限界領域
それはバランスを崩して倒れてしまったカルラが、ゼノモーフの攻撃を受けそうになったところをディルムッドが次元扉で間に飛び込んだせいだった。
泣いて叫ぶカルラをディルムッドは苦しそうにうめき声をあげながらも槍は手から離さずカルラを守ろうとしている。
「マイセン!」
「はい!」
僕が前線に戻り、その間にスカサハさんが猫ちゃんとディルムッドとカルラを引きづって後退させる。
「誰か治癒を!」
そんなスカサハさんの声が聞こえた。
だけど周りも治療が必要な人も多く、今もなおたくさんいるゼノモーフの前に孤児院を守りきるのはもう無理に思えるような状況になっていた。
ゲッコとガーゴを目で探すとゲッコが倒れていて必死に守るガーゴの姿が見えて、ギルガメシュさんも重傷を負った自分の戦闘奴隷を守ろうと必死に戦っている。
他の戦いに加わっている仲間も数名が倒れている姿が見えて、安否はわからない状況にまでなっていた。
このままじゃ時間の問題だ……
今あれを使わないでいつ使うんだ。 それに使ったら死ぬとは限らないじゃないか!
「ギルガメシュさん! 1つだけ逆転の手段があります」
「今は忙しくてな、手が離せん。 言ってみろ」
ゼノモーフと戦いながら声だけが返ってくる。
「後を頼みます! もしもの事があったらアラスカには謝っておいてください!」
「おい貴様! 何をするつも……」
言い終える直前で僕は『気』を集中して、僕自身が加速しているんだか、周りが遅くなるんだかよくわからないけど、全てがまるで止まったかのようなスローモーションに変わる。
僕はこの技を限界領域と呼ぶことにした。
僕が倒れるのが先か、ゼノモーフ全部倒しきるか……
それがタイムリミットだ!
この技を使っている限り、ゼノモーフの返り血すら心配する必要はない。
何しろ体液だか血だかわからないけど、吹き出す頃にそこに僕はもういない。
ただ仲間たちの側にいるゼノモーフだけは居合斬りで片っ端から全部倒しておかないと、リミットが切れた時何も知らないまま突然酸が降り注いだりしたら大変だ。
スローモーションのためまだ倒れてはいないけど、『気』は感じられなくなっているから間違いなく倒しているのは確認できる。
次に未だ門から入り込もうとしてくるゼノモーフの群れに向かって衝撃波を使い、まだまだたくさんいるゼノモーフたちを纏めて『気』の波で切り刻んだ後、避けながら門の外に残っているゼノモーフを駆逐しに向かう。
外壁の外に出るとまだこれだけいたのかと驚くほどの数がいて、急いで衝撃波を使って広範囲攻撃でゼノモーフを倒していく。
まだこの状態は続くみたいだから、気配の残りが見つかれば倒していった。
よし……辺りの『気』を探ってみる限り、おそらくこれで全部倒しただろう……
「これで多分全部倒した……は……ず……」
気を抜いた瞬間意識が遠のきだし、ギルガメシュさんの怒鳴る「……りだ!」が聞こえたところで僕の意識はぷっつりと途切れた。
俺様が声をかけ終わった時は既にマイセンの姿は見当たらなくなっていた。
どこに行ったかと見まわそうとした瞬間、驚きの声があちこちから上がっている。
それもそのはず、あれだけの数がいたゼノモーフの連中が次々と崩れ落ちていき、門の方にいたゼノモーフたちも斬り刻まれ酸を吹き出させながら既に事切れて倒れていく姿が見えたからだ。
これは間違いなく姿は見当たらないがあいつがやったことだろう。 探そうとも思った、だが今優先すべきは……
「怪我人は早く治療してもらえ! まだ残りがいるかもしれん、気を抜かずに今のうちに体勢の立て直しをしておけ!」
状況が飲み込めない俺様は、一番何かを知っていそうな元俺様の奴隷に問いただそうと思ったが、思った以上に重症なディルムッドの事でそれどころではなさそうにみえる。
そうなれば残るはこのドラウの女か。
「貴様! 知っていることを吐け! これはあいつがやったことなのか? あいつはどこへ行った!」
「一応初対面ではないが……そこまで慣れあった関係でもないというのに随分な態度を見せてくれるものだ」
「御託はいい、さっさと知っていることを貴様は言えばいい」
「まったく……これだから貴族という奴は……まぁ私も詳しくは知らんのさ」
使えん女だ。
ゼノモーフの死体は外まで続いていて、未だに1匹たりとも向かってこないということは……外壁の外なのか?
鼻をツンとつく酸による匂いと煙が立ち上る中、ゼノモーフの死体を踏みつけながら外壁の外に出て見回すのだが……
「どこだ……死体だらけで見つからん……ん?」
俺様の視界の先に見覚えのある女の姿が見える。
あいつは確か……
そうだ、バケモノと融合した女だ。
死んだと聞いていたはずだが、まさかこのバケモノを連れてきたのもあいつが?
弓を構えて狙いを定めるが、避けようとも逃げようともしない。
それどころか必死に何か叫んでいるようにも思える。
弓を構えながら慎重に近づいていくと、声がやっと聞こえる距離まできて理解した。
“お願い! マイセンを助けて! ここに居るの! お願い!”
罠か? とも一瞬考えたが、俺様の直感が違うと言っている。
弓を構えながら近づいていくと、女は薄っすらとした姿に浮遊していてゴーストだとわかり、必死に指差す先に目を向けるとマイセンの奴が血塗れで倒れていた。
「マイセン!」
この際ゴーストは放っておくことにして、見た目で危険な状態のマイセンを優先するために駆け寄る。
“詳しい説明は後でするので、今はマイセンを!”
どうやら本気で心配しているようなのは間違いなさそうだな。
「わかった! 運ぶから手を貸せ!」
“貸せたら私が助けてますから!”
「これは俺様とした事が……しかし俺様1人だと少しばかり厳しいか?」
背負ってみたもののマイセンの奴、鎧のせいか見た目よりも重い。
「助けを呼んで来たにゃりけど、今の女の人の声は誰にゃり?」
なるほど、あのゴーストはどうやらできるだけ自身の存在を明かさないようにしているといったとこか?
それとドラウの女の弟子だったか、猫獣人が声を聞きつけたわけだな。
駆けつけた俺様の奴隷が代わりにマイセンを運びあげ、急いで治療に戻ることにした。
戻る時に改めて周りを確認する。
ざっと見積もっても200匹ほどはいただろう。 それをコイツはたった1人で一瞬にして倒したというのか。
それよりも早くコイツを治療して生きて目を覚ましてもらわねばなるまい。 万が一死なれでもしたら俺様がこいつの嫁である7つ星の騎士に責め立てられかねん。
女の恨みほど恐ろしいものはないのは昔に嫌という程味わったからな。
次話更新は22日木曜の予定です。




