事情とか色々
断罪しようとした侯爵令嬢が男。そしてその侍女も男。加えて行動も制限されていた―――などという、黒幕がアーティクル侯爵なことが露見した。という、現状、その場はカオスな空間と化していた。
クリスの事を断罪したかった王太子たち御一行は混乱しているし、スフィラネは事態がどうなっているか理解できない様子で、混乱から立ち直った見物人たちはアーティクル侯爵家の醜態が聞けるのかと期待した様子であるし、まさにカオスである。
そしてその中心でドレスと侍女服姿の男が二人喜んでいる。
宰相はため息を吐いた。
「それで、貴方たちはどうして女性のふりなど?」
「そこにいるアーティクル侯爵に無理やりやらされただけです」
「同じく」
クリスの答えに、ケイティが同意の言葉を告げる。
「なんのために?」
ちなみにこうして質問が問いかけられている間、アーティクル侯爵は騎士たちに囲まれていた。何かやらかさないようにするためである。アーティクル侯爵は心優しき侯爵という外面を完全にはがしており、その形相は恐ろしい。
「そこにいる、スフィラネ・アーティクルのためでしょうね」
「まったく、そんな理由で拘束されるなんてっ。俺は六年ですけど、クリス様は?」
「……10年。まじ、ありえない」
「うわ、クリス様、可愛そう。俺よりもずっと長くこんな苦痛な事をやらされるなんて」
クリスとケイティの拘束されている期間の告白に周りがざわむく。青ざめている男たちがいるのは、もし自分がそうなったら――と考えたからであろう。それにしてもそれだけの間拘束され、自分としての行動が出来なかったというのに自我崩壊とかならなかったクリスとケイティは精神的に強いのだろう。
「……10年前というと、アーティクル侯爵が自分の隠し子だといって、そなたを連れてきたのであったか。ではその時にはもう……」
そう告げたのは国王である。アーティクル侯爵が自分の娘としてここまでクリスを連れてきた時、当時6歳ぐらいである(クリス自身の年齢はわからないため)というのにもう自由が利かなかったということになるのだ。
国王は痛ましそうな顔をクリスたちへと向けている。
「そうです。侯爵は――」
「ちょっと待て! スフィラネのためとはなんだ。貴様が男だろうが――」
クリスが口を開こうとしたら王太子が口を挟んできた。
「ああ、うるせぇよ!! そこのお花畑妹のせい以外ねぇんだよ! そこのアーティクル侯爵はな、娘が可愛くてかわいくて仕方がなくてだな。俺をそこにいるスフィラネの糧にするっていう馬鹿らしい理由で俺をこんな目に合わせてんだよ!」
「なっ、貴様俺にそんな口を―――」
「大体、クリスが王太子を好きですってアピールしていたのも侯爵にそういう風に魔法かけられてたし。つか、裁判のおかげで傀儡系の魔法は全部解けたけどよ、それでもまだ体の魔法陣が全て消えていないという俺の不幸っぷりな!」
「でもスフィラネは悪く―――」
「悪くねーとかしらねーし。そこのスフィラネのせいで俺の人生侯爵に奪われてたんだぜ? 俺を出来の悪い姉として、スフィラネの評価を高め、後々に俺とスフィラネを周りが比べるようにして、スフィラネの人生を俺の犠牲を得て幸せにしようとしていたなんて、歪んだ親子愛すぎるだろうが!」
クリス、一応王族相手だというのに、我慢がならなくなったのか完全に素に戻っている。
今まで体の自由を奪われていたのもあって、こうして鬱憤を外に出すこともできなかったのである。自由に口を開けるようになったのだから、本音が口からこぼれてしまっても仕方がないといえるだろう。
王太子、そんな物言いに呆然としている。
「……そんな理由でなのか」
「それは……」
宰相と国王が同情めいた目をクリスに向けていた。他の見物人たちもそういう視線を浮かべる者が多い。
「お、お父様がそんなことなんて――」
「しているからこうなっているんですよ、スフィラネ様? 貴方が幸福であった分だけクリス様と俺が不幸になってたのですよ?」
「でも、お父様は優し―――」
「優しい人は幼い子供に傀儡の魔法をかけたりなんてしませんよ、スフィラネ様? っていうか、俺ってばクリス様のとばっちりですからね。オマケっていうか。クリス様の周りに侍女を置いたら異常に気付くかもしれないって、俺が選ばれたっていう」
「で、でも、おと」
「貴方の信じているお父様は決してやさしくありませんよ、スフィラネ様? スフィラネ様の糧となれて丁度よさそうだったのが俺だったのでしょう。そしてクリス様を女としているからと俺まで女のふりさせられたのです。酷い貴族もいたものです」
口を開いたスフィラネを言葉で黙らせたのはケイティである。
「あー……そうなのか?」
「はい。俺まで女ってなったのはクリス様が女になってたからですね。っていうか、何でわざわざ性別まで変えたのか……」
「………スフィラネが女だかららしいぞ。アホみたいな理由だけど、兄と妹より、姉と妹の方が比べる対象になるみたいだかな。あー、アホらしい」
「そしてそんなアホな茶番に巻き込まれたクリス様と俺って」
「超不幸すぎだよな。本当こうやって他人と会話が出来るのも久しぶりすぎて楽しいっていう不幸っぷり」
クリスとケイティ、自由に会話が交わせることに喜びを感じているらしく、そんな会話を交わしている。
「………アーティクル侯爵」
そういって国王が侯爵を見る。その目は鋭い。
この最高裁判において嘘は言えないのだから、クリスとケイティの語ったことが本当の事だというのは明白である。幼気ない子供に傀儡の魔法を行使し、自由を奪う真似は褒められたものではない。
しかし、侯爵は反論するように叫んだ。
「し、しかし、陛下! この者たちは私が買った奴隷です! 奴隷の事をどうしようとも主人の自由なはずです!」
そんな言葉にあたりはシンと静まり返った。確かに奴隷をどうしようが自由である。しかしそれはクリスたちの語った所業をアーティクル侯爵が実際にやったと認めた台詞でもあり、スフィラネは「おとう、さま?」と信じられない目で侯爵を見ている。
「奴隷ですか。確かに奴隷をどうしようが主人の勝手です。ですが、国をだましていたのですからその罪は償ってもらいます」
奴隷の少年を、貴族の少女を偽っていたのだ。それも当然だろう。
こんな大それたことをしてばれないとでも思っていたのか、と宰相は呆れた目を侯爵に向けている。
「とりあえず、貴方たちは―――」
「ちょっと待つですわ」
宰相がクリスたちに向き合った時、見物席の一角から声が上がった。
驚いてその場にいた人々の目が一斉に声のしたほうを向く。そこにいたのは、立ち上がった他国からの留学生である少女と、その少女の周りでやれやれといった様子で控えている従者であった。
声を上げたのは、少女であるらしい。
「……なんでしょうか。リュシー様」
その少女の名はリュシー・エブレント。水色の髪に黄色い瞳を持つ美しい少女である。
魔法大国・アッシュルカの魔法師団長の娘という立場にいる少女だ。
「一つ、確認したいことがありますの」
リュシーはそう告げると魔法を使って見物席から、クリスたちの元へと飛んだ。後ろに控えていた二人の従者も同様であった。
そして彼女はクリスを見つめて口を開いた。