目的優先
宿場町が遠くに見えてくる。
警戒するように言って、ディルムッドは槍をリセスドは腰に吊るしていた鞭を、トラジャはトーチャクラブを取り出して顔をニヤつかせて、セドリックもスリングショットを振って見せてきた。 スカサハも短槍を持って、猫ちゃんを守るようにしてゲッコとガーゴは言うまでもなくゼノモーフの槍を構えている。
そして俺自身もいつでも戦えるように刀を抜いておく。
……だというのに今もまだセーラムはチュニック姿のままで、平然と歩いていた。
「セーラムそろそろ武装は……」
「良いの良いの」
伝説の英雄がそう言うのなら良いのかな……
気配を感じて俺が足を止めるとみんなも足を止める。
「この先10メートルぐらいにわかるだけで20体いる」
「人かもしれんぞ?」
「そりゃ飛んだ冗談ですな、もし人ならとっくに宿場町なんかにいないで霊峰の町に逃げ込んでるってもんでしょうに」
トラジャとセドリックがそんな冗談めいた事を言い合っている。
「なら回り道をしたらどうだ?」
リセスドが提案してくる。 もちろんそれが良いんだろうけど、宿場町を回り道するとなると嫌でも森を抜ける事になる。
「ゼノモーフは匂いには敏感なの? もしそうでないなら全員の姿を消して宿場町を抜ければ良いと思うんだけど?」
セーラムの疑問に今更ながら俺はゼノモーフの生態についてわからない事が多い事に気がつく。
「それなら私が偵察ついでに試してこよう。 気づかれた場合は引き返してくるからその時はお主らに頼むぞ?」
ドラウ特有な妖艶な笑顔で俺に向かってニコリと笑ってみせると魔法を使いだす。
「我触れし者、物を視界より消し去れ! 不可視化」
ドラウの女性は生まれ持ってソーサラーの素質がある。 スカサハはあまり魔法は得意ではないと言っていたけど、それはもしかしたら使える魔法が盗賊というクラスに合った魔法が多いからなのかもしれない。
姿は見えなくなったが今も俺の近くにいるのは気配でわかっている。
俺がスカサハの方を向くと離れていった。
「女ドラウの盗賊で、魔法が使えるというのは実に羨ましい限りですなぁ」
セドリックはスカサハが盗賊だと見抜いていたようだ。
「そういやぁお前さんは一体何者なんじゃ?」
「いやはや、今更それを聞かれるとは思いもしなかったですなぁ……はっはっは」
そういえばセドリックだけ素性がわからない。 普段は穏やかそうに見えるけど、この間の魔導門を抜けた時に見せた反応速度と対応力は常人を逸脱していたように思える。
「……いや〜裏稼業の人間なんで、秘密……ってわけにゃいきませんかな? はっはっは」
「素性もわからん、教えはできん、お前さん信用がなくなるぞい?」
トラジャの雰囲気が一変して警戒する態度に変わる。
「サハラに選ばれた人だから警戒する必要はないと思うわ。 私にはだいたい予想ついたしね」
「さすが伝説の英雄セーラム女帝様といったところですなぁ。 まぁリーダーのマイセンと似たようなもんですわ、はっはっは」
俺と同じ? という事は考えられるのは転生者……それもサハラ様と関係があるのなら、俺とも接点があるのかもしれない。
偵察から戻るのを待っている間暇になって、今更ながらトラジャにディルムッドとは知り合いか聞いてみると、お互い名前は知っている間柄程度だった。
「地下世界にいたからって誰とでも知り合いってわけじゃないわい」
「まったくだ、それに前にも話したと思うが、その昔は女尊男卑のドラウの社会で男は奴隷のようなものだった。 己の自由はあまりない」
あっけなく解決してしまい話が途切れてしまう。
「ちょっと偵察だけのししょーの帰りが遅いと思うにゃりよ」
話が途切れたタイミングで猫ちゃんが訴えるような目で見てくる。
確かに姿を消して見つからないかを確認するだけにしては時間がかかりすぎていると思う。
そう思った矢先にこちらに近づく気配を感じて、気配の方を向くと姿を表してスカサハが戻ってきた。
「問題発生だ」
戻るなりそんなことを言いだす。
スカサハの報告をまとめると、不可視化でゼノモーフに見つかる事は無いようだ。
だけどここからが問題で、宿場町にはゼノモーフがとんでもない数いるらしい。 そしてそこにはふた回り以上大きいゼノモーフの姿もあったという。
それを聞いて俺がディルムッドを見ると頷いてきた。
「ゼノモーフの女王だ」
でもそうなるとおかしい。 ゼノモーフの女王はディアさんのはずじゃ……
「増える前に倒しておくべきか?」
確かにリセスドの言う通りここで倒しておくのがいいのかもしれない。 だけど……
「無視しよう。 助けを求める人が居でもしない限り、姿を消してここは素通りして本来の目的を優先する」
ここで女王を倒したところで終わりになるわけじゃない。 それにもしも俺の予想が正しければ、ゼノモーフの女王は他にも表れているはずだ。
全員がセーラムのそばに近寄ったところで離れすぎないことと、声は隠せないこと、激しい動きをすると姿が現れてしまうことをセーラムが注意してきて全員が頷くのを確認してから魔法の発動詠唱をする。
セーラムもソーサラーらしく、ウィザードのように魔法の記憶や呪文詠唱は必要ないようだ。
「者、物を視界より消し去る球体よ、我が中心に現れよ! 不可視球体」
セーラムが使ったのは範囲に効果を及ぼす不可視化の魔法らしい。
……何も変化を感じられない。
セーラムとスカサハ以外はキョロキョロしている。
「これで見えてないのか?」
「何も変わりがなさそうじゃが、これで消えたのか?」
セーラムがやれやれとポーズとため息をついて見せてから俺を見て頷いてくる。
「行こう!」
俺が歩きはじめるとゲッコとガーゴが後に続いて、その後をセーラムが続く。
他の人も気配でついてきているのは確認できているから特に振り返りはしなかった。
次回更新は明日を予定しています。




