とんぼ返りデス
翌朝、僕が準備を整え終えてアラスカに目をやると、未だ焦点が定まらない様子でベッドに横たわったままでいる。
意識はあるものの身体を起こせないらしい。
僕はスカサハさんとの待ち合わせの時間があるため、アラスカが持ち直すまで待っているわけにはいかなかった。
「私はもう少し休めば大丈夫だから気にしないで……行ってらっしゃい、あなた」
「うん……」
一度そのまま部屋を出ようとしたところで引き返して、ベッドに横たわるアラスカの元までいって口づけをする。
「待ってるから」
「できるだけ急いで君の元に駆けつけるよ」
宿屋を出て離れの馬小屋に向かい、ゲッコとガーゴをフォローしたところでグアグア2匹が声をあげてくる。
「大丈夫だよ、アラスカちょっと用事があってしばらく離れるだけだから」
もちろん言葉がわからないゲッコとガーゴは、首を傾げはしたもののフォローしようとしない。
困っているとキャロが出てきて2匹に説明をしてくれて納得したようで僕についてくるようになった。
ここで驚いたのはリザードマンが思っていた以上に仲間なんかを大切にするんだということだ。
普段隣にアラスカがいるのが当たり前になっていた僕は、今は1人で歩いていて後を2匹がついてきている。
冒険者ギルド前に着くとスカサハさんと猫ちゃんが既に待っていて、僕の姿が見えると猫ちゃんがぶんぶん手を振ってきた。
「お待たせしちゃいましたか?」
「いや……こっちも少し前に来たところだよ。 お主も別れの挨拶は済んだようだな?」
「ええ、まぁ……」
見透かされたようにフッてスカサハさんは鼻で笑ってきて、僕は照れ隠しするように移動しはじめる。
「ここから霊峰の町まで歩きで行くにゃりか?」
「そのつもりだよ?」
「駅馬車使わないにゃりか!?」
「鍛錬だと思え。 足腰を鍛えるのは基本中の基本だぞ」
「うにゃぁ……わかったにゃりよ」
とまぁ迷宮の町を離れて霊峰の町に向かいはじめる。 本来であればこのあとはメビウス連邦共和国を抜けて7つ星の騎士団領に向かうはずだったのが、とんぼ返りのようになってしまった。
街道に沿っていけば徒歩なら1日半ほどで着くはずだ。
隊列なんかは決めずに話をしながら移動をしていく。 途中行商人の馬車が走っていくたびに猫ちゃんがボヤいていた。
「あれに乗れたらビューンと楽々だったにゃりよ……」
「鍛錬だよ、鍛錬」
「思えば猫ちゃんって、冒険者でもないのにどうやって迷宮に入っていたの?」
「コレを使うにゃり」
それを見たスカサハさんが顔をしかめたかと思うと、猫ちゃんの頭にゲンコツを落とした。
「痛ったいにゃり!」
「バカ者! 冒険者証の偽証は完全な犯罪だぞ! ……全くどうやってこんな物を手に入れたんだ!?」
「たぶん盗賊ギルドにゃりお?」
スカサハさんが頭に手をやってため息をついている。
その理由は冒険者証となるドッグタグの偽証は禁じられていて、発見されれば即座に奴隷に落とされる。
う……聞かなきゃよかった。
ひとまず偽証はスカサハさんが奪うようにとって、槍で穴を開けて鉄クズにした。
「マトモな盗賊ギルドならこういう物は作らないはず……一体どこの伝だ?」
さらに追求していくと猫ちゃんが言った盗賊ギルドは嘘で、ただの犯罪者組織だったのがわかる。
もちろんスカサハさんがだけど。
「という事は……マイセン、警戒しておいたほうがいいぞ。 もし私の知っている組織であれば……」
言いかけたところで10名ほどの人が前後から現れて僕たちを囲ってきた。
「えっと、コレは?」
「……世界的な犯罪者組織『デス』だ。 依頼されれば偽装から窃盗、殺人なんでも請け負うと言われていてな、言うなれば裏の7つ星の騎士団と言ったところだ」
その説明を聞いて僕の脳裏にハサンの事を思い出させた。
おそらく間違いなくハサンも絡んでいたんだろう。
「そこまで知っているのなら、その猫獣人の娘を大人しくこちらに返してもらえないだろうか? 揉め事は起こしたくは無いだろう? スカサハそれと……『気斬りのマイセン』」
リーダーらしいフードを深く被った人物が用心深く近づきながら、スカサハさんの名前と僕の二つ名で呼んできた。
「調べは既についているというわけか……」
身元は既に調べられているようだけど、それよりも気になることがある。
「返してって、猫ちゃんはこの人たちの仲間だってこと!?」
「違うにゃり!」
即答で猫ちゃんが否定してきて、少しばかりホッとする。
「違うと言っているようですが?」
「そいつは今しがた穴を開けられた、うちで購入した商品の金額をまだ払い切っていないんでね」
おそらくこの偽物の冒険者証を作る金額は法外な金額で、僅かずつでいいから返していくという手法で稼ぎを得ているのだろう。
それであんなに必死に盗みを働いていた……のかな?
「残念だがコイツは私の弟子になったんでな。 諦めて帰ってもらえると揉め事にならないで済むのだが?」
そして案外弟子思いなスカサハさんは猫ちゃんを引き渡す気はさらさらないようだ。
「ししょー! 一生ついて行くにゃりよ!」
「私の一生にはどう足掻こうとお主はついてこれまいよ」
「うう……それは言葉のあやにゃりよ」
リーダー格の人物は交渉決裂したのを確認すると、手で指示を出して武器を構えさせた。
「最後に確認する。 つまりスカサハ、『気斬りのマイセン』の両者及び関係者は、我らの組織デスを敵にまわす、そういう事でいいのだな?」
「私は構わないさ。 マイセン、お主はどうする? もっともここでバカ弟子を引き渡したところで口封じしてくるような連中だがね」
それを聞いて猫ちゃんを渡すはずはないでしょ。
「ゲッコ、ガーゴ、『ガード猫ちゃん』」
僕は2匹に猫ちゃんを守るように指示を出すと、槍を構えて猫ちゃんのそばに向かい、それを確認した僕は刀の柄に手をかける。
魔物相手ではなく同じ人種同士で、冒険者に成り立ての嫌な記憶が蘇りそうになるのを頭の片隅に追いやって覚悟を決めた。
次話の更新は3月2日の金曜日を予定しています。
度々ながら更新が遅れて申し訳ありません。




