殺人
まさかこんなことになるとは思わなかった……
今僕たちの前に立ちふさがっている相手は、巨大な昆虫でも魔物でもなく、僕たちと同じ冒険者だった。
「なんで冒険者同士で戦わなきゃいけないんですか!」
「決まってんだろ……お前がムカつくからだよ」
「それで寄ってたかって冒険者になりたての彼と私をなぶり殺しにするつもり?」
「まぁお前さんは運が悪かったって思ってくれ」
そう言ってくる敵意むき出しの冒険者の数は5人いるうちの2人で、3人はさすがに止めに入っている。
「ちょっと待てよ! こんなことがバレたら奴隷落ちか死刑だぞ!」
「そうだ! 俺は、加わらないぞ」
「いくらなんでもこれはやり過ぎだわ!」
僕はキャロを庇うようにしつつ、武器を既に抜いて向けてきている2人に警戒する。
「安心しろ、バレやしねぇよ!」
「そうだ、ビビりすぎだぜ」
僕も一応念のために剣を抜こうとしたら、キャロが止めてくる。
「ダメ! 抜いたら相手の思う壺よ」
僕と違って、未だ冷静なキャロに言われて剣を抜くのをやめる。
「バカだなぁ? 魔物の奇襲を受けたとか理由なんかいくらでもつけられるんだぜ?」
「おい! マジでやめねぇなら俺は抜けるぞ」
「俺もだ。 いくら麓で恥かいたからといっても限度がある!」
相手の方も言い合いになっていて、3人は今にも立ち去りそうだった。
「お前らもバカだなぁ? この話を聞いた以上、お前らだって俺たちに着くか殺されるかしかないんだぞ?」
あまりに横暴なやり方だけど、今の一言は3人にも衝撃を与えたようで黙り込んでいる。
「どうすんだ? お前らも加わりゃ5対2で間違いなく勝って、その後は口を閉じてりゃその後は好きに生きていいさ」
もう1人がニヤニヤしながら反対していた仲間3人を見つめている。
「5対3だ。 俺はその2人助けられた恩がある」
不意に僕たちの背後から声がかかって、振り返るとリセスドさんが立っていた。
「俺は受けた恩を借りっぱなし、というのは性に合わん。 返させてもらうぞ」
「リセスドさん! ……凄くありがたいと思いますが、僕は戦う気はないです」
「バカねマイセン。 あの人も話を聞いた以上どちらかに着くしかないのよ」
「そのお嬢さんの言う通りというわけだ」
なんでこんなことになるんだ。 僕が一体何をしたっていうんだ。
そこへキャロが声を上げて迷っている3人に声をかける。
「そこの人たちも私たちに着けば6対2になるわ。 この場合、私たちに着けばあなた達は少なくとも気にやむ心配はないけど」
キャロの甘言は3人をさらに迷わせている。 2人の冒険者が苛立ちがピークに達し出しているのは見て取れた。
「じゃかましや! 死に晒せ!」
2人のうちの1人がキャロ目掛けて手にした武器を振り下ろしてくる気配を感じて、僕がキャロの手を引いてその武器の軌道から逸らさせる。
「キャロを……仲間を傷つけるのは許さない!」
そう言って僕は剣を抜いてしまった。
「おお、かかって来いよ。 昨日今日なりたての冒険者にやられるほど俺は弱くねぇぜ」
「そろそろお前らも覚悟を決めな! 俺たちとやり合うのか? それとも共闘するのかをよ!」
3人がどうするか迷っている。 しかも攻撃を仕掛けた以上もう後戻りができない。
なら少しでも多く証人がいたほうがいいに決まってる。
僕が一歩前に出ると、さっきキャロに斬りかかってきた冒険者が今度は僕に剣を向けてきた。
……集中するんだ。 相手の気配を読んで、それを断てばいい。
剣を上段に構えて気配を頼りに振り下ろした———————
「わはははは! どこ狙ってやがる。 全然間合いが届いてねぇぞ!」
今のを見ていたもう1人があざ笑う。
でも僕は……目の前の冒険者から気配が無くなったのを確認していた。
ズ……ズズズ……と崩れていって僕の前にいた冒険者が倒れる。 着ていた鎧には一切傷はついていないけど、冒険者本人の体は袈裟斬りに切れていた。
一瞬にして何が起こったとばかりに周りがざわつく。
「今のは真空波か? 違うな、そうなら鎧も切れているはずだ」
リセスドさんも今の一撃を見て自分なりに答えを導き出そうとしている。
「あなた達、残り1人よ! 自分たちの信念に従って!」
キャロは大して驚いていないようで、それよりも3人に声をかけた。
「んどりゃあぁぁぁぁぁあ!」
残った1人がさも僕に攻撃する素振りを見せたけど、それはフリで、気配で後ろにいる3人に斬りかかるのを感じた。
「うらぁ!」
「ハァッ!」
急に反転して3人のうちの1人に斬りかかる。 3人は何が起こったのかわからないで、身を守る姿勢を作るのが精一杯のようだった。
そして僕の剣は先ほどの冒険者よりもさらに数歩分離れた位置で、横薙ぎに振り払っていた。
ドサッと音がしてその冒険者の気配も消える。 改めて見なくても僕が2人の冒険者を手に掛けて殺したのが分かった。
状況が状況とはいえ、同じ人種を殺してしまった僕は剣を投げ捨てて、震える全身を抱えながらその場に両膝をついた。
「僕は……僕は……人を殺した、人を殺した、人を殺した、人を殺した、人を殺したんだ」
「大丈夫。 君は私たちを守ってくれただけ。 だから気に病まなくていいんだよ」
キャロが僕を抱きしめながら、優しく声をかけてくれていた。
次話更新は夜か、明日の朝6時頃になります。




