6 -光彩-
何度目かになる寝返りをうちながら、辰巳は目を開いた。
夜はまだ明ける気配を見せない。
眠りに落ちようとするたび、彩花の言葉がよみがえった。
「依存、か」
口にした言葉は、やはりしっくりこない。
けれど、花澄がいなくなってから描けなくなったことは事実だ。
好きなものを、とか、昔のように、と言われても、今となってはあの頃はどのように考えていたのかすら思い出せない。
織に必要となる意匠図の作成や糸の手配のことを考えると、月末までには仕上げなくてはいけない。
時間はもう残されていないが、あの様子では担当を変わらせてもらうこともできないのだろう。
「はぁ」
ため息をつきながら寝返りを打った足が、机に当たる。
「いっ」
声にならない悲鳴を上げている間に、机の上に広げていた書物がぼたぼたと落ちてくる。
机の上に資料を積み上げたままにしていた。
そういえば、収蔵庫に保存されている図案集も長い間借りっぱなしだ。
就寝領域が浸食された辰巳は、どうせ眠れないことだし、と片づけを始めた。
行燈を灯すと、落ちてきた書物を拾い上げる。
何冊目かの書物を手に取った時、はらりと本の中から何かが抜け落ちた。
辰巳は身体を屈め、拾い上げる。
紙片が行灯の光に照らされ、辰巳は息を呑んだ。
紙片に描かれていたのは、紅葉の風景だった。
川に向かって枝を伸ばす赤、橙、山吹の紅葉。
その色は水面に映っても鮮やかさを失っていない。
まるで加工されたかのように不自然な色彩だが、そのことでこの鮮やかさを出したかったのだということが分かる。
初めて見た絵だった。
けれどこの雰囲気は間違いない。姉のものだ。
葉書の表面を見ると、消印には先週の日付。
辰巳は急かされるように机の上のものを片づけていった。
その間に、いくつかの絵葉書が発掘される。
青々と広がる田んぼ。
川沿いの桜。
雪の上に晒されている無数の織物。
いったいいつから届いていたのだろう。
ただひとつわかることがある。
姉は今もどこかで、それは仕事ではないかもしれないけれど、描くことをやめていない。
胸が苦しい。呼吸ができない。あの時の気持ちは思い出したくない。
それでも、久しぶりに目にしたその絵は綺麗だと思った。
色のついた光を混ぜ合わせると白くなるように、急に辰巳の視界が開けた。
目の前に広がるのは紅葉の風景だった。
ひんやりとした空気が肌に触れ、川の流れる音が聞こえてくる。
向こうには赤い欄干の橋も見える。
見たことのないはずの風景が、描かれている世界を越えて、脳裏にどこまでも広がって行く。
嵐のような衝動が体中を駆け巡り、渇きが喉を伝ってこみあげる。
心臓がえぐられるように痛むが、体は熱く燃えている。
辰巳はそこにあった紙をとり、衝動のままに筆を走らせた。
地は橙。
袖や見ごろには流れるように淡黄で幅広の波を走らせ、波の間に紅葉を入れよう。
紅葉の色は蘇芳、紅、赤、橙、黄、萌黄、緑。
季節によって色を変える紅葉は、どこにでも馴染んでしまう彩香にも似合うだろう。
紅葉だけではさみしいから、橋や御所車を添えて人の賑わう場所にしてみようか。
それとも、萩や撫子や菊など秋の植物を添えて自然あふれる場所にしようか。
溢れ出てくる考案をいくつも紙にしたためていく。
いつしか、夜は明けていた。