それは悲劇だった
細く長く伸びた通路は特に迷うことのない一本道で、特に生物のいるような気配は感じられない。
でもしばらく行ったところで小部屋のような場所にたどり着いた。
残念ながらそこにあるものは全て風化していて、読む事もできずに触れるだけで崩れてしまう。
ただ明らかに何かの書物だったものがたくさんあった。
「当然よねぇ……あのニークアヴォがヒントになるようなものを置いていくわけないものね」
「どうしますか? もっと先に進みますか?」
この先がどれだけ長く続くかわからないとなると、襲撃がはじまったときに戻れなくなってしまいかねないという事で、一旦ここまでにして引き返すことになった。
「やってくれたわね」
「誰が一体こんな事を……」
ベッドの下に近づいたところで穴が埋められて引き返せなくされていた。
適当な家財道具を大量に落とされているだけだから、取り壊して退ければ戻れなくもない。 だけどその為には時間が必要になるし、何よりも……
“入り口はしっかりベッドで塞がれていました”
という事だ。
「誰って1人しか思いつかないのだけど?」
「プリュンダラーですね、でも抜け出れたときの事は考えなかったんですかね?」
「証拠がないわ。 サハラさんなら見破れるんだけどね」
確か断罪の目とかで、目を覗き込めば犯した罪がわかるらしい。
しかし困った。 このままだと襲撃がはじまったときにここにも押し寄せてきたら勝ち目はない、と思う。 少なくとも僕ではゴーストのゼノモーフは倒せないだろう。
「とりあえず戻るわよ」
アリエル様は平然とそんな事を言い出すから、家財道具を取り除きに向かおうとする。
「そんな物放っておきなさい? 魔法で出れば済む事だから」
魔法の知識がないからそういう発想は全く出てこなかったよ……
「私の手をしっかり握って離さない事、いいわね?」
「あ、はい」
差し出された手を握るととても柔らかくすべすべの肌で、アラスカのように剣ダコなんかがない。
「我が身我が武装、及び我手に触れし者をエーテル化し、エーテル界へと誘え。 イセリアルネス!」
発動詠唱が終わると視界が灰色に変わって、実体を持たないように見える。
「急いであたしの後をついてきて。 魔法でエーテル界にいるから、全ての物質を通り抜けられるけどあまり早く移動できないのよ」
「わかりました」
言われた通りアリエル様の後をついて、家財道具だろうと思う物をすり抜けていきベッドの下の床を抜けてベッドの横まで移動すると、アリエル様が魔法効果を終了させたのか視界が元に戻った。
「凄い魔法ですね!」
「そうね、この時代では使える人はほんの一握りしかいないものね」
それだけ高位魔法を使ったようだ。
キャロも自分の知識にない魔法に驚いてアリエル様に尋ねている。 もちろん僕が聞いたところでちんぷんかんぷんな内容なのは言うまでもない。
「襲撃までそんなに時間がないわ、戻るわよ」
キャロが消えたのを確認して建物を出る。
近くに気配がないか確認しながら移動はするけど、プリュンダラーであれば騎士魔法の感知の方が僕よりも広範囲に気がつけるだろうから近くにいる事はないだろうとは思う。
町から外れたあたりで町から悲鳴が聞こえ出して、襲撃がはじまった事がわかり走って町外れまで戻る。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
「なんとか間に合いましたね」
「あたし1人なら十分余裕があったわよ?」
「そ、そうなんですか……」
どうやら僕がいたからアリエル様の足を引っ張ってしまったみたいだ。
でもちょっと酷い言われような気もすると思ったけど、アリエル様の顔を見て納得がいった。
視線の先にはプリュンダラーがいたからだ。
プリュンダラーは驚いた表情を見せて僕たちを見てきたけど、すぐに細い目を細くさせながら頭を下げてくる。
「ビンゴ、ってとこかしら。 知らなければあんな顔は見せてこないはずなんだから」
「ビ、ビンゴ?」
「ん? ああ、気にしないでいいわ。 そうね、今は泳がせておいてあげる……自分の私怨にあたしを巻き込んだ事をジックリと後悔させてやる」
サラッと怖い事を口にしながらアリエル様が歩きだす。 僕もそのあとについてアラスカたちがいる場所に向かった。
「それじゃあ集められた情報を聞かせてもらおうかしら? そうね……最初はプリュンダラーから順に」
食事も済ませるとアリエル様が早速行動に移した。
プリュンダラーが1番最初にされたのは間違いなくアリエル様に何か考えがあるんだと思う。
「中規模の町ともなるとニークアヴォの名を出したところで情報と言えるほどのたいした情報は得られなかった」
「そう……ならカルラ、貴女はどうかしら?」
カルラはプリュンダラーを見つめて驚いた顔を見せていたけど、名前を呼ばれて我に返って報告をする。
続いてディルムッドとアラスカの順に集めた情報の報告をしていくのだけど、3人の口から出た言葉はプリュンダラーとは間逆だった。
集められた情報によると、ニークアヴォの両親はこの町では有名な商店の店主をしていたらしかったけど、かなりの若さで亡くなったらしい。
その後を継いだニークアヴォは若干20歳程で、町の商人組合の役員にまで抜擢されたんだという。
だけどそれを妬んだ連中の手により、かなり強引とも言える手段で店に嫌がらせをしてきたそうだが、ニークアヴォの類稀な知恵の前にことごとく失敗に終わったらしい。
そしてついには実力行使に出て、ニークアヴォの奥さんが連れ去られ、レイプされて裸のまま路上に放置された姿でニークアヴォが発見した。 誰もが見て見ぬ振りをしたんだそうだ。
そして身体のあちこちから大量の出血も見られ、すぐに教会に連れていって治療をお願いするも、既に教会にも手がまわっていてニークアヴォは全財産を失う代わりに治療を受けることができた。
にもかかわらず、教会は治療を失敗させて奥さんは亡くなったそうだ。
それからしばらくの間、ニークアヴォは自宅に籠ったままになり、ある日突然町に姿を見せたと思ったらそのまま行商人となって町を離れたという。
次話更新は明日の予定です。




