フレイさんにそう言われて僕も頷く。
ここで僕がまだ個室に入った場所にずっと立ちっぱなしだったから、僕のいつも座っていた場所に移動して腰を下ろした。
「心配した。 凄く心配した。 もう会えないんじゃないかって」
隣に座るキャロがまだ泣いていて、どうしたら良いか困ってしまう。
とりあえず話題を変えようと、麓に出たら兵士がいっぱいいて驚いた話をしてみることにした。
ところがこの話をしたところで、急に場が暗くなってしまう。
「ゼラチナス・キューブのとこで入手した手紙、あっただろう?」
「はい。 なんだか危険な魔物がいるとかいうやつですよね?」
「そうだ、そいつだ。 だが問題なのは実はそれじゃねぇ」
……え?
耳を疑いたくなるような事をシリクさんが口にする。 それはあのゼラチナス・キューブの事で、相当な時間をかけてあそこまで辿り着いたんだろうっていう事だった。
そして今まで通路を塞いでいたのだろうと……
つまり、あの後からかなりの頻度で巨大なムカデや巨大なゴキブリなどの虫が湧き出し始めているらしいという事だった。
「あんなのがたくさん……」
「そうだ。 だから、山は封鎖された。 だが、相手は虫だ。 そうなると相当な数がいるとみて間違いないだろう。 状況を重く見た国は軍隊を派遣してひとまず山から出てきた虫だけを駆逐する事に決めたんだ」
そうなんだ。 でもそれはおかしくないかな?
「あのダークゾーンの入り口を塞げば良いじゃないですか?」
「そこが冒険者と国の考え方の違いってヤツだ」
どういう事か聞くと、国はあの先に何があるのかを調査したいと考え出したんだそうだった。 これは正式には国の一部の研究機関が言い出したらしいのだけど、あのムカデを目の当たりにした冒険者はこれに反発。
結構な数の冒険者がこの町を出て行ったみたいだった。
「冒険者ギルドも当然これには容認できず、国が軍隊を派遣したというわけだ」
「じゃあ僕が目にした兵士たちは……」
「近々、命令が出次第ダークゾーンに突入するんだろうな」
未知の領域に、しかも危険とわかっている場所に行かなくてはならない兵士たちが僕には哀れに思えた。
「でもよ、さすがに5千つったっけ? それだけの兵が動けばなんとかなんじゃないか?」
「ダメだシリク、兵士の相手は基本的に人種が想定されていて魔物相手じゃないぞ。 魔物相手は俺たち冒険者の専売特許だ」
シリクさんの楽観的な考えをテトラさんが諌めてくる。
生還を喜ばれた話が一転して、今度はいきなり暗いムードにさせてしまったようだった。
「まぁ何はともあれ、マイセンが無事で本当に良かった」
フレイさんのこの言葉が締めになったように解散することになる。
みんなが宿に戻っていくのを見た後、キャロだけが残っていた。
次話更新はお昼頃にたぶんできると思います。 もし更新できなかった場合、夕方までには更新します。




