シスターテレサを連れて
屋敷に戻るとスカートの裾を上げてお辞儀してくるレディマトゥルの姿があった。
「屋敷を取り戻していただき感謝いたしますわ、マイセン」
そう言って笑顔を見せてくる。
屋敷で見ると改めてどこからどう見ても貴族令嬢にしか見えないレディマトゥルだけど、その特徴的な白い肌と爛々と輝く赤い目で人種ではないとわかる。
「いいえ、俺は母さんの仇を取りに来ただけですから」
そして例の地下室へと向かう。
ベッドに寝かされているシスターテレサの亡骸を改めて見つめると、ハーフだけあってエルフのような美しさに加えて人間らしいメリハリがしっかりした裸体に嫌でも目が止まる。
“スケベーな顔になってる”
「ふぁっ! そんなつもりじゃ」
“うん、まぁわかるよ。 シスターっていつも身体の線がわかるような格好してなかったからね?”
これ相槌を打ったらダメなやつだ。 実際返事を返さなかったら小さくチッとか舌打ちが聞こえたし。
それはさておいて問題はどうやって運ぶかだ。
とりあえず裸のまま運ぶっていうわけにもいかないんだけど、見回す限りこの地下室に服なんてなさそうだ。
「お母様ので良ければありますわよ?」
サイズが合うかわかりませんけどと言ってレディマトゥルが地下室から出て取りに行ってくれるようだ。
「服を着させたとして、持ち上がるのかな? 試してみるかな」
“なんだかんだ理由つけて触ろうとするね”
「ち、違う、そういうつもりじゃないよ」
本当はちょっとだけそういうつもりもあったんだけど……
「とりあえず死後硬直はしてないんだよ……ね?」
もにゅっと胸を揉んでみる。
うん、やわらかぁぁぁ……
“死後硬直してないか調べるのになんで胸を揉んでるのよ!”
「いやぁ……1番わかるかなぁと」
“関節を動かしたほうがわかりやすいし、それじゃあナーサイヴェルと同じじゃない”
い、1番言われたくないことを……
でもとりあえず柔らかいままで、硬直していないことはわかった。 しかしなんで硬直しないんだ?
「服を持ってきましたわ」
「うおわぁ!」
レディマトゥルの『気』が感じ取れないから急に声をかけられたりすると非常に焦る。
「あ、ありがとうございます」
さて、そうなると次は服を着させないといけないわけなんだけど……
“私がやるよ、マイセン”
「お手伝いいたしますわ」
と、こんな感じで2人してまるで俺を遠ざけようとしてくる。
これが女の連帯感というやつなのか、困るね本当に。
“いいよマイセン”
挙げ句の果てに後ろを向かされていた俺が振り返ると、ドレスみたいな服を着たシスターテレサの姿があって、その姿はどこからどう見ても死んでいるなんて思えないほどだ。
“なんだか今にも動き出しそう”
「本当ですわね」
すっかり打ち解けあってる。 やっぱりアンデッド同士だからかな?
「とりあえず背負ってみるよ」
まさか母親のようなシスターテレサを袋か何かに入れて引きづるなんてできるわけがない。
よっこいしょと持ち上げてみると思った以上に軽く、そして柔らかな胸が背中に当たってくる。
そして俺の肩にシスターテレサの顎が乗っかって、すぐ横を見ると顔が覗けた。
やっぱりシスターテレサって美人だよなぁ。
改めて思いながら、さすがに時間をとりすぎたから急いで戻ることにした。
屋敷の入口まで来てまだ日中だったことを思い出して振り返ってレディマトゥルを見ると、真っ黒なフードのついたローブを身につけて全身を覆っている。
「これで日中でも大丈夫ですわ」
そんなので大丈夫になっちゃうんだ。
もちろん陽の光が僅かでも当たるだけでも大火傷を負ってしまうそうだ。
それに対して日中でも問題ないキャロ、というかゴーストは凄いもんだ。
“しばらく私、刀から出てこないからお父さんの事もよろしくね”
いうなり姿を消してしまう。
そしてそのキャロの父親の場所に向かうと驚くべき光景を目の当たりにする。
それはバラバラにしたはずのナーサイヴェルの死体がどこかに消えてなくなっていた。
まさかまだ生きているのか!?
辺りを見回してみたけど見当たらず、ギルガメシュさんに教わった追跡技術で足跡なりを探してみたけど、それでも何も見当たらない。
まるで消えてなくなったようだった。
「レディマトゥル、できるだけ急いでここを離れましょう」
「その方が良さそうですわね」
その前に……
倒れたままのキャロの父親を揺すってみる。
「む、うう……っは! ここは?」
「キャロのお父さん、急いでここを離れます。 立てますか?」
俺の姿に驚いた顔を見せたと思うと、キャロの事を聞いてきた。
「キャロならしばらく刀から出てこないそうです」
「そうか……私は父親失格だな。 それよりナーサイヴェルはどうした?」
倒してシスターテレサを連れ戻してみたら死体が消えていたことを話すと、状況を理解した様子で頷いてきた。
ここから急いで戻ってもウィンストン男爵領まで2日はかかる。
シスターテレサを背負っているから、俺の疲労も考えると更に時間がかかるかもしれない。
「とにかく死体がないのなら急いだ方が良さそうだ。 その女性は私が持とうか?」
「いえ、母さんは俺が運びます」
急ぎめに移動しているとキャロのお父さんが見捨てて逃げようとしたことを謝ってくる。
ゴーストになっているとはいえ娘は娘なんだろう。 それに家族を思ってナーサイヴェルについたぐらいだ。
「俺も無事だったんですから俺はもういいですよ。 それよりも……」
問題はキャロだ。
今の会話は聞こえているはずだけど姿は見せてこないところから許していないんだろうな……
そろそろ日が落ちだして暗くなってくる。
半ば道なき道を歩いているため夜道を歩くのは迷いかねない。
休むのに良さそうな場所を見つけたからそこで一息つくことにした。
「ここで今日は夜が明けるのを待ちましょう」
「うむ、ここなら何もない平原よりは良さそうだ」
「わかりましたわ」
相変わらずキャロの返事はないままで、苦笑いを浮かべるキャロの父親が少しかわいそうに思えた。
夜営の準備を済ませた頃には完全に日も落ちきって、レディマトゥルも今はローブを脱いでいる。
「てっきり貴族令嬢だから、道中もっと疲れた休ませろとうるさいんじゃないかとばかりだと思っていた」
「ヴァンパイアになってからは疲労というのは感じなくなったようですわ」
「それは便利なものだな」
俺の知っている貴族といえばレディマトゥルの兄であるギルガメシュさんしかいない。
そのギルガメシュさんも冒険者をやっているから、貴族がそんなに体力がないなんて知らなかった。
「見張りはどうしますか? さすがに俺1人では無理なんで……」
「もちろん私も手伝うよ」
見張りの段取りを話し合おうとした時、レディマトゥルが見張るから休んでいるように言ってくる。
ヴァンパイアになると睡眠は必要なくなるらしい。
俺もキャロのお父さんもその好意に甘えることにした。
そして特に何事もなくウィンストン男爵領に俺たちは戻ってきたのだった。




