死姦
1人で先へ進んでいくと、言われた通りの場所に地下室に通じる通路が見つかる。
“さっきのは一体どういうことよ。 まるで勝てないみたいな言い方だったじゃない”
さっきから何か言いたげに浮遊しながらついてくるキャロが、ついに我慢できなくなったようで地下室に通じる通路の前で聞いてくる。
「俺はもしかしたらナーサイヴェルに勝てないかもしれないんだ」
“それ、どういう意味?”
最初にナーサイヴェルたちがいた部屋に入る前に俺は部屋の中にいる人数を5人の気配を感じ取った。 ——だけど実際には6人だった。
そしてナーサイヴェルが去った後、しっかり5人分の『気』がちゃんと感じ取れていたとなると、ナーサイヴェルはアンデッドか何かの類で『気』が感じ取れないという事になる。
“なに? じゃあマイセンはナーサイヴェルがアンデッドだって言うの?”
「さすがにそれはわからないんだ」
『気』は感じ取れなかったという事は、攻撃を予測出来ないし、居合斬りはもちろん『気』で斬るのも出来ない事になる。
“そう……”
キャロは頷きこそしたけど、俺に行かないでとは言わなかった。 それは俺がここに来た理由を1番よく知っているからだと思う。
「いいかな? もし俺がやられたとしてもキャロは絶対に出てきたらダメだよ」
もしナーサイヴェルにキャロの存在が知れたら、間違いなく刀は父親の手元には戻らなくなると思う。
頷きはしたもののキャロは納得いかな気に見えた。
「もし納得してくれないのであれば……刀はお父さんに渡してからいく」
そうすれば嫌でもキャロはついてこれない。
“そんな事をしたらマイセンの武器がなくなるだけじゃない! わかったわよ、この死にたがり!”
別に俺は死にたいなんて思ってないけど、これでどうにかキャロは約束を守ってくれそうだ。
正直なところ、『気』を通しやすいこの刀という武器以外を使うのに抵抗がある。
地下室に通じる道に足を伸ばして進んでいく。
真新しい壁からして、明らかに元々はなかった通路なんだろう。
そして、最奥部にあたる大きな部屋にたどり着くと、大量のロウソクに日が灯されていて地下室だというのにかなり明るい。
見回すとまず目についたのが大きくてフカフカのベッドで、その上に人が1人横たわっているのがわかる。
慎重に近づいて見た瞬間、その横たわる人を見て驚愕した……
「か、母さん……」
横たわっていたのは紛れもなくシスターテレサだった。
切断されたはずの首は傷跡もなく繋げられていて、衣類の類は着せられていなくて裸体を晒している。
「母さん! シスターテレサ!」
そっと顔に触れると今にも目を覚ましそうなほど柔らかい。
まるで死んだのは嘘で、生きて眠っているみたいだ。
「どうです、美しいでしょう? 彼女は私の最高のコレクションの1つになりましたよ」
不意にベッドの反対側からナーサイヴェルが突然姿を見せる。
思った通りやっぱりナーサイヴェルからは『気』を感じ取れなかった。
慌ててベッドから距離をとって離れると、変わってナーサイヴェルがベッドの上に上がりだし、シスターテレサに口づけをして見せてきた。
「きさまぁぁぁぁぁァァァァ!」
『気』を感じ取れないまま刀に手をかける。
「まぁまぁまぁ、そういきり立たなくてもいいじゃないですか? 彼女の事を母親と言うのなら、私はもう……君の義理の父親のようなものなんですよ?」
ナーサイヴェルがシスターテレサの身体に触れながら、そんなふざけた事を口にする。
「ほら、見てごらんなさい。 私と彼女が愛しあった証ですよ」
シスターテレサの足を開いて見せてくる。
思わず拭き取れよと思いつつ、走馬灯のようにシスターテレサとの思い出が蘇ってくるのと同時に、あの優しかったシスターテレサを殺し、更にその亡骸を冒涜し続けている事に怒りが込み上がってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は刀を抜いてただがむしゃらにナーサイヴェルに斬りかかった。
『気』が感じられなかろうが構やしない。 ——こいつだけは絶対に殺す!
「おおっと、危ないじゃないですか。 大切なお母さんに傷でもついたらどうするんですか?」
「うるさい! 母さんに触るな! 離れろ!」
「……ふぅ、やれやれ。 これは少しお義父さんがお仕置きをしてあげないといけないようですね」
チュッとわざとらしくシスターテレサに口づけをしたあと、ナーサイヴェルはベッドから降りて俺に近づいてくる。
刀を構えて横薙ぎに一振りしたけど、ナーサイヴェルにあっさりと避けられてしまう。
「お義父さんに向かってそんなおもちゃを振り回したら危ないでしょう!」
ナーサイヴェルが手を振り上げてくる。
その手を躱そうとしたけど、振り上げた手に気を取られて反対の手で胸ぐらを掴まれたこと気がつかなかった。
パ———————————ッン!
頬にとんでもない激痛が走り、頭がグワングワンするところを更に今度は逆からひっぱたかれる。
いわゆる往復ビンタだ。
ただビンタと言うのなら可愛いもので、その一発一発はまるで鈍器か何かで殴られているようなほどの衝撃が襲ってくる。
「この、——馬鹿者がっ! 馬鹿者がっ! 馬鹿者がっ!」
バシッ! バシッ! バシッ!バシッ!
もはやお仕置きでもなんでもない。 俺を殺す気でやってるんじゃないかと思うほど、何度も何度も叩かれ意識が朦朧としてきたところで最後にトドメと言わんばかりに強くひっぱたかれて、やっと掴んでいた手を離される。
そこまではいいけど足に力が入らず膝から崩れた。
薄れていこうとする意識を必死に繋ぎ止めている俺をよそに、静かになった俺を見てナーサイヴェルは満足そうな顔をするとシスターテレサの方へと戻っていき、おもむろにズボンを脱ぎだす。
「や、やめろォォォォォォォォ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の叫びも虚しく、俺が見ている目の前でナーサイヴェルはシスターテレサの亡骸をもてあそび始めだした。
「嗚呼、何度抱いても君は素敵ですよ! 最高だ!」
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 殺してやる! 絶対に貴様を殺してやる!」
必死に俺が叫び続けていると、行為をやめてナーサイヴェルが近づいてきた。
「集中できないでしょう! おとなしく見ていられない悪い子には追加でお仕置きをしないといけませんね!」
『気』が読めない以上、本来当たり前のはずの目で見てナーサイヴェルの拳を躱す。
先ほどから俺を殺そうとしてこない理由はわからなかったけど、俺を侮りすぎたのが間違いだ。
しかしそれは俺が浅はかだっただけで、最初の拳は囮で次の一手が俺に迫る。
「こんな簡単な囮に引っかかるとは!」
確かに俺は今まで『気』による戦いに頼りすぎているのかもしれない。 ——しかし、『気』は読めなくても見えさえていれば限界領域で避けることは可能だ!
瞬間的に時の流れが遅くなり、その一撃を躱して限界領域を解く。 ——そして、
「剣圧!」
『気』による圧力の塊をナーサイヴェルに叩きつけた。
もともと衝撃波や剣圧はアンデッド用に思いついたものだ。
さすがにこの至近距離で叩き込めば無傷で済むはずがない。
「やった!」
そう思ったのもつかの間、片膝をついた姿勢のナーサイヴェルがユックリと俺の方に顔を向けてきた。
「今のは少しばかり、痛かったじゃありませんか?」
立ち上がったナーサイヴェルがボロボロになったシャツを脱ぎ捨てて素っ裸になる。 その身体には傷一つついていない。
「む、無傷……」
「無傷ではありませんよ、そう、少なくともシャツが破れて着れなくなりました。 ——それより君、今のはなんです?」
先ほどまでの表情とは違い、明らかに警戒しているように見える。
絶対に当たっているはずだった一撃が躱された事の違和感に気がついたのだろう。
そして俺は俺で今ので仕留められないとなると、残る手段は限界領域で回避しつつ、刀で直接斬るしかない。
または限界領域を使ったままナーサイヴェルをたおす
だけど先ほどの往復ビンタのダメージが残っているところに限界領域を使ったのが不味かった。
急速に意識が遠のきだし——
そして、俺はみっともなくその場に崩れ落ちた。




