1 ー図案ー
連子窓から吹き込んだ風が、机の上に散らかる紙片を揺らす。
描かれているのは梅、鶴、桜、牡丹、熨斗、檜扇。
一つの要素をとっても多様で、例えば桜でも枝とともに描かれているもの、熨斗と組み合わせたもの、花車の形にしているものとある。
中には色をつけているものもあり、花弁が紅から白へ変化する牡丹や、赤く縁取りがされた白梅が紙の上に咲いていた。
辰巳は書きかけの絵にまた線を加えて消し、描き直す。
そうかとおもえば机の上に放り投げ、新たな紙に一から描きはじめた。
「あの。お昼御飯もってきたのですが」
遠くからおそるおそるかけられた声に、辰巳は弾かれたように顔をあげた。
「そうか、昼か」
伸びをする辰巳に近づいた後輩は、机の上を見て「うわぁ」と溜め息混じりの声をあげる。
「昨日より更に数、増えていません?」
「そうか?」
「試行段階からこんなに細かく書き込んで、色まで塗って。お嬢様の晴着って大変ですね」
大和屋の次女、彩花が来年成人を迎える。
年明けに行われる成人の儀で纏う振袖の図案製作。
それが久しぶりに辰巳に依頼された仕事だった。
大和屋は国内にいくつもの支店をもつ呉服店で、顧客の細かな要望に応えられるよう、専属の染職人や織職人を抱え、商店の裏には染糸場なども併設されている。
辰巳が働く図案家の工房もここにあった。
彩花の成人の儀やその後に催される宴には、業界の関係者も多く参列する。
列席者の目につく振袖は、大和屋の顔であるといっても過言ではない。
責任重大な仕事なのに、任されたのはここ数年功績をあげていない自分で。
そのことを考えるだけで胃の腑ががぎしぎしと音を立てる。
しかもこれは辰巳にとって、おそらく最後の機会だ。
昔は展覧会で賞をとったし、お得意様からの指名もあった。
けれど最近は特注品の制作からはおろされることも多く、携わるのは量産品の製作ばかり。
特注品が多い大和屋にとって辰巳のような人材は、いつ解雇されてもおかしくなかった。
「でもなんというか……」
「なんというか?」
「彩花様らしくないというか。『つまらない』っておっしゃられそう、というか」
辰巳は返答のかわりに、握り飯を飲み込んだ。
それは直しを要求されるたびに彩香から帰ってくる言葉だった。
彩花は商店の隣にある自宅からたびたび工房にやってきては、あれこれと描き散らし、満足して帰っていった。
家業を助けたいという思いからの行動なのだろう。
しかし、残念ながら描画や色彩の感覚が優れているわけでもなく「せめて刺繍を身につければよいのに」と皆苦笑していた。
とはいえ、下手なりに技術を覚えようと熱心にあれこれと聞いてくる彩花は憎めない存在だったし、女学校の学友からの注文を取ってきたりすることもあるため、工房の皆に可愛がられていた。
始まりや豊かさを象徴する桜、忍耐と幸せを示す梅、生命力を表す鶴、お祝いによく使われる熨斗、末広がりの扇。
慶事でよく使われる女性に人気の模様の数々。
人気の色や模様も研究し、それらを上手く組み合わせようとした。
けれど、既に五度やり直しを要求されている。
その度に考え直すのだが、同じ場所を何度も巡っている様な気がしてならなかった。
「すいません。生意気なことを」
「いいや。それより、ごちそうさま。この小鉢片付けておいて。あと、群青と紅の絵の具よろしく」
「はい」
後輩のうしろ姿を見送りながら、辰巳はつぶいやいた。
「つまらない、か」
窓から入り込んだ冷たい風が、和紙の山をざわざわと揺らした。