迷宮の町を目指して
見張り以外がまだ寝静まっている頃、俺たちは孤児院の外壁の前に集まる。
そこにはもちろん腰から2本の剣を下げて、背中に2本の槍を背負ったディルムッドの姿もある。
「キャス様は間に合わなかったみたいかな?」
「えっとね、ここら辺どいてって言ってるよ」
セーラムに言われてみんなが少し離れると魔導門が現れて、キャス様ともう1人の女性が姿が出てきた。
「レイチェル様!? 何故こちらに」
「久しぶりねアラスカ。 キャスに言われてね、貴女の出産までの間お手伝いしにきたのよ、ん?」
「そういう事。 【愛と美の神レイチェル】は現状でも治癒魔法も使えるからね」
一緒に来た女性はとても愛らしい顔をしたごく普通の村娘のような格好をしていて、なんとその女性こそが【愛と美の神レイチェル】様だった。
「貴方がマイセンね? ふーん……へ〜……セッターとは雰囲気が全然違うのは当たり前かしらね?」
そんなことを言いながら俺の周りをグルグル回って眺めている。
「【愛と美の神レイチェル】様、アラスカを……妻と子供達をお願いします」
正面に来て覗き込んでくる【愛と美の神レイチェル】様に頭を下げる。
「うんうん、アラスカも良い人見つけたのね、ん?」
どうやらアラスカは【愛と美の神レイチェル】様とも知り合いらしい。
セッターの娘であれば当然といえば当然なんだろう。
「アラスカ、行ってくる。 まぁ今回はすぐに戻れるから心配しないで」
「夫を心配しない妻がいるとでも思うのか?」
「わかったよ、でも心配しすぎてお腹の子供たちまで心配させないようにね?」
「……わかった……わかりました、あなた」
当然この会話は集まっている人たち全員に聞かれていてニヤニヤされている。
ディルムッド以外は……
「それじゃあそういうわけで、討伐メンバーの人たちは頑張って行ってこよーかぁ!」
そしてお気楽な雰囲気のキャス様がディルムッドが加わっていても全然気にしないでいる。
そのため俺がキャス様と討伐メンバーにディルムッドの事を紹介すると、あっそ程度の反応で終わってしまった。
メンバーは俺とディルムッド、セーラムにトラジャ、セドリック、リセスド、そして猫ちゃんと……あれ?
「スカサハ、さん?」
「なんだ? 弟子が行くのなら師である私も行くのは当然の事だろう?」
そういうものなんですか?
「それじゃあ俺の指示には従うと約束してもらえるのであれば、同行を許可します」
「……了承した」
一瞬だけホォとでも言いたげな顔を見せてから答えてきた。
なんだかんだで全員で8名になってしまう。 そこに加えてゲッコとガーゴで総勢10人だ。
「あはは、これじゃあもう小隊だね。 それじゃあ小隊長殿、よろしく頼むよ」
陽気なキャス様に出発をせがまれるように俺たちは外壁を出て行く。
町ではなく街道に沿って目指すは宿場町、そして迷宮の町だ。
ゼノモーフの姿も気配も見当たらない中、近づいてくる気配が2つある。
そしてすぐにそれが馬に乗ったギルガメシュさんだと気づいた。
「マイセン! 貴様がいない間俺様が責任を持って貴様の妻は守ってやるから、安心して行ってこい! 後方の憂はすべて俺様に任せておけ!」
「よろしくお願いします!」
それだけ伝えてくるとギルガメシュさんは馬を翻して孤児院へと引き返していった。
「実に良いお仲間をお持ちですな」
「マイセンとギルガメシュの仲はもはやおホモだちレベルにゃりよ?」
「ホッホー! 儂らのリーダーは両刀使いじゃったか!」
「ち、違います! そういう間柄じゃないですから! 猫ちゃんも変なこと言わない!」
「怒られちゃたにゃり」
笑いが溢れながらまるで散歩のように街道を歩いていく。
間も無く宿場町に到着する頃になって全員に隊列を作るように指示をだす事にした。
「司祭がいない状況だから、怪我はしない様に気をつけて行動してください。 ちょうど数も揃っているから、最低でも2人1組で行動するように。 それと猫ちゃんの護衛を最優先で頼みます」
全員が頷いてな何も言わなくても猫ちゃんを中心にした陣形を取りだした。
先頭はもちろん俺で、7つ星の騎士のように敵の接近に気づける。
そのすぐそばには未だチュニック姿のままのセーラムが歩いている。
「ん、なに?」
「その、武装しなくて良いのかなって……」
「うん、良いんだよ」
アラスカとは違って可愛らしい顔で見つめられると目を合わしていられなくて、視線を逸らしてそうなんだって返事するしかできなくなる。
「ね、限界領域ってさ……何かしらのデメリットがあるでしょ?」
エッて驚いてセーラムを見つめる。
「やっぱりねぇ」
セーラムは指をピンっと1本立てて、ふふんとばかりに分析して見せてくる。
「キャスの魔導門後にゼノモーフを倒していなかったからね。 あんな力がいくらでも使えれば私たちが来る前に倒しているはず、だよね?」
「単に使わなかっただけかもしれませんよ?」
「急に敬語口調になったらバレバレ。 言いたくないのなら別に良いけどさ、一応マイセンは私のお兄ちゃんの転生者で、その妹であるアラスカの夫なんだからね? 悲しませるような事はさせたくないの」
セーラムはどうやら俺の事を心配してくれているようだ。
「そのさ、お兄ちゃんって……?」
「ん〜、私がまだ小さかった時からずっと一緒だったから、お兄ちゃんみたいな存在だったの。 ちなみにサハラはパパ、1度は好きになった事もあったけど、サハラは私の事を娘としか見てくれなかったみたい」
セーラムが色々と教えてくれる中でふと気になった事があった。
「セーラムはサハラ様が記憶障害を起こして行方不明になったっていうのに悲しんでないんだね?」
「サハラは、パパは強いからね。 記憶障害を起こしたとしても何処かできっと上手くやっているって信じてるから」
二パッと可愛らしい笑顔を見せてくる。 その笑顔にほんのわずかも疑っている様子は見られなかった。
次回更新は明日10日の予定です。




