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駅長  作者: tf
19/46

ホットケーキ

 「あっ」


 「あっ」


 勤務が終わり、石鹸を買って帰ろうと駅前に出たところにヒグマ運転士にばったり会ったのです。


 「お疲れさまです」


 「おう!今帰りか?」

 

 「はい、石鹸がないので曽井雑貨店に行こうかと・・・」


 「ふーん・・・。俺さ、朝メシ食ってないんだ。そこの喫茶店に付き合ってくれないか?」


 喫茶店・・・。喫茶店のような外人さんやお金持ちが行く店なんて行ったことがありません。


 「いえ、喫茶店に行ったことないので・・・」


 「なら、物は試しで行ってみようぜ!」


 「あ、ちょっと!」


 と手を引っ張り、ぐいぐい前へ進んで行くヒグマ運転士・・・。初めて男性の手を握ってしまった・・・。男性ってすごく大きく、固いんだと思いました。しかし、握ってくれて正解でした。雪で滑りそうなったり、ぬかるんだ道を助けてもらったり・・・。何か、みすがされて嫌でした。


 「ここだ。俺の家、すぐそこなんだ」


 「名越喫茶店・・・。あ、職員宿舎ですよね?」


 「何だ、知ってるのか?」


 「それは炭坑駅の駅務掛ですし」


 「そうだよな!(笑い)寒いから入ろうぜ!」


 渋々、喫茶店に入りました。店内は外は違い、外国、或いは高級官僚が住んでいるような気品がありました。ラジオがニュースを伝えていました。


 「いらっしゃい。うん?その子は駅員さんの・・・」



 ご主人の名越さんです。名越さんとはこの日から長い付き合いが始まった瞬間でした。


 「あ、五十里 春と言います。今日はお邪魔します」


 「五十里さんというのかね・・・。それじゃ、こちらの席に・・・」


 それ以上、詮索をせず、窓側のストーブの近くに案内をしてくれました。名越さんも素敵なお髭が似合う方で、異国の人のような感じです。


 席に着き、ヒグマさんは「ご主人!俺はコーヒーとトースト二枚な!あと、ちっさいのはコーヒーと・・・あー、うーん、この前、食った・・・」、「ホットケーキですか?」、「あぁ、それそれ!」といきなり注文をされました。また、ちっさい・・・。


 ヒグマさんは必死にホットケーキの説明をしてくれましたが、「甘い」だの、「柔らかい」だの、「ホカホカしている」だの、よく分からない説明でしたが、身振り手振りの説明がとても可愛らしく、ますますヒグマに見えてきました。



 「おう、やっと笑った」


 ヒグマさんは安心した声でした。私はそんなにムスッとしていたのでしょうか?ちょっと、失礼な態度だったかな?と反省しました。


 「五十里・・・お春ちゃんってゆうのかい?」


 「はい、五十里 春と言います。先日は連結器の件はお世話になりました。えっと、ヒグマさん?」


 「何だよ!ヒグマって!俺はー、綾波 鉄郎ってゆうんだ。一文字もあっちゃーいねー」


 つい口に出てしまいました。


 「いえ、すいません。ヒグマさんのように大きかったものでつい・・・」


 「あはは、何だいそりゃ」


 「お待たせしました。コーヒーです」


 名越さんが先にコーヒーを運んできました。


 コーヒーは真っ黒で、醤油です。とても飲み物とは思いません・・・。しかし、香りはいい匂いがして、それだけが「これは飲み物だ」と主張をしていました。


 「うまいぞ?」


 綾波さんがおっしゃいますから美味しいんでしょう・・・。


 「う!に、お、美味しい・・・です」


 口をつけると苦いではありませんか!騙したな!と思いました。


 その様子をみて腹を抱えて笑っている綾波さんを見て、余計にムスッとしました。

 

 「ははは!苦いがうまいんだが・・・。ご主人!砂糖と牛乳を」


 名越さんが机に砂糖の器を置き、牛乳を私のカップに入れてくれました。


 今度は泥水みたいになって余計に飲みにくい・・・。



 「あとは砂糖を一杯入れて」


 綾波さんが砂糖をスプーン入れます。少し混ぜる・・・、うーん、飲み物には見えません。



 私はまた騙されるのでは?と不信感がいっぱいです。


 「今度は大丈夫だ。コーヒー牛乳と言うんだと」


 「あ、美味しい!」


 甘さの中に少しだけ苦味があって美味しい飲み物になっていました。不思議な飲み物です。多分、緑茶に砂糖と牛乳を入れてもこうはならないでしょう。


 「お待たせしました。トーストとホットケーキです」


 何ていい香りなんでしょう。私はパンの甘い香りが好きになりました。


 ホットケーキにはフォークとナイフがついていました。でも、使い方が分からず、名越さんに訊いてみました。



 「それはこう持ち、こうやって・・・」


 名越さんがホットケーキを切ると甘い、甘い香りが鼻を燻り、自然に笑顔になります。


 私はフォークを受け取り、一切れ口に運んでみました。


 世界にはこんなにふわふわで甘い食べ物があるのかと感動をしました。

  

 「な!うまいだろう?」


 それから、「どこの生まれだ」だの、「学校はどうだった」だのとお互いにおしゃべりをしました。



 とても楽しい時間、久しぶりに心の隅々まで気楽になれた一時かもしれません。



 それが綾波 鉄郎さんとの初デートだったのです。




 

 


 

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