高い高い
炭坑駅に来て2年目、秋を越え、厳しい冬が炭坑村にやってきました。今年はいつもより積もるのが早い。
列車を何とか定時に動かそうとしますが、吹雪と積雪でうまくいきません。
遂に特急便、急行便が運休、準急と普通列車のみの運転になってしまいました。
「ご利用の皆様にお知らせします。本日、雪のため・・・」
繰り返し、マイク放送、肉声放送を行っている状況で待ち合い場は混雑しておりました。
「お待たせしました!7時32分発、瀬戸港行きの改札を開始しまーす!2列にお並びくだーさい!2列にお並びくださーい!」
私はお客さんに声をかけると、皆、2列に並び、切符を私に手渡してきて切符を切ります。
「おはよう。大変だね、お春ちゃん」
「おはよう!お春ちゃん」
いつの間にかお客さんから名前と顔を覚えられ、やっと炭坑村に馴染めてきた頃でした。
「ごめんなさい!今日は金輪島に行く汽船は、海が荒れて欠航なんです。電報を打って、いつ再開をするか聞いてみます。お名前とご住所をこちらにお書き下さい」
出札で切符を売る紀子ちゃんも大忙しです。
「駄目だ!もう!いっぱいだ!改札を止めろ!止めろ!」
竹谷助役は両手をあげてばってんを作り、改札を止めろと指示を出しました。
笹木先輩と目で合図を出し合い、「すいません!客車がいっぱいでご乗車が出来なくなりました!一旦、改札を止めまーす!」と改札の柵を閉めました。
「あっちゃぁ、もう、乗れないのかい?」
お客さんは急いでいる様子ですが、客車がいっぱいで乗れないと説明しましたが、「用事があるんだが、困ったな・・・」とおっしゃいます。
何とかしたいのですが、満員ではどうすることも出来ません。
その時、スピーカーの入る音が聞こえました。
「ガッガー,ピー、皆様、駅長の井口でございます。本日はお急ぎのところ、ご不便をおかけします。ただいま、運転を管理している指令所などに通達しまして、本日に限り、客車を3両増結します。大変にお待たせしてしまい、申し訳ございません。駅員の指示に従い、今しばらくお待ち下さい」
待っているお客さんから拍手喝采でした。何とか全員が乗車できそうでした。
「お春ちゃん!助役と一緒にホームに行ってくれたまえ!増結作業を手伝うんだ」
駅長がダブルのコートを着ながら改札にやってきました。
「はい!分かりました!改札、お願いします!」
私は駅長に切符切り鋏を手渡し、助役と一緒にホームに行きました。
吹雪くホームで助役から指示を仰ぎます。
「よろしいか?留置線から3両連結したまま、一旦本線に出る。転轍機を過ぎたら、停止、運転士に1番線に誘導する旨を伝え、最後部より誘導せよ。連結後、ホースを繋いで制動試験をやる。暖房用のホースには気をつけること。復唱せよ!」
「留置線から3両持って、本線へ!転轍機を通過を確認して、運転士に1番線に誘導することを伝え、最後部より誘導!本車両と連結!ホースを繋いで制動試験!暖房用ホースには注意すること!復唱終わり!」
「よし!それでは注意して行いなさい」
しばらくすると留置線から3両連結した電気機関車が動き始めました。
私は雪に足をとられながら、吹雪で視界が悪い中、本線へ出る転轍機にやってきました。
ポーー!
私に気づいた運転士が汽笛を鳴らします。吹雪の中現れた巨大な電気機関車は、化け物ようでした。
私は信号灯をゆっくり進めという意味の合図を送る。
転轍機を通過!赤信号を出します。
ギイーー!と大きな音を立てて停車。
「次は運転士に連絡しなきゃ」
ぎゅっぎゅとラッセルをしながら運転士の元に急ぎます。
「おう!大丈夫かー!?」
先に運転士が声をかけてくれました。
「あ、はい!大丈夫です!あの!1番線に誘導します!ポイントを換えますから!少し待ってて下さい!」
「1番線な!了解!慌てるなよ!転けるぞ!」
「はい!」
顔はよく見えなかったですが、優しさがある人だなと思いました。
転轍機の横にトークバックという通信設備があります。柱にマイクとスピーカーがあり、これで各現場と会話ができます。
「もしもし!信号室!信号室!聞こえますか!?」
『はい!信号室!』
この声は熊川さんです。
「熊川さんですか!?五十里です!あの!2Rにいます!増結車両が本線に出ました!1番線へ切り換えと入換信号を出して下さい!」
『分かったよ!転轍機に車両は被ってない?』
「被ってません!支障していないのでお願いします!」
転轍機が動き、信号機が進行を指示する。
「転轍機!密着よし!入換進行!」
客車の手すりに捕まり、片手でカンテラを振り上げます。
ポーー!がっしゃん!
ゆっくりとホームに入線しますが、ホームからせり出た雪が太股や脇腹に当たります。結構、痛い・・・。
指でカンテラを赤に切り替え、列車を止めます。
互いの連結器を確認しますが、片方の連結器が閉じています。連結器はグーを縦にしたような形です。互いのグーが開いてないと連結できません。そのまま連結すると「げんこつ」をしてしまいます。そして運転士から本物のげんこつをもらうのです。
「う、うーんっしょ!うーん!」
ロックを解除しようとテコを動かしますが、氷ついているのかびくともしません。
「う、うーんっしょ!キャ!」
手が滑り、尻餅をついてしまいました。
「あぁ、やっぱり・・・。ほら、立てるか?ちょっと貸してみろ」
気づいたら、抱き起こされていました。
「ほら!よ!」
ガチャンガチャンと数回、ロックのテコを動かし、点検用ハンマーで叩いてロックを解除しました。
「すいません!ありがとうございます」
「いいってことよ。よし、連結するぞ」
「よいっしょ!あ!」
ホームへ上がるのに失敗してまたもや尻餅をついてしまいました・・・。今日は最悪です。
「あはははは!大丈夫か!?あはは、ほら!」
今度は両脇を掴まれ、高い高いをされました。
な、何だ!この人は!そんなにぺたぺた触って!と思いましたが、仕方ないです・・・。
「すいません、ありがとうございます!」
「はは、お前、小せぇなぁ!」
見上げて見ると180センチは越えているガッチリした体型で、ニコニコ笑う顔が豪快な運転士でした。
まぁ、身長は143センチしかありませんけどね!あなたがヒグマのように大きいだけです!と言ってやりたいと思いましたが、先輩なのでそんなことも出来ず、早くこの場から離れるのがいいと思いました。
「あはは・・・、それでは運転士さん、お客さんが待っているので連結を」
「お?おう!誘導は頼んだ」
すたすたと歩くヒグマを見送り、誘導をしました。
無事に連結が終わり、お客さんを客車に案内しました。
皆、無事に乗れてほっとしました。
ほっとはしたんですが、どうも、胸の辺りがもやもやします。
多分、子供のように扱われたのが気に食わなかったのでしょう。
休憩時間、私は紀子ちゃんに不満をぶちまけたのは言うまでもありません。
それが綾波 鉄郎との出逢いでした。