ゼノモーフの神となったディア
玉座の間に新たに現れた通路もやはりゼノモーフによって作り変えられた、まるで体内か何かのように思える作りになっている。
『気』を感じる事はなく、ただひたすら分かれ道もない道を進んでいくと行き止まりになっている。
“行き止まり?”
「そんな事はないと思うんだけど……キャロちょっと手を離すね」
ふと脳裏に魂抜きの籠手が鍵だという言葉を思い出して、籠手をつけた手の方で行き止まった壁に触れてみる。
バチッ! バチバチバチッ!
壁に触れた途端、壁から電気のようなものが走ってヒビが入っていき——ガラガラっと崩れた。
思った通りだ。 でもこの壁はこの籠手がないと崩せなかったというほどでないような気もするな。
“見て、マイセン”
ついさっきまで壁だった先は広間になっていて、その先には1人玉座のようにも見える椅子に腰を下ろしている。
外見は全身ゼノモーフのような黒く筋肉組織だけのようだけど、形状は人間と変わりがない。 以前キャロが腕と足がゼノモーフの様になっていたけど、進行すると全身があの様にゼノモーフの様になってしまうのだろう。
「アレがディアさんなのか……」
“私も死ななかったらあんな風になってたのかな”
ゼノモーフ……違う、ディアさんは俺たちに気がついているにもかかわらず襲ってくる気配がなく今の座ったまま見つめてきている。
キャロには刀の中に戻ってもらい、慎重に広間に入っていく。
「ディアさん、助けにきました」
首をかしげてくる。 言葉が理解できないんだろうか?
『助ける? なぜ?』
なんだか老婆と子供の声が混じった様な声で尋ねてきた。
『貴方は私の子供たちをたくさん殺してきた。 助ける……つまり私を殺しに来たのですね?』
「違います! ……違わないかもしれないけど、忘れたんですか? 僕が貴女の中にいたゼノモーフを殺した事を」
首をかしげて思い出す様なそぶりを見せてきた。
『ああ、思い出しました。 それならばもう大丈夫ですよ、おかげで——』
ディアさんが立ち上がる。
ゼノモーフの様になっているとはいえ、外見は裸体の人間の様なままだ。
『助かったのですから』
うん、と納得するかの様に頷いてゆっくり僕の方へ歩いてきた。
それを見て自然と手が刀に伸びる。
『お礼をしないといけませんね』
「お礼?」
『私を、救ってくれたお礼です』
ディアさんは僕が刀に手をかけているにもかかわらず、全く気にしていない様子だ。
『こうしましょう。 貴方に私の夫になってもらう、というのは如何です?』
ディアさんが僕を見つめながら、自身の身体をくねらせ撫で回しながら言ってきた。
「それのどこがお礼なんですか?」
『神格を得られます。 そして私は貴方のものです』
僕の触れられる距離まで来ると、刀を掴む手を取ってディアさんの胸に持っていく。
ゼノモーフの皮膚は硬そうに思ったけど、予想に反して柔らかかった。
『良い提案だと思いませんか?』
「ど、どの辺がですか」
『私の夫になれば、私は貴方の思うままに従います。 ただし条件として貴方の子種をいただきますが……』
頬っぺたに手を当てて照れながらそんな事をディアさんが言ってくる。
しかしそれはつまるところ僕にゼノモーフを生み出すための種馬になれと言っていることだ。
「僕はゼノモーフを殲滅してこの世から無くしたいと思ってます」
『なぜ?』
「なぜってディアさん、貴女だって元々人種の神様だったんじゃ無いんですか? ゼノモーフは人種を滅ぼしますよ!」
『私が人種の神? ふふふ、面白い冗談ですね、それとゼノモーフ……でしたか? 私たちは人種の滅亡は望んでいませんよ』
本当にわからなそうに首をかしげている。
そしてよくわからない事も言っている。 人種の滅亡は望んでいない?
『そんなことより契りを交わしましょう?』
ディアさんはもう完全にゼノモーフになっちゃっているんだろうか……
だとしたら、どちらにしたってやるべき事は1つしかない!
ディアさんから距離をとって居合斬りの姿勢を作る。
ディアさんの『気』はすでにここに来た時点で捉えてある。
「僕は僕のけじめをつけるために、ディアさん、貴女を倒す!」
『私を殺すの? そう、でも殺せるのかしら?』
居合斬りは『気』が読めれば直接魂に斬りつけるため防ぐ手段はない。 それを知らないからディアさんは余裕を見せているんだろう。
『それならこうしましょう。 まだ私の夫になっていないけれど、貴方がもし私を殺せなかったら負けを認めて契りを交わす、それで如何ですか?』
ディアさんのこの余裕は一体なんだろう。 しかも直感が了承してはいけないと言っている。
それはつまりディアさんに僕の居合斬りが通用しないという事を意味している。
——『気』が読めれば、神様だって殺してみせる。
そうだ、ありえない。 ありえっこない。
だというのにディアさんのこの余裕と僕の直感は無理だと告げてくる。
「なぜ僕なんですか? 貴方には【闇の神ラハス】様がいるんじゃないですか?」
『【闇の神ラハス】? たぶんその神なら貴方同様、私に挑んで敗北して……自らの消滅を選んでしまいましたよ』
ほらとでも言うようにこの広間の片隅を指差してくる。
そこには1人の男性が倒れていた。
僕は【闇の神ラハス】様の姿を見た事なんかないから、それが本物かはわからない。
だけどこの場所に簡単に辿り着ける存在がそんなにいるわけがないところから見ても、まんざらウソだとも思えなかった。
『どうしますか?』
愕然としている僕を見てとったディアさんが、それでも挑むのか聞いてくる。
「契りを交わして僕が夫になれば、なんでも言う事を聞いてくれるといいましたよね?」
『ええ! その気になってくれましたか!』
たぶん僕の力ではディアさんに勝てないのかもしれない。
だったら……
「夫となり契りを交わしたら、なんでも言う事を聞くと言いました。 なら、僕と一緒に死んでもらえますか?」
これなら確実だろう。




