最高裁判にかけられることが決まったようです。
「クリス・アーティクル!」
その日、侯爵家令嬢クリス・アーティクルは校舎を歩いていたところを一つの声に呼び止められた。
流石、侯爵家の令嬢というべく、クリス・アーティクルは美しい見目を持ち合わせている。金色のきらめくような髪に、青い瞳。キリッと吊り上った目は、声のした方を振り返る。
呼び止めたものは、このミラージュ王国の王太子殿下という立場にある身分の高い少年である。彼は、クリスの同級生である。その後ろには騎士団長の息子、宰相の息子、公爵家の跡取りと名だたる男たちに加えて、クリスの妹であるスフィラネ・アーティクルという少女が居た。
ここはミラージュ王国に存在する学園である。貴族の子息子女はここで学び、世界へと旅立っていく。魔力があれば平民も入学する事は出来るが、ほとんど貴族である。
「あら、王太子殿下でありませんか! この私に何か御用ですか?」
クリスはどこか怒った様子の王太子へと視線を向けて媚を売るような言葉を言い放った。
「貴様……っ」
「どうして私を睨みつけるのでしょうか? 私は何かしてしまいましたか?」
「何かではない! 貴様、スフィラネを苛めているのだろう!!」
「え?」
クリスは王太子の言葉にわざとらしい驚いたような表情を浮かべる。
クリスの妹であるスフィラネは、高等部に入学してからというもの、王太子殿下含む名だたる男たちに好かれるようになっていた。所謂逆ハーというやつである。
気づけば、クリスたちの周りには野次馬が沢山集まっていた。
彼らは好奇心に満ちた目をクリスたちへと向けていた。
「とぼけても無駄だ。証人がいる」
そういって王太子の後ろから現れたのは、今までクリスの周りに取り巻きとして存在していた少女やクリスにも見覚えのある少年である。
「私はクリス様がスフィラネ様のものを盗むのを見ましたわ」
「わ、私は、ク、クリス様に言われてスフィラネ様を……」
「俺はクリス様がスフィラネ様を突き落すのをみた」
「クリス様が俺に命令をしたんだ」
それだけではなく、多くの証言が寄せられているという。それを聞かされたクリスは固まった。
「わ、私はそんなことなどしておりませんわ」
そう口にするも、王太子たちは誰もその言葉を信じない。
「お姉様……罪を認めてくださいませ」
不安そうに眉を下げながらも、被害者であるスフィラネが前に出てクリスにそう告げる。
スフィラネはかわいらしい少女である。クリスと同じ金色の髪を持ち、瞳は丸丸としている赤色だ。瞳を潤ませてクリスに訴える様は、酷く庇護欲を誘うものであった。
しかし、そんな風に訴えてもクリスは認めなどしない。
「私は、そんなことをしておりませんわ!! 王太子殿下様方は私の言葉を信じて下さらないのですか!!」
必死に言い募るクリスの事を誰もが冷めた目で見つめている。
しかし、それでもなお、クリスは「私はやっていない」と繰り返す。
「ふん、言い訳ばかりして貴様は本当に性悪だな。言っておくが、言い逃れは出来ないぞ」
「スフィラネが優しいから今まで見逃されていたものの……」
「貴方の罪は全て断罪されるのです」
「スフィラネの温情を無下にするとは」
次々に口を開く男たち。
それでもなお、往生際の悪いクリスは言い募る様を見せる。
「私は本当にやっておりませんわ! 王太子殿下様、信じてくださいませ」
その言葉に説得力がないのは、クリスがこれまで散々王太子に惚れこんでいる様子を見せており、なおかつ、王太子の周りにいる少女たちを押しのけていたからというのもあるだろう。
王太子はクリスに冷めた瞳を向けていた。
「スフィラネは、私と婚約をした。よって貴様は未来の王妃に向かってそのような行いをしたことになる。その他の余罪も含めて、最高裁判にかけるからな、覚悟しろ!!」
最高裁判とはこの国における『嘘は許されない』とされる大犯罪を犯したものにのみ使用されるものである。正直学園内での苛め程度で使用できるものではないが、王太子の権力を使ってその裁判を決行する権利をこぎつけたようだ。
その言葉を聞いて顔を青くさせるのは証言者たちであるが、王太子たちは気づかない。
告げた王太子はスフィラネと、他の男たちを連れてその場から去っていくのであった。
残されたクリスは野次馬たちからの視線を最大に浴びながらもその場から去っていく。
寮の自室へと戻ったクリスは寮室に居た侍女を追い出して―――そもそもクリスが我儘をいい、侍女は一人しかいないわけだが――、クリスはふぅと息を吐いた。
そして、
(あ――――、もう、めんどくせぇ!! なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ。しかも叫びたくても叫べないし。あのお花畑妹の事なんて苛めてねーっつーの)
と心の中で叫んだ。
ようやく自分の意志で動くようになった身体をクリスは動かす。椅子に向かって歩くその所業には正直言って侯爵家令嬢としての品位は欠片も見られない。
(全部あの、クソ侯爵のせいか!)
そんな思考をしながらも、ドレスを脱ぎ、自分の体に視線を移す。そこにはびっしりと数えきれないほどの魔法陣が描かれていた。それを消そうと手を伸ばすもはじかれる。それと同時に激痛が走る。
(やっぱダメか……。つーか、最高裁判とか、冤罪すぎるけど、俺どんなるんだろ?)
激痛で体を伏せながらも、そんな思考をするクリスなのであった。
――――スフィラネ・アーティクルを苛めたとされるクリス・アーティクルにはそれはもう複雑な事情が存在していた。